日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

北朝鮮国境の街・丹東を行く ~中学受験と世界体験の境界線

f:id:mommapapa:20171109232952j:plain
 中国丹東市、鴨緑江橋上の北朝鮮国境

2017年11月9日追記:

 トランプ大統領の訪中に伴い、中国丹東市から北朝鮮への旅行制限がなされたとのニュースが流れました。

現在日比谷高校生のわが子が小学4年生の頃に、何を思ったか幼稚園に上がる弟も連れてこの北朝鮮国境を旅しました。
その当時は、この丹東市が日本のトップニュースに登場する日が来るなどとは夢にも思いませんでしたが、10年もたたずに世界は変わるものです。

__________________

 一般の日本人にとって、北朝鮮はニュースやインターネット上の想像の世界。
マスコミや愛好家の方以外には、直接訪れることも人々と交流することも稀な謎の国。

しかし、北朝鮮を直接訪れることはできなくても、その様子や人々を身近に感じることができる場所は、彼の国の同盟国を中心に探せばあるもの。

今回は、緊迫する朝鮮情勢を期に蘇る、北朝鮮に触れる旅の想い出について紹介したいと思います。

 

北朝鮮国境の街・中国遼寧省丹東市

 北朝鮮ウォッチャーや中国旅行好きの方ならピンと来るかと思いますが、日本国パスポート保持者にとって、世界の中で現在地政学的に最も北朝鮮に近づくことができる場所は、中国と北朝鮮国境の街、遼寧省丹東市ではないでしょうか。

f:id:mommapapa:20170419074237j:plain


個人的には6、7年前、東京ではちょうど長男と同学年の生徒が中学受験のために勉強に励んでいるその同時期に、現在日比谷高校に通うわが子を連れて、この丹東市を訪れたことが思い出されます。

この北朝鮮に触れる旅は、言葉では表現することが難しですが、ある種の強烈な印象を残した旅には違いありません。 

百聞は一見にしかず。

政府関係者でもなく、国際情勢の専門家でもない、むしろ歴史音痴であるごく一般の日本人が体験した、その強烈な印象を示す1枚の記念写真をまずはご覧ください。

f:id:mommapapa:20170418000128j:plain

この何の変哲もないのどかな風景写真の何が強烈かというと、写真を横切る小川、これが実は中国と北朝鮮の国境なのです。

そして川の対岸に広がる素朴な草原は、まぎれもない北朝鮮領土。

忌まわしい強制収容所の建物跡地も、爆発で焼けただれた建物も、鎮魂の意を込めて建てられた記念碑も何もないその景色の中に、おそらく日本人だけが感じる見えない壁のような何か、何もないが故に却ってとてつもなく厚く重苦しい感情を見る者の中に喚起する不可視の圧倒的な何か。

f:id:mommapapa:20170418072503p:plain
2010年撮影。当時は柵も見張りもなかった

そして、この北朝鮮領土を背景とした記念碑を囲むある日本人家族の記念写真は、見ての通り皆にこやかな表情を讃えているのですが、その立たされた状況は、笑顔とは裏腹に、日本人としてはある特殊な緊張を感じる状況です。

この『一歩跨』と名付けられた場所は、北朝鮮国境を最も印象的に体験することができるスポットとして、日本でもっと有名であっていい場所であるように思います。 

検問所も柵も何もなく、中国側から国境を見るものにとっては、正に一歩跨ぐ程度の勇気で北朝鮮の領土を踏むことができる場所。

f:id:mommapapa:20170418073855j:plain

そしてむしろ越境を推奨するかのように設置された、石畳の階段と川下りの観光船。
この写真を見ただけなら、国内の何処かさえない観光地としか考えられないでしょう。
それが一歩跨ぎ。


それと知らずに訪れた際の今までの常識を揺るがすかのような衝撃は、世界情勢を知る社会人であればこそ、その意味を推しはかることができる種類の特殊な場所。

子供達にとっては、言葉では国境と理解したとしても、現実的にはただの素朴な川辺の風景の一つに違いありません。

この時長男は小学校4、5年生、チビはやっと幼稚園に通うかどうかの年。日本と外国の区別すらつかない時期でしょう。

今にして思えば、こんな場所にまだ自力で帰国が困難な年頃の子供達を連れて出かけるのは、親としていかがなものだろうかという気がします。
実際この丹東市を訪れたわずか1泊2日の短い旅の間、絶えず心の奥に気にかけていたのは、子供たちが突然消えはしないかという不安。

