北朝鮮国境に行ってきました。

2022年8月21日更新:
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 中国丹東市、鴨緑江橋上の北朝鮮国境

 都内の小学生が中学受験に一生懸命な時期に、小学4年生の長男と幼稚園に上がる直前の次男を連れて北朝鮮国境を旅しました。

あれから10年以上が経ち、今では同じ旅路を辿る事はなかなか困難な状況にあります。

今回は、北朝鮮国境を歩いた家族旅行についてご紹介します。

北朝鮮国境・中国遼寧省丹東市

 北朝鮮ウォッチャーや中国旅行好きの方ならピンと来るかと思いますが、日本国パスポート保持者にとって、世界の中で現在地政学的に最も北朝鮮に近づくことができる場所は、中国と北朝鮮国境の街、遼寧省丹東市ではないでしょうか。

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何を思い立ったのか、当時長男と同学年の生徒が中学受験のために勉強に励んでいるその時期に、わが子を連れてこの丹東市を訪れました。

強烈な国境体験

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私自身がカメラに収めたこの何の変哲もないのどかな風景写真が示すのは、ある種強烈な非日常世界です。

写真を横切る小川、これが実は中国と北朝鮮の国境線なのです。

我々が立っている手前の土地は中国領土。

そして川の対岸に広がる草原は、まぎれもない北朝鮮領土です。

現地に立つと、隔てるものが何もないその景色の中に、おそらく日本人だけが感じる見えない壁のような何か、何もないが故に却ってとてつもなく厚く重苦しい感情を見る者の中に喚起する不可視の圧倒的な何かを感じます。

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2010年撮影。当時は柵も見張りもなかった

そして、この北朝鮮領土を背景とした記念碑を囲む記念写真は、皆にこやかな表情を讃えているのですが、その立たされた状況は、笑顔とは裏腹に、日本人としてはある特殊な緊張を感じる場所です。

この『一歩跨』と名付けられた場所は、北朝鮮国境を最も印象的に体験することができるスポットとです。 

検問所も柵も何もなく、中国側から国境を見るものにとっては、正に一歩跨ぐ程度の勇気で北朝鮮の領土を踏むことができる場所です。

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そしてむしろ越境を推奨するかのように設置された、石畳の階段と川下りの観光船。

この写真を見ただけなら、何処かのさえない観光地としか考えられないでしょう。それが一歩跨ぎです。

それと知らずに訪れた際の今までの常識を揺るがすかのような衝撃は、世界情勢を知る社会人であればこそ、その意味を推しはかることができる種類の特殊な場所。

子供達にとっては、言葉では国境と理解したとしても、現実的にはただの素朴な川辺の風景の一つに違いありません。

この時長男は小学校4年生、チビはやっと幼稚園に通うかどうかの年。島国である日本に暮らしていては、国境という意味すら実感できていないかもしれません。

今にして思えば、こんな場所にまだ自力で帰国が困難な小さな子供達を連れて出かけるのは、親としていかがなものだろうかという気がします。

実際この丹東市を訪れたわずか1泊2日の短い旅の間、絶えず心の奥に気にかけていたのは、子供たちが突然消えはしないかという不安。

一瞬の隙に姿が見えなくなったのであれば、永遠に会うことは困難でしょう。

リスクの大小を限定することができないようなスポットに、何を好んで自ら足を踏み入れるのか、自分でも説明のつかない、日常に潜む異次元空間との接点であるような、そんな偶発的に訪れてしまった結界として、親の記憶に強く残る場所。

それが一歩跨です。

国際情勢と国境周辺事情

 実はこの場所は、かつての国境を示す万里の長城の東端である「虎山長城」の観光駐車場の脇にひっそりと佇む異界スポットです。旅の途中に出合ったこの何もない小さな広場に、本当に強烈な印象を覚えたことを記憶しています。

今でも想像して空恐ろしくなるのは、実際にあの川を遊び半分で北朝鮮側に渡ってみたらどうなるのだろうかという想い。もちろん、遮るものは何もないのですから、物理的に可能な行動です。

