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日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

トランプはマトリクスから世界を取り戻す救世主か? ~社会の深層

時事問題

赤と青のカプセル

 いよいよアメリカ大統領選。ますます興味深くなって来ましたね。
これだけ大手メディアが共和党に対してあの手この手のネガティブキャンペーンを展開しても、民主党はなかなか引き離せません。何故でしょう?
今回は、常識的な人々にとってはいかがわしいトンデモ世界の住人のような共和党候補の影響を受け、書くのも読むのも憚られるような陰謀論の世界にどっぷり浸りながら、世界の構造とその変化について考えてみたいと思います。

、選択の意味

 従来の選挙では、赤い政党青い政党かどちらを選択するかというよりは、グレーと灰色のどちらを選ぶのか、高速道路上の右ルートと左ルートの選択と同じように、結局どちらを選んでも行きつく場所は本質的に同じ。候補者も選挙そのものも、世の中を裏で操る者たちが準備した壮大な茶番劇であるという、そういう冷めた感覚が、これまで多くの有権者の中にあったのではないでしょうか。

それが今回はもしかすると、本当にもしかすると、これまでのそうした予定調和とは異なる本物の選挙戦が行われているのかもしれないと感じること。いつの間にか誰かに奪われてしまった本当の自由な世界が、再び自分たちの手に取り戻せるかもしれないと感じること。
それが従来の選挙と根本的に異なる点ではないでしょうか。


ここに二つの薬がある。赤い薬を飲めば真実を知ることになるが、もう今までの世界には戻れない。青い薬を飲めば今日のことは忘れ、今までと同じ世界が続く。さあ、君はどちらの薬を選ぶのか

青い候補を選べば、1%の者が99%の資産を独占し、99%の者が残りの1%を巡って生存競争を続けるという、世界を手にする見えざる彼らにとって都合のよい世界が続く。
彼らのエージェントの元締めとなる青い大統領の指揮のもと、望む者のいない戦争が世界のどこかで発生し、テロ集団が組織され、荒くれ国家の指導者がミサイル発射実験を行う世界。選挙の結果も操ることができるとされる世界が続く。

赤い候補を選べば、今まで何かおかしいと感じてきたそうした出来事の原因を明るみにし、まやかしの世界を変える事ができるかもしれない。そして彼らの手先であるエージェントを排除し、誰もが成功の夢に満ち溢れていた、かつての輝いた世界を取り戻すことができる。そんな希望を微かに感じることができる。

ただし楽観的熱狂に目を奪われてばかりではいられない。
青い党の代表が、超法規的な彼らのエージェントであることは明らかとしても、一方で、目の前にいるいかにも下品な姿をした赤い党の代表が、本物の救世主であるのかどうかは誰にも分からない。
もしかすると、1%の者が独占する現在の状況をむしろ懐かしく思う、より劣化した世界が訪れるかもしれないという危うい感覚が、同時に頭の中で警告を発している。
だがそれを確かめるためには、先に彼を選ばなければならないジレンマに、多くの有権者が陥っている。


赤い薬を選ぶのか、青い薬を選ぶのか

その選択が今、一人一人の有権者の目の前に突きつけられている。
そう、マトリクスの中から目覚めようとしているネオのように。

 

映画マトリクスはフィクションか?

 初めてこの映画を見た時に直感的に感じたことは、これはSFではなく今ここにあるリアルな現実世界を象徴的に描写したものであるという感覚。つまり、無意識の見えない何かに囚われた我々の姿を映し出しているのだと。

我々は生まれた時から、元来自然界には存在しない何かに強迫的に囚われている。
それは集団幻想でありながら、人々の思考や生活を支配しており、抵抗すれば国家権力という拘束力で自由を奪われる。そしてそれを多く持つものが、そうでない者の上に鎮座し、称賛や憧れの対象となる何か。

そう、マネー。

我々はマトリクスという仮想現実に生きる映画の世界の人間のように、マネー経済という仮想現実の中で生き、彼らに生命を吹き込む電池であるかのように、知らず知らずの内に自らの人生を捧げる。その概念は空気のように世界の隅々まで浸透することによって、我々を一時たりとも決して放さない。
そして彼らは、青い政党の代表のようなエージェントと呼ぶべき者たちによって、この幻想世界をコントロールし、人々がその仮想現実の存在に気づき、そこから離脱することがないように国家の枠組みを利用しながら目を見張らせている。

