日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

ああ 若き日の喜びに ~日比谷高校合唱祭~ 日比谷の藝術的側面

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 今年も間もなく合唱祭がやってきます。

それは子供の頃のクリスマスイベントのように、親にとっても待ち遠しい日。
ただ生徒が歌い続けるだけのこのイベントに、なぜだか心惹かれるものがあります。

武内校長が直近の著書の中で合唱祭について、

「先輩が後輩たちに力の差を見せつける行事」
「自分達の目標を胸に刻む行事」

と表現していますが、保護者にとっては、

「日比谷生の親である喜びを実感する行事」
「高校時代の青春の日を想いかみしめる行事」

ではないかと感じます。
そしてこの合唱祭は、進学実績だけではない日比谷高校の藝術面での懐の深さを垣間見ることが出来る行事でもあります。

今回は、体育祭と同様に非公開のため、その内容について一般に知られることの少ない日比谷高校三大行事の一つである合唱祭についてご紹介したいと思います。

旗照夫先生ごめんなさい

 合唱祭は生徒代表と、OB・OGから成る特別審査委員が審査に当たります。
審査員の中心的な存在となるのは、昭和27年卒業の旗照夫委員。

事前情報がないまま、1年生の合唱祭で初めて氏の立振る舞いや言動を目の当たりにした際の正直な印象は、一度見たら忘れられない顔立ちを含めた個性の強いキャラクターと、なぜ氏が別格のように扱われているのだろうかという素朴な疑問。
大先輩への敬意なのかなと思いました。

ところが少し調べてみると驚きます。
昨年のパンフレットには、旗照夫氏の紹介として次のようにあります。

・・・昭和27年都立一中(現日比谷高校)卒業。同時にジャズ歌手としてデビュー。ラジオ番組「味の素ミュージックレストラン」のレギュラー、日劇、東京宝塚、梅田、新宿コマミュージカルで活躍。NHK「おかあさんといっしょ」で「ハタハタ坊や」として人気を博す。


しかも、NHK紅白歌合戦に7回も出場しているではありませんか!
もちろん歌手として。

昭和30年代の紅白ですから、現在とは比較にならないほど、出場に対する権威が輝いていた時代だと思われます。
そして1959年に始まったNHK「おかあさんといっしょ」の初代キャスター、歌のお兄さんの走りです。

生まれは麻布、姉が宝塚のスター、兄は俳優で日本の男性ファッションモデル第一号という、時代がなせる華麗なる一族出身の大スターですね。

ただの変わり者のOBかと、ずっと思っていました。
旗照夫先生ごめんなさい。
今年はお言葉と共に、立ち振る舞いをしっかり瞳に焼き付けます。

 

 どんぐりころころ「梁田賞」

 この合唱祭は全学年での対抗戦であるため、24クラス全体で勝敗が決まります。
武内校長が「実力の差を見せつける」というように、確かに3年生の合唱は1年生とは全く異なる完成度。

クラスの自主練習で成り立つ行事であり、練習時間が著しく異なるとも思えませんが、確かに音痴の私が聴いても違いがはっきり分かります。
これは秋の星陵祭の演劇にも感じる違いですが、生徒の成長過程が学年の歌声を通じてはっきりと伺えるイベントです。

その中でも、特に審査委員を唸らせたクラスに贈られる特別賞が「梁田賞」

梁田先生は、往年の日比谷高校の音楽教師。
誰もが歌ったことのある、あの国民曲「どんぐりころころ」の作曲者です。

音楽教師、梁田先生は日比谷高校の歴史の中でもっとも偉大な教師の一人と言えるでしょう。
「城ケ島の雨」「どんぐりころころ」などの作曲家として知られている彼は、稀に見る才能に恵まれ、音楽家として世に立てば名テノールとして不滅の名を残したに違いない存在でした。

しかし彼は、自ら求めていた教師の道を選び、大正元年から38年もの間、日比谷高校の音楽教師として、終始一嘱託の待遇に甘んじ、日本一の名門校に集まる若い秀才たちに温かい人間性「情感」の素晴らしさを教え続けたのです。

特別審査員の旗照夫先生も、彼の教え子の一人です。梁田賞はこの先生の名に由来したものなのです。


 「どんぐりころころ」のメロディーは、日比谷高校の音楽室を通じて生まれたのでしょうか。もしそうであれば、感慨深いものがあります。
そして当時多くの著名な先輩たちが、この梁田先生のピアノの伴奏に合わせて歌う歌声と共に、情感豊かな青春時代を送ったことでしょう。

 

日比谷生の藝大進学

 旗氏の女房役を務めるのが谷口OG。
日比谷卒業後、国立音大声楽科に進学されています。
谷口女史は閉会式で旗委員と二人で全体講評を行うのですが、80歳を超えるご高齢の旗氏を全力で支える内助の功が素敵な印象です。
その他に、東京音楽大学に進んだ2名のOBが特別審査員に含まれています。

現役世代の藝術面の進学実績を見ると、この2年は多摩美と武蔵美にそれぞれ数名ずつ進学があります。

そして最近のOBでちょっとした変わりダネといえば、1994年生まれで東京藝大音楽環境創造科の青柳呂武氏。

卒業後の2014年、19歳で口笛の世界チャンピオンになり、現在も口笛を究める道を歩いているようです。
私は見ないので分かりませんが、最