いつも脳裏に浮かぶのは、実は表面上は見えない伏兵が、静かに声を潜めて24時間草むらの中に隠れていて、脱北者を見張ると同時に中国側から不法侵入する越境者を一瞬の内に拘束して連れ去ってしまうのではないかという得も言われない恐怖心。

そんなあまりに静かで無防備な国境線。

大河や高い塀を乗り越えて、命からがら脱北するという潜在的な印象とはだいぶ異なるのどかな国境風景です。

ただし、ネット上の写真や記事を見ると、この石畳の階段には、現在川への侵入を制止する柵が巡らされている様子。遮るものが何もないが故に感じた恐ろしく重苦しい空気は、今では体験することはできないようです。

それでも、圧倒的な空間の異様さを感じることができる場所には違いありません。

中学受験生が塾に通う夏休みに、わが家では呑気に北朝鮮国境に立ち、近くて遠い彼の地に思いを巡らせていたのでした。

 

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 虎山長城最上部から眼下に望む北朝鮮領土

 

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鴨緑江クルーズとリアル北朝鮮

 丹東市を観光目的で訪れるのは、もちろん中国人がほとんどだと思います。 

一般の中国人にとっても、北朝鮮は不思議の国であるようで、皆我々と同じように、好奇の眼差しで謎の隣国を見つめています。 

簡単には超えられない国境線にギリギリまで接近し、人々の生活を感じることができるのは、国境の街ならではの鴨緑川クルーズ。これは東京湾クルーズなどと同様、観光船に乗って川に沿った上下往復遊覧観光を行うというもの。 

ただこの鴨緑川クルーズが他の観光遊覧船と大きく異なるのは、その場所が北朝鮮国境0m地帯であり、見るべきものは中国の街並みではなく、報道では目にすることの少ないありのままの北朝鮮の風景だということ。この鴨緑江では、物資と人を運ぶ日常の足として、北朝鮮のスローボートの往来をよく見かけます。

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写真の船は、我々が乗る中国船より中国側を進んでおり、たぶん越境しているのだと思いますが、背景にある中国丹東市の近代的な風景と、前近代的なスローボートのギャップと共に、まだ少年少女ほどの若い乗客達の笑顔が印象的でした。

このクルーズは、普段我々がテレビで見るようなピョンヤンの姿とは異なる、北朝鮮の人々のリアルな日常を垣間見ることができる貴重な体験の一つです。

テレビ画面で見るピョンヤンの正装した人々が北朝鮮のハレの顔とするならば、ここで目にする人々はケの表情です。

 

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家族旅行で訪れたらしい中国人観光客も、カメラを両手に構えて一生懸命写真を撮っています。彼らにとっても珍しい光景なのでしょう。

その船に乗るものは皆、信じられないほどの好奇の眼差しで、目には見えない国境線の向こうにある人々とその暮らしを食入るように見つめています。

中国の一般の人々にとっても、隣国北朝鮮の目の前に広がるその風景は、近くて遠い自国の生活とは似て非なる非日常世界に違いないのです。

そして彼の地を見つめる人々から伝わる共通の感情は、「中国に生まれてよかった」という無言の幸福感。

日本人から見ると、中国の人々に対して時折抱く同じ種類のその感情を、彼らが隣人に対して抱くその姿に、ある種の感慨を感じます。

われわれ日本人も世界のどこかで、悲哀の対象として見られているのかもしれません。

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そして観光船のデッキでは、本物かどうか分かりませんが、記念に北朝鮮の通貨セットを購入しました。残念ながら、いくらで買ったか忘れてしまいました。 

北朝鮮直営レストラン

 マレーシアでの金正男暗殺事件の際に、北朝鮮の外貨獲得のための直営レストランの話題が登場しました。この北朝鮮直営レストランは、国交の正常な国であればそれほど珍しくない出稼ぎ施設と言えそうです。