一瞬の隙に姿が見えなくなったのであれば、永遠に会うことは困難でしょう。

リスクの大小を限定することができないようなスポットに、何を好んで自ら足を踏み入れるのか、自分でも説明のつかない、日常に潜む異次元空間との接点であるような、そんな偶発的に訪れてしまった結界として、親の記憶に強く残る場所。

それが一歩跨。

実はこの場所は、万里の長城の東端である「虎山長城」の観光駐車場の脇にひっそりと佇む異界スポット。旅の途中に出合ったこの何もない小さな広場に、本当に強烈な印象を覚えたことを記憶しています。

今でも想像して空恐ろしくなるのは、実際にあの川を遊び半分で北朝鮮側に渡ってみたらどうなるのだろうかという想い。
もちろん、遮るものは何もないのですから、物理的に可能な行動です。

いつも頭に浮かぶのは、実は表面上は見えない伏兵が、静かに声を潜めて24時間草むらの中に隠れていて、脱北者を見張ると同時に中国側から不法侵入する越境者を一瞬の内に拘束して連れ去ってしまうのではないかという得も言われない恐怖心。
そんなあまりに静かで無防備な国境線。

大河や高い塀を乗り越えて、命からがら脱北するという潜在的に脳裏にある印象とはだいぶ異なるのどかな風景です。


ただし、ネット上に現れる写真や記事を見ると、この石畳の階段には、現在川への侵入を制止する柵が巡らされている様子。
周辺もすっかり観光スポットとして整備されてしまって、遮るものが何もないが故に感じた恐ろしく重苦しい無言の存在感が削がれているような気がして少し残念です。
それでも、圧倒的な空間の異様さを感じることができる場所には違いありません。

中学校受験生が塾に通う夏休みに、我が家は中学受験を意識することすらなく、呑気に北朝鮮国境に立ち、近くて遠い彼の地に思いを巡らせていたのでした。

 

f:id:mommapapa:20170418112845j:plain
 虎山長城最上部から眼下に望む北朝鮮領土

 

f:id:mommapapa:20170419102058j:plain



中学受験適齢期はいかに過ぎるか

 日比父ブログの視点から見ると、こうして中国と北朝鮮国境の旅を振り返る際に想うことは、わが家の長男の場合は中学受験をするかしないか、という判断は実質的にはなかったなという事実。

都立高校の情報を発信していると、中高一貫校や中学受験に否定的な考えの持ち主と思う方もいるかもしれませんが、個人的にはどちらも否定しているわけではありません。

わが家の場合は、ただ中学受験適齢期に東京や大阪ににいなかった、という事です。
いなかったので、中学受験するかしないか悩まなかった。

そんな立場から見ると、首都圏の中高受験事情を語る際にまことしやかに囁かれる以下の評価には、逆に違和感を感じることがあります。つまり、

都立トップ校を目指す中学生は、以下の人々であると。 

  • 中学受験が困難な低所得者
  • 中学受験に失敗した残念組

個人的には、上記の意見を尤もらしく述べる方は、まるで地球上に日本という国しか存在しないかのような視野に立った考えではないかと思うのです。
あるいは宇宙空間に生命の存在するのは、地球のみだと語るかのよう。


わが家を例にとってみれば、日比谷生である愚息の中学受験準備適齢期には、中学生になる際に、どの国のどこの都市に暮らしているのか分からない状況。
実家はあるにしても、世帯の持ち家のないジプシー組。

親の居住地に関わらず、子供の教育や将来のために首都圏の中高一貫校や大学附属校に入学させ、親子別居となろうが子供を東京に住まわせる覚悟とポリシーを持った家庭とは異なるわが家にとっては、状況的に中学受験を目指して準備する事は合理的ではありませんでした。 

また日比谷の部活や保護者会などで接する家庭には、思いの他海外帰国組が多いという実感もあり、わが家と同様に中学受験機会喪失組の存在を間近に感じざるを得ません。

日比谷高校に子を預ける保護者として感じるのは、都立トップ高校は、中高一貫校にわが子を通わせられなかった中学受験弱者というよりは、地方も含めた周辺世界から東京や日本の在り方を冷静に見つめる、雑多であると同時にバックボーンや経験豊かなグローバル集団という一面があると感じます。
あるいは親子代々東京在住の方からすれば、大阪城真田丸に集まる出所不明な野武士集団と見えるかもしれません。 

住民流動性の高い首都東京において、都立高校を目指す受験生の中には、中学受験適齢期に東京在住ではなかった生徒が数多く含まれるという単純な事実に、なぜ気づかない振りをするのか、不思議に思います。
それが、何か既存の大きな価値観を脅かすような不都合な真実でもないでしょうに。