彼らは、右と左、敵と味方を作って互いに争わせたり取り込んだり、元来存在しない憎悪や恐怖を穏やかな市民の間にまき散らして人々を手中に収めようとする。
しかし昔から世界中で行われているそうした演出も、この十数年ほどの間に学芸会のようにすっかり陳腐化してしまったように見える。

世界を震撼させるような事件や戦争が起きた場合でさえ、例えばハイジャックされた民間機が高層ビルに突入したとしても、それが政治や宗教、民族間の感情の高揚に起因する自然発生的な悲劇だということに、一般の多くの人々が疑いを持つようになった。
それらは彼らに都合のよい新たな価値観を生み出し、人々を恐怖によって操ろうとする彼らのアジェンダの一部であり、エージェントの演出であると。

そして世界の耳目を集める大統領選挙の公開討論の場においてでさえ、彼らの仕業を公に向かって高らかに宣言し、責任を追及する時代となってしまった。
それは相対的に彼らの力が弱まった結果なのか、あるいは人々の覚醒に対応するために新しい脚本と趣向を用意した結果、大衆に迎合する形で目の前で繰り広げられるエージェントの交代劇に過ぎないのかは分からない。

いずれにしても、その答えは間もなく出るだろう。
 

基幹メディアの影響力の低下

 さて、個人的には新聞を購読したり、テレビを定期的に見る習慣がないため、世論や一般常識はだいぶ怪しいかもしれません。
現在ニュースの情報源は、主に新聞社のWEB版を流し読みする程度。

このWEB版は、記事の問題提起部分のみが無料で公開され、論説部分は有料ということが多いため、無料利用者にとっては必然的に文章の結論部分に目を通す機会が少なくなります。
これは情報源としては不完全なようですが、実は非常に都合の良い点も多いように思います。まずはマスコミのバイアスのかかった意見に流されにくいこと。そして右か左か、問題の答えを常に自分で考え導き出す必要があること。

この起承転結の起または起承部分のみが無料となる新聞社のWEB版は、読者を有料記事に誘う必要があるためか、問題提起の情報量は意外に厚く、記事の核心部分となる論者の主張は非表示というフィルターサービスがかかっており、マスコミ側には皮肉なことですが、メディアの意見に影響を受けることなく短時間に時事問題を拾うには、むしろ都合のよい仕組みです。

本ブログの視点に他と異なるユニークな点があるとすれば、それは結果的ではありますが、マスコミや世論からある程度独立し、他者の情報を頼りにせず自分の頭で考え物事を評価する習慣が身についているためかもしれません。

いずれにしても、近年の世界の隅々にまで行き渡る情報端末の影響によって、テレビや新聞などの既存の基幹情報網を使ってプロパガンダを撒き散らしても、それを必要とする者が減り、さらに信じる者が減り、彼らのどのような演出も効果を発揮しにくい時代となってしまいました。そして彼らの焦りからか、その演出もマッチポンプであることが明らかに分かる稚拙なものが多くなり、混迷を極めている。
そう、今回の大統領選挙のように。

選挙の結果は、最後の一瞬まで分かりませんが、世界は既にマトリクスのような彼らの幻想世界から目覚めようとする人々で溢れかえっている。
そして、そうした人々は本気で信じている。
あの赤い党の代表が、マトリクスのエージェントと戦う救世主だと。
だからあらゆるネガティブな情報は、そうした人々の耳には響かない。それらは昔から彼らの用いる陳腐な常套手段の一部に過ぎないのだと。

そしてそんな人々は待ち望んでいる。
トランプは、最後にどんな特別なカードを切って逆転するのだろうかと。

 

世界を救うために君は何を行うか?

 例えばこれからのリーダーを目指す受験生の君に聞いてみたい。
次のような設問に対して、君はどう答えるのかと?