私自身、中国出張の際にいくつかの都市で直営店を見かけたり、実際に食事をする機会が度々ありました。そして当然のことながら、北朝鮮国境の街である丹東市にも直営レストランは普通に存在します。 

尚、拉致被害が解決しない状況にあって、日本人が北朝鮮の直営店で外貨を落とすことに批判的な意見があるかもしれませんが、そこは異文化を理解するという観点から寛容に考えてよいのではないでしょうか。

日本におけるパチンコ業界からの資金の流れを考えると、むしろ健全なお金の流れの思います。

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そして北朝鮮レストランでは、当然現地の味がふるまわれます。
食事中は北朝鮮女性スタッフが、歌や踊りの素朴なショーを披露してくれます。

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少しビミョーな雰囲気を醸し出している写真ですが、次男がショーを食い入るように見つめていたのを覚えています。

私が何度か行ったことのある別の北朝鮮レストランでは、日本人客と分かると楽団が「北国の春」を歌い出すようなお店もありました。

また、顧客のグラスにビールを注いで回る際に、ビンの先端にある突起部分をうまくグラスの縁に引っかけて、手を触れずにグラスを傾けながらお酌するという芸当を披露してくれる店もあり、よく記憶に残っています。 

北の友好国を訪問した際に直営レストランで食事をすることが、現在一般の日本人にとっては北朝鮮に生まれた人々と交流する最も身近な方法ではないかと思います。

日本と北朝鮮の国交が正常化した暁には、東京にも北朝鮮の国旗を掲げたレストランが堂々とオープンする事があるでしょう。そんな日が、我々の生きている時代に訪れるのでしょうか。

今では大連から丹東までは高速鉄道で繋がっており、移動負担も少ないでしょう。

あのオンボロ車に子供を乗せて何時間も走った当時は何だったのだろうかと思うほど、本当に身近な旅先の一つになったといえるかもしれません。

そして望むのであれば、丹東市の旅行会社の中には、実際に北朝鮮へ入国するツアーを売り出しているところがあるようです。もちろん世界には、他に訪れるべき楽しい場所が数えきれないほどありそうですが。

韓国側国境・烏頭山統一展望台

 最後におまけとして、反対側の北朝鮮国境についてお伝えしたいと思います。

先の一歩跨を訪問する数年前に、韓国と北朝鮮の国境に位置する、烏頭山統一展望台を訪問したことがあります。

この施設は北朝鮮領土を望む目的で建てられた展望台。

韓国に出張した際に、面白いところがあるといって現地スタッフが連れて行ってくれたのです。

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漢江と臨津江の合流する国境山頂に位置し、2、3キロ先の対岸に北朝鮮の風景を望むことができます。

場所の特殊性からすると、一歩跨と烏頭山統一展望台は北と南、友好国側と敵対国側に分かれた意味も性格も異なる全く二つの北朝鮮国境スポット。

手を伸ばせば相手に届く一歩跨の方が、より強烈な印象をもたらすことは間違いないですが、国際関係を考えると、こちらも十分危険な場所と言えるでしょう。

私は歴史好きでも国際情勢に興味があるわけでもなく、ましてや韓国好きでも辺境フリークでもありませんが、何故だか南北双方の北朝鮮国境線を訪れるという経験を得ました。不思議なものです。 

日常の中の北朝鮮との交流

 今にして思えば、ごく短い時間ながら、北朝鮮の文化や生活に直接触れる経験をしたという事実は、大部分の日本人からすると少しだけ特別なことかもしれません。

しかしその一方で、我々は日常生活の中で、それとは気づかないまま朝鮮国籍やルーツを持った多くの人々と、この日本国内で交流を行っているのも事実のようです。

これもまた、不思議な現実です。

そんな日本にとって近くて遠い国に向け、いつか日本から多くのビジネスマンが直行便で彼の地に赴くことが日常の風景となるのでしょうか。

中国だけでなくロシアとの対立が深まる中、改めてかつて訪れた国境線を巡るこの不思議な度が思い出されるのでした。

ではまた次回。