そしてわが家にとっての現実的な中学受験の選択は、これから準備適齢期を迎えるチビにあるでしょう。するのかしないのか、これから悩むことになるかもしれません。

ゴールデンエイジと呼ばれる時期にスポーツや芸術に打ち込むのか、勉強に集中するのか、あるいは情緒を育んだり親子での旅やフィールドワークに時間を多く使うのか。

このテーマについては、いつか別の機会にじっくり考えたいと思います。

 

北朝鮮国境・鴨緑江クルーズ

 さて話を北朝鮮に戻しましょう。
丹東市を観光目的で訪れるのは、もちろん中国人がほとんどだと思います。 

一般の中国人にとっても、北朝鮮は不思議の国であるようで、皆我々と同じように、好奇の眼差しで謎の隣国を見つめています。 

簡単には超えられない国境線にギリギリまで接近し、人々の生活を感じることができるのは、国境の街ならではの鴨緑川クルーズ。
これは東京湾や都市部の河川クルーズ同様、観光船に乗って川に沿った上下往復遊覧観光を行うというもの。 

ただこの鴨緑川クルーズが他の観光遊覧船と大きく異なるのは、その場所が北朝鮮国境0m地帯であり、見るべきものは中国の街並みではなく、報道では目にすることの少ないありのままの北朝鮮の風景だということ。
この鴨緑江では、物資と人を運ぶ日常の足として、北朝鮮のスローボートの往来をよく見かけます。

f:id:mommapapa:20170419010333j:plain

f:id:mommapapa:20170419010754j:plain
下の写真の船は、我々が乗る中国船より中国側を進んでおり、たぶん越境しているのだと思います。
背景にある中国丹東市の近代的な風景と、前近代的なスローボートのギャップと共に、まだ少年少女ほどの若い乗客達の笑顔が印象的でした。

このクルーズは、普段我々がテレビで見るようなピョンヤンの姿とは異なる、北朝鮮の人々のリアルな日常を垣間見ることができる貴重な体験の一つです。
テレビ画面で見るピョンヤンの正装した人々が北朝鮮のハレの顔とするならば、ここで目にする人々はケの表情です。

 

f:id:mommapapa:20170418215740j:plain

家族旅行で訪れたらしい中国人観光客も、カメラを両手に構えて一生懸命写真を撮っています。彼らにとっても珍しい光景なのでしょう。

その船に乗るものは皆、信じられないほどの好奇の眼差しで、目には見えない国境線の向こうにある人々とその暮らしを食入るように見つめています。

その瞳の中にあるものは、不適切な表現であるかもしれませんが、動物園で始めて見る珍獣の入った檻に向かって投げかける視線と大差ないものという印象。
中国の一般の人々にとっても、隣国北朝鮮の目の前に広がるその風景は、友好国とはいえ、近くて遠い自国の生活とは似て非なる世界に違いないのです。

そして彼の地を見つめる人々から伝わる共通の感情は、「中国に生まれてよかった」という無言の幸福感。

日本人から見ると、中国の人々に対して抱く同じ種類のその感情を、彼らが隣人に対して抱くその姿に、ある種の滑稽さを感じます。

われわれ日本人も世界のどこかで、悲哀の対象として見られているのかもしれません。


f:id:mommapapa:20170418223433j:plain

そして観光船のデッキでは、本物かどうか分かりませんが、記念に北朝鮮の通貨セットを購入しました。
残念ながら、いくらで買ったか忘れてしまいました。 

北朝鮮直営レストラン

 マレーシアでの金正男暗殺事件の際に、北朝鮮の外貨獲得のための直営レストランの話題が度々取り上げられました。
この北朝鮮直営レストランは、国交の正常な国であればそれほど珍しくない出稼ぎ施設と言えそうです。

私自身、中国出張の際にいくつかの都市で直営店を見かけたり、実際に食事をする機会が度々ありました。そして当然のことながら、北朝鮮国境の街である丹東市にも直営レストランは普通に存在します。 

尚、拉致被害が解決しない状況にあって、日本人が北朝鮮の直営店で外貨を落とすことに批判的な意見があるかもしれませんが、そこは異文化を理解するという観点から寛容に考えてよいのではないでしょうか。
47都道府県全国の津々浦々、音と光に包まれた駅前娯楽施設を通じて、日本円で無意識のうちに北朝鮮への支援活動を行っている可能性を考えれば、むしろ健全です。

f:id:mommapapa:20170419000101j:plain

そして北朝鮮レストランでは、当然現地の味がふるまわれます。
食事中は北朝鮮女性スタッフが、歌や踊りの素朴なショーを披露してくれます。

f:id:mommapapa:20170419001952j:plain

f:id:mommapapa:20170419002733j:plain

少しビミョーな雰囲気を醸し出している写真ですが、下のチビがショーを食い入るように見つめていたのを覚えています。

私が何度か行ったことのある別の北朝鮮レストランでは、日本人客と分かると「北国の春」を歌ってくれるようなお店もありました。

また、顧客のグラスにビールを注いで回る際に、ビンの先端にある突起部分をうまくグラスの縁に引っかけて、手を触れずにグラスを傾けながらお酌するという芸当を披露してくれる店もあり、よく記憶に残っています。 

