日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

週刊東洋経済『高校力』、『ザ・名門高校』に思う

2018年8月14日更新:

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写真:週刊東洋経済『ザ・名門高校』、『高校力』

 東洋経済社から今年も高校特集『ザ・名門高校』が発売されました。

高校は大学よりも、地元愛をくすぐる母校としての思い入れが強いのでしょうか、きっと販売数が伸びる人気特集なのでしょう。

2016年から2018年の高校受験界隈をめぐる変化も踏まえながら、改めて2019年入試に向けた動向に注目してみたいと思います。

学校群制度導入の影響

 東京大学に進学する事にどれほどの意味があるかは別として、国内の大学受験を語る上では外すことのできない指標の一つ、東大合格者実績。

日比谷高校は、かつて東大合格実績の上位を独占した、当時の都立高校群をけん引するフラッグシップ校であり、明治から昭和にかけての日本のエリート輩出の王道に君臨する存在でしたが、学校群制度導入以降は次第に凋落した都立高校の象徴、過去の時代の名門校として取り上げられます。

制度導入が「日比谷潰し」と俗に呼ばれるように、実際日比谷高校の東大進学実績は、西、戸山といった他の都立上位校と比較して、短期間の内に残酷なまでの急降下を見せたのです。

それでは前にも紹介した、同制度前後の実績状況をもう一度見てみましょう。
学校群制度導入は1967年(昭和42年)です。 

東京大学合格実績


1964年(昭和39)   1970年(昭和45)

1.日比谷 193人    灘 151人 ↗

2.西 156人    筑駒 137人 ↗

3.戸山 110人      筑附 103人 ↗

4.新宿 96人     西 100人 ↘

5.筑附 88人     日比谷 99人 ↘

6.小石川 79人    開成 86人 ↗

7.麻布 78人     戸山 80人 ↘

8.両国 63人     麻布 80人 →

9.灘 56人     湘南(神奈川) 61人

10.筑駒 52人    ラ・サール(鹿児島) 59人

学校群制度導入までの永い歴史は、都立高校が圧倒的なパワーを発揮した時代でした。

塾と中高一貫私立高校と東京都知事選に見る、不都合な真実  ~社会の深層 - 日比谷高校を志す君に贈る父の言葉


1964年、ちょうど東京オリンピックの年、日比谷高校の東大合格者数は当時最大の193人を記録します。逆に、現在の東大合格の雄、開成高校はまだ10位圏外に位置する新興勢力的な存在です。

そしてオリンピック3年後の1967年より導入された学校群制度を境に、日比谷の東大合格実績は見事に急落。たった一つの教育制度の変更が、エリート達の選択の流れを変えたのです。

当時の受験生や保護者の方からすれば、どこに進学すればよいのか、何を信じてよいのか分からない、大混乱の数年間だったのではないでしょうか。

制度導入後わずか3年にして、東大合格数はピークの半分となる99人、翌1971年には早くもトップ10から姿を消します。そして翌年1972年には更に合格者が半分となるも何とか最後の50人超え、そして1980年以降は1桁が続きます。

そんな日比谷の凋落ぶりを横目に開成高校は、1982年以降東大合格1位の座を長きにわたり築きます。そして中高一貫校全盛の時代に突入するのです。

こんなに短期間で見事な効果を発揮した行政改革実績は、教育以外を含めても他にはあまり類を見ないのではないでしょうか。

これを現代に置き換えて考えるならば、日本の誇るべき良き文化や制度などを、一つの政策導入により一瞬でめちゃくちゃに破壊してしまう危険性があることを我々に伝える、貴重な歴史的教訓ではないでしょうか。

 

東大合格53人の歴史的な結び

 さてここからはやや迷信的といえる話になりますが、この歴史的事実に対して個人的に興味深いのは、合格者数がどうということではなく、学校群制度が導入されてちょうど半世紀の節目となる2017年を迎えるにあたり、東大合格実績を巡って再び日比谷高校が全国的な注目を集めていることです。

そして未来に続く100年の歴史の折り返し地点となるかのように、奇しくも2017年の3年後、つまり学校群制度から53年後の2020年に、再び東京オリンピックを迎えることです。

私自身にとっても、この50年というサイクルに合わせるかのように生まれ、今思えば既に進学校としてはドン底であった日比谷高校に対して、はるか遠方から漠然と抱いていた高校時代の憧れを、図らずも世間の耳目を集めるタイミングで息子が叶えてくれたこと、そして何かに突き動かされるように思い立ってこのブログを書き始めたこと、それに呼応するかのような日比谷の復活を印象付けるような情報が、次々と世の中に送り出される事実を目の当たりにするにつれ、非科学的あるいは自意識過剰などと一笑に付されそうですが、半世紀をかけてゆっくりと仕組まれた壮大な歴史の仕掛けの中に自分自身も組み込まれたような、何か大きな意識との不思議な結びつきのようなものを感じずにはいられません。

それは私自身だけのことではなく、同時代に生まれ育ちこの文章を目にする保護者の方や、この時代に生を受け、日比谷を目指す君自身をも巻き込んでいるのです。

私は預言者でも虚言者でもありませんが、この歴史的な数字のいたずらをそのままなぞるのであれば、日比谷高校はこのオリンピック・イヤーとなる2020年を境に、再び東大合格のトップ10の一角に返り咲くことになるかもしれません。