設問:
科学技術が進歩し、21世紀となった現在においても、世界には戦争、難民、貧困、環境破壊など様々な問題が未解決のまま残されています。
もしあなたが世界のリーダーであるならば、より良い世界を実現するためにどのような施策を行いますか? 
施策の結果実現すると考える世界の状況と合わせて自由に答えなさい。

(ただし各国の法律や習慣をはじめ、施策実行に一切の制約や反対を受けないものとする)


そして今回赤い代表を熱狂的に支持する者の中には、以下のような妄想的回答を真剣に語る者がいるかもしれない。要旨を紹介してみよう。
 

妄想的社会不適格者の回答例:

 世界を何者かから取り戻すために、ある一つの施策を実行したい。それは、

「金利という概念を人々の頭や世界から抹殺すること」

これは世界中にゼロ金利を導入するということではない。迂回や間接的な行為も含めた金利的影響そのものを廃止するということだ。これは宗教的な意味を含まない。また、人々の競争心理を廃止する意図も含まない。

この施策の意味を理解するために、ここで改めて金利の役割を概念的に簡潔に述べてみる。つまり、

「金利とは、椅子取りゲームの椅子をいくつ抜くのか」

これを調整しているものだと理解している。
つまり我々はマネー経済の中で、椅子取りゲームを行っているに過ぎない。このゲームの通常の勝者は、椅子をより多く獲得するものであるが、それらは真の勝者ではない。
真の勝者は椅子を配り、抜く数を決める者だ。そうやって特権的な立場の彼らは世界を操り、調整している。

しかし椅子を抜くことを排除し、誰もがどのタイミングでも椅子に座ることができるとするならば、人々は心安らかとなり、椅子の数を調整する特権的価値はたちどころになくなってしまう。そして、それを独占的に所有しようとすること自体が意味を持たなくなる。
彼らは支配的な存在から、単なる備品の管理者にすぎない存在となる。

つまり、マネーが世界を動かす支配的な存在から、単なる決済手段となる瞬間だ。
そしてマネー経済は成長を止める。

このようにして、中央銀行や世界のあらゆる金融機関は子供銀行のように無力となる。

そして人々はマネー経済という幻想世界から解放され、自由を手に入れる。
そしてそこから真の競争社会が始まる。この競争は、マネーに裏付けされた経済的競争ではもはやない。幸福度や人間性や社会貢献度のような、人間社会や自然環境を豊かにする何かが尺度となるだろう。

あらゆるリスクは、金利に裏付けされたものではなく、やりがいや人々からの称賛に裏付けられたものに変わる。社会的評価の意味が変わる。そうやって社会はゆっくりと変化していく。
社会に必要な全ての産業や機能は、それを必要とし、それに応えたいと望む者によって継続される。
不要なものや余剰な何かは自然淘汰的に排除される。そして傷ついた自然界も、ゆっくりと回復に向かう。

世界の多くの宗教が、金利を禁止していると聞いたことがある。その概念が、ここで述べる意味と同じであるかは知らない。ここでは地球や人間が本来持つ、自由で豊かな姿を取り戻す方法として語っている。

そしてそれは同時に、過度にグローバル化を促す政策も廃止に追い込むことになるだろう。
世界は一度ガラパゴス化し、自国の文化を再認識することとなる。外国の商品が自国でも同じように並ぶ必要はなく、ターミナル駅や空港の街並みが、世界中同じである必要もない、、、(以下省略)

 

トランプが大統領となった暁には、実際どのように世界の秩序を変えるのか、あるいはどのように変わるのか、まだ今は誰にもわからない。そして彼が本当に救世主であるのか、見えざる彼らの新種のエージェントであるのか、それも誰にも分らない。
もうしばらく時が経てば、混迷を極めた大統領選の真の意味が理解できるだろう。

今回は、現実世界であり幻想世界であるの世界についてお話ししました。
ここに書かれた価値観は、非常識と分類される種類のものですから、小論文や面接で述べると入学不適格とみなされると思いますので注意が必要です。

ただ一つの事実として、現在15歳の受験生である君が生まれた2001年のその時までは、日本中どこに行こうが、「不審物を見かけた場合は係員にお知らせください」などと警告されることは決してなかったのです。
彼らは自らの利益のために、そうした我々の穏やかな世界を、あの日一瞬で変えてしまった。

信じますか信じませんかはあなた次第です。
ではまた次回。