北の友好国を訪問した際に直営レストランで食事をすることが、現在一般の日本人にとっては北朝鮮に生まれた人々と交流する最も身近な方法ではないかと思います。
日本と北朝鮮の国交が正常化した暁には、東京にも国旗を掲げたレストランが堂々とオープンする事があるでしょう。
そんな日が、我々の生きている時代に訪れるのでしょうか。


今では大連から丹東までは高速鉄道で繋がっており移動負担も少ないでしょう。
あのオンボロ車に子供を乗せて何時間も走った当時は何だったのだろうかと思うほど、本当に身近な旅行先の一つになったといえるかもしれません。

そして望むのであれば、丹東市の旅行会社の中には、実際に北朝鮮へ入国するツアーを売り出しているところがあるようです。
もちろん世界には、他に訪れるべき楽しい場所が数えきれないほどありそうですが。

 

韓国と北朝鮮国境・烏頭山統一展望台(おまけ)

 先の一歩跨を訪問する数年前に、韓国と北朝鮮の国境に位置する、烏頭山統一展望台を訪問したことがあります。
こちらは北朝鮮領土を望むために建てられた展望台。

韓国に出張した際に、面白いところがあるといって現地スタッフが連れて行ってくれたのです。

f:id:mommapapa:20170418114149j:plain

漢江と臨津江の合流する国境山頂に位置し、2、3キロ先の対岸に北朝鮮の風景を望むことができます。

場所の特殊性からすると、一歩跨と烏頭山統一展望台は北と南、友好国側と敵対国側に分かれた意味も性格も異なる全く二つの北朝鮮国境スポット。

手を伸ばせば届く距離を望む一歩跨の方がより強烈な印象をもたらすことは間違いないですが、外務省が韓国渡航に関する注意を呼びかける2017年4月現在であれば、こちらの方がむしろリスクの高い場所と言えるかもしれません。

私は歴史好きでも国際情勢に興味があるわけでもなく、ましてや韓国好きでも辺境フリークでもありませんが、何故だか南北双方の北朝鮮国境線を訪れるという経験を得ました。不思議なものです。

 

さて、いかがでしたでしょうか。
思えばごく短い時間ながら、北朝鮮の文化や生活に直接触れる経験をしたという事実は、大部分の日本人からすると少しだけ特別なことかもしれません。

しかしその一方で、我々は日常生活の中で、それとは気づかないまま朝鮮国籍やルーツを持った多くの人々と、この日本国内で交流を行っているのも事実のようです。
これも不思議な現実です。

そんな近くて遠い国が今、この日本にも大きな脅威を及ぼしています。 

そういえば医師である実兄は、地下鉄サリン事件の日に、虎ノ門で行われる学会出席のために、実際にサリンが撒かれた日比谷線の車両の別の車両に乗っていたそうです。
地下鉄が止まった際に、おかしいと思いつつも学会の時間を気にして足早に現場を離れて事なきを得たそうですが、医師であるという性格上、もししばらくその場に居合わせたならば、具合の悪い乗客の看護のために自分も犠牲者となった可能性が高いと話していました。

阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が連続的に発生したあの1995年から20年以上が過ぎた今、東京オリンピックを前に北からの核弾頭や化学兵器の着弾脅威に多少なりとも不安を覚える現実がやってくるとは夢にも思いませんでした。
有事の際には、我々の平和で豊かな生活基盤は一瞬で崩壊してしまうのでしょうか。


日比谷高校は、首相官邸や国会議事堂に囲まれた日本の政治中枢の丘に建つ学校。

日常的に多くの警官隊がこの地を取り囲んでいるように、安全保障上最も狙われやすい標的の一つであり、かつ最も安全に守られているという戦略的なアンチノミーを抱えた場所と言えるでしょう。

来春日比谷高校を志す君が、その特別な場所に向けて広義の意味で全国および世界各地から集まった仲間たちと過ごす青春の1ページを、有事に負けない強い意志でしっかりと掴むことを陰ながら応援しています。

勉強に集中できる平和な時が、まだまだ続きますように。

ではまた次回。

 

日本人にとってもう一つのタブー地、南京を行く 

君が代はいつどこで学ぶべきものなのか?