(実際には、学校群制度から丁度半世紀後の2018年入試でそれが現実となりました)

53人到達の後、予想通り東大合格者総数は落ちました。合格実績は、どの進学校であれ浪人生の数などにより毎年上下を繰り返すのです。
もし日比谷が今後とも更に実績を伸ばしたり、引き続き50人を確保するようなことがあれば、ここ数年の合格実績の伸びも驚異的ですが、それは本当に驚くべきことです。
また、全体の数字とは別に、現役合格者の実績も、今後の趨勢を占う一つの目安となりますから、特に注目です。

(東大合格者総数は53人以降減少しましたが、現役合格者数は増加することとなり、年々入学者の学力も高くなっていることから、まだまだ伸びる余地はありそうです。)

 

半世紀後に起こるもう一つの変化

 そしてこの歴史の流れの中で意識したいもう一つの大きな変化があります。
実は2016年の特集の中で個人的には最も注目した点でもありますが、それは慶応義塾高校の試験日が2017年度から変わったことです。

一般的にはあまり知られていないかもしれませんが、慶応義塾高校の入学試験は2日間かけて行われます。1次試験は学力筆記試験、2次試験として、1次試験合格者に面接が課せられるのです。来年度2019年の塾校の入試日は以下の通りです。

<慶応義塾高校2019年度試験日>

 1次試験:2月10日  x  開成

 2次試験:2月13日  x  国立附属


要するに、塾高と開成、国立附属との併願ができないという事実です。
日比谷を目指す君は、併願校として慶應義塾を選ぶのか、あるいは開成+国立附属を選ぶのか、願書提出の段階で決断しなければならないということです。

この試験日の変更で、進学校として特に試練に晒されるのは、開成高校と学芸大附属高校でしょう。

今回の『ザ・名門高校』で「大学付属校の”王子”」と表現された、進学校とは一線を画したエスタブリッシュメント・スクールである慶應義塾高校の力は侮れません。

特に2020年の大学入試改革を前にして、進学校を敬遠して大学付属高校を選択する家庭の増加が言及される中、開成・学附か塾高か、受験生の動向が非常に注目されます。

開成高校受験者数
  • 平成26年 605人
  • 平成27年 644人
  • 平成28年 632人
  • 平成29年 519人
  • 平成30年 523人

実際、平成29、30年度入試において、開成高校は2割近く受験者を減らしました。

そして学芸大附属高校は、この2年、合格者の適正確保に苦労している様子が伺えます。平成29年の入学者は予想外の入学辞退から定員割れを起こし、その反動か、平成30年度は一般中学生の募集人員106人に対して3倍以上の344人の合格者を出し、今度は定員を大幅に上回る新入生が入学したのです。

このためか、来年2019年度は、これまで都立高校合格発表の後に締め切っていた入学手続きを、何と、都立入試前に前倒ししたのです。

個人的には入学手続きの時期に関わらず、都立トップ校へ流れる受験生の足を止めることは難しいのではないかと思います。

まさかまさか、入学金を稼ぐつもりということはないでしょう。国庫で賄われている国立大学附属であれば、当然入学辞退の場合は全額返金されるべきでしょうから、その場合はむしろ従来よりも煩わしい手続きが発生し、学校事務局は大混乱するのではないでしょうか。

 

いずれにしても、なぜ2017年度より慶應義塾が入試日程を変えたのか、その回答を先の歴史のいたずらに求めるならば、これはまさしく人知を超えた何者かが下々の混乱を再びあざ笑うため、日比谷高校をして都立復権の逆襲のために、学校群制度導入50年の節目に送り出した秘策、とみることができるかもしれません。

『高校力』特集の副題である、「公立の逆襲」を象徴する変化の一つです。

もちろん、都と塾高が申し合せて決めた日程変更ではないでしょうが、結果的にそういう意味合いを持つことは確かであり、実際の理由はともかく、学力上位の男子受験生を悩ます変化には違いありません。

日比谷併願校は早期決定がカギ

 2016年度受験組のわが家では、2月の私立合格発表後、都立発表の3月にかけ、万一日比谷が不合格だった場合に開成、慶応義塾のどちらに入学するか、あるいは日比谷ではなくはじめから名門私立に進んだほうが良いのではないか、本当に真剣に悩み考えました。

今にして思えば、究極的に贅沢ともいえる選択の最後の世代です。悲しいかな、今後トップ校を狙う男子受験生にとっては、その悩みはもうありません。

逆に今からの早い時期に、進学校である開成・国立附属高校か、あるいは大学附属校である慶応義塾校か、つまり、理科社会に対して特別な対策を行うかどうか、その点について結論を出さなければなりません。

この点は早く認識して対応すればするほど受験勉強に集中でき、かつ学習範囲への効率的な時間配分につなげることができるでしょう。それにしても、強い憧れを抱く学校でなければ、何を基準に選択したらよいのか、本当に悩ましい問題です。

かつて日比谷高校に大きな影響を与えた、学校群制度導入半世紀の節目を超えて入学する君に、日比谷の新しい歴史を創り、日本の将来を背負うリーダーとしての活躍の期待を込めてエールを送ります。

ではまた次回。

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