2019年11月22日更新:
大学共通テストの採点方法について、今更ながら議論が行われています。
なぜ今頃そのような点について議論が生じるのか、最初から分かり切ったことだと思うのですが、事態は想定していたよりもずっと深刻なようです。
当初掲げた高尚な入試改革の理念とは大きくかけ離れ、今では運営実施を実現させなければという意識のようにも感じます。
最初から結果が分かり切っていた英語技能試験の延期と相まって、共通テストはセンター試験の劣化版のような様相さえ呈してきました。
大学入試改革の趣旨
今回の入試改革は、「高校教育改革」、「大学入試改革」、「大学教育改革」の3本柱から成るものですが、特に世間の関心は、『記述問題の導入』や『民間英語検定の活用』など、共通テストの実施内容に集中しているように思います。
今回の改革の主旨を一言にまとめると、
『学習指導要領に基づいて高校でちゃんと勉強して下さい』
ということだと思います。
そしてそれが端的に表れている課目が「国語」です。改革検討委員会の国語に対する並々ならぬ熱い思いが、文部科学省の様々な公式資料から伝わってきます。
そこで今回は、国語の記述問題導入の経緯を中心に、2020年大学入試改革について考えたいと思います。
共通テスト記述問題の導入
この表は、2017年5月16日付で文科省が発表した「高大接続改革の進捗状況について」で示されたものです。
共通テストの今後の課題として、表一覧には以下の3点が挙げられています。
1)採点の「民間事業者」の活用
2)国語・数学で記述は3問程度
3)平成36年度から他教科の記述を検討
記述問題の採点を行うのは誰か?
入試改革の目玉の一つとなっている記述式問題ですが、特に国語の記述をどう採点するか、というのは大きな課題です。一覧には、
- 80~120字程度の問題3問
- 採点には「民間事業者」を活用する。
と書かれています。
文科省資料『6.記述式問題の実施方法等』には、
- 多数の受検者の答案を短期間で正確に採点するため、その能力を有する民間事業者を有効に活用する
- 採点については、処理能力や信頼性、実績を有する民間事業者を活用する
と記載があります。
また『10.実施期日等』には、
- 成績提供時期については、現行の1月末から2月初旬頃から、記述式問題のプレテスト等を踏まえ、1週間程度遅らせる方向で検討する
とあります。
現在のセンター試験の受験者数は57万人程度。新しい共通テストの利用について、より多くの大学に求めるという改革の趣旨からすると、受験生全体で60万人程度。
60万人の上記の記述問題を5営業日で公正に採点するわけですから、やはり能力的にもキャパ的にも相当なポテンシャルが必要となります。
記述採点を得意とする人々
今までの情報を見て何かピンときませんか?
私は今回の記述採点に関する前提条件を見た際に、こうした採点を得意とする人々がいることに気づきました。
そう、「赤ペン先生」です。
例えば最大手のベネッセの擁する採点能力は以下の通りです。
出典:ベネッセホールディングスHPより抜粋
中学生以下の会員が多数とはいえ、245万人の添削を1ヶ月程度で対応可能であれば、60万人分の共通問題レベルの記述解答3問程度を1週間で対応するのは現実的です。
同社の能力を総動員した場合、赤ペン先生一人当たり50人(60万/1.2万)の受験者分を1週間、1日10人分添削するのは現実的です。
実際には赤ペン先生の内、どの程度を動員するのが適切か分かりませんが、いずれにしても現行のセンター試験+1週間での採点は、非現実的な話ではなさそうです。
実際に文部科学省は、平成28年実施の『記述式問題採点業務に関する技術アドバイザリー業務』について、
<国語>
- 教育測定研究所
- ベネッセコーポレーション
<数学>
- 教育測定研究所
- 内田洋行
各社とそれぞれ契約してモニター調査を実施していますから、まさに国語の記述採点はベネッセの添削対応能力が基準だと考えられます。
トライアルを実際に対応しているのは赤ペン先生かどうか分かりませんが、60万人分の処理をまとめて行うのは、その辺りしかないように思います。
2020年の実施段階では、他社も受注に向けて手を挙げることも考えられますが、いずれにしても公正を確保しながら、短期間に大量に対応できる能力が求められます。
数学のアドバイザリー業務を受注した内田洋行社などは、現在でも中学生テスト採点のアルバイト情報が多数ヒットしますので、各社とも採点事業は大々的に手がけているようです。
大学共通テスト実施の際も、アルバイトの方が採点に参加するのでしょうか?受験側の感情としては、専門性の高い方に適切に対応してほしいです。
ところが実施直前となった2019年度末現在でも、記述の採点は大学生アルバイトが行うというのが一般の認識となり議論の的となっています。
これに対し、現役受験生へのインタビューでは、当然のことですがアルバイトが採点することに対する不安や抵抗感が根強くありますので、そういう意味でも添削専門業者に委託するのは社会的な合意形成が得やすい環境にあるといえそうです。
それにも関わらず、記述試験実施に向けてまだまだ議論がありそうな気配です。
ベネッセの落札価格
文科省との癒着が疑われているベネッセですが、記述問題採点アドバイザリー業務に関する落札価格と決定通知は以下の通りとなります。
<国語>
- 教育測定研究所: 4,687,200円
- ベネッセ: 7,242,480円
<数学>
- 教育測定研究所: 4,687,200円•
- 内田洋行: 5,400,000円
総合評価方式で教育測定研究所は価格面の評価、ベネッセは技術力の評価がそれぞれ高く、内田洋行は中間的な評価となっています。提案書の中身は分かりませんので、同一業務に対する応札価格かは分かりません。
ベネッセは学校・政府系の業務実績も多く、ベネッセ駿台記述模試に見られる大学受験事業まで大規模全方位的に事業を展開していますから、発注者側からすると抜群の技術力、安定感があるので任せて安心ということは共通認識としてあるのだと思います。
アドバイザリー業務の主な内容は、
- 記述式試作問題作成
- 採点基準作成
- モニター採点業務
となっていますから、共通テストの記述式問題に関し、モデル問題の作成から採点まで、これらの企業が深く関わることになります。
個人的な想像ですが、文科省は当初からベネッセをはじめとする上記のような添削請負企業に対して共通テストの採点を委託する予定だったのだと思います。
そして、先に記載した通り、受験生自身もアルバイトではなく専門の採点事業者に対応してほしい考えているのですから、文部科学大臣が英語民間試験導入の際と同様に、一言、記述試験はアルバイトを使わない添削事業者が対応すると宣言すれば済むことのようにも思います。
ところがここにきて、文科省とベネッセの癒着問題に発展しそうな社会的背景があることから、そのような宣言を行い難い環境があるのかもしれません。あるいは英語4技能試験と同様の結果に陥ることを恐れているのかもしれません。
個人的には、民間事業者への英語試験の丸投げ委託は×、国語・数学の記述採点実務のみの部分委託は○だと思うのですが、そうした政治的な背景が、記述採点問題がいつまでも解決しない理由の一つではないかと感じています。
数学では、文章記述問題の見送りが早々決まっています。
そもそも何故記述問題なのか?
新テストへの切替に際し、記述式試験の導入に対しては検討委員会の並々ならぬ導入熱意を感じます。それはなぜでしょう?
その答えを求める前に、まずは一つのデータをご覧ください。
この一覧は、平成28年8月31日付の中間報告で発表された、国立大学二次試験における記述式問題の出題状況です。
個人的にはこれを見て非常に驚いたのですが、現在は国立大学の入試においてでさえ、国語が課されていない学部が大半です。
国立前期試験において、7割の学部で国語を選択せずに合格できるのです。
多くが理系学科であるかもしれませんが、我々親世代の国立大学二次試験では、理系であっても前期試験で英・数・国が免除されるという感覚は全くありませんでした。
最低でも5科目入試が基本。しかも記述式が当たり前の試験です。
いつの間に、こんなに試験数が少なくなってしまったのでしょうか?
現状、私立大学を中心に、推薦、AO入試では、学力試験を全く受けなくても合格可能な仕組みを多くの大学が採用しています。
試験を課す場合でも、センター試験を中心とした選択式問題。
少ない科目かつ知識偏重型の勉強で大学に入学する高校生が多いのです。
高大接続改革を国公私を通じて推進するため、、、特に記述式問題を導入し、より多くの受検者に課すことで、高等学校に対し、「主体的・対話的で深い学び」に向けた授業改善を促していく大きなメッセージになる。
先の資料に書かれた、「記述式問題の導入意義」にはこう謳われています。
口うるさい大人たちに、楽せずもっと勉強しろと言わせるスキを、昨今の高校生は与えてしまったのかもしれません。あるいは大学の安易な商業化に対する、大人たちの反省なのでしょうか。
すべての国立大学受検者に、個別試験で論理的思考力・判断力・表現力等を評価する高度な記述式試験を課すことを目指す
いずれにしても今後は、良くも悪くも詰込み型ではない、いわゆる21世紀型の教育が、大学入試の改訂を機に本格化するのだと思います。
入試改革は公立不利にならない
最後に、大学入試改革は中高一貫校に有利となり、公立高校に不利になるのではないかという点について簡単に触れたいと思います。
結論としては、共通テストでも、公立高校に不利になるような検討事項は今後も実現に至らないといえるでしょう。
事実、大学入試改革の要である民間試験を活用した英語4技能試験は受験生間の格差が大きすぎるという批判を受けて延期となりました。
このような状況になった以上、今後は試験の所得格差や地域格差に加えて、私立と公立などの学校格差などが生じるような場合には、多くの疑念の声が上がり無視できなくなるでしょう。全国的には公立高校生の方が圧倒的に多いのですから当然です。
従って、今後も高校単独の都立、公立高校に著しく不利になるような制度については採用されないと考えるのが自然なことだと思いますので、公立志望の小中学生は、その点について必要以上に心配することはないだろうと思います。
さて、初めての大学共通テスト実施まで残りわずか。
これほど気持ちの悪い入試制度に突入するのは史上初めてのことではないでしょうか。
共通テスト導入初年度の受験生となる君が、オトナの事情に巻き込まれることなく自信をもって受験勉強に集中できるよう、ささやかながら応援しています。
ではまた次回。
2020年改革の全体像
高大接続改革の進捗状況:文部科学省
大学入試改革・東京大学の変革
変わりゆく大学入試
高大接続改革・国立附属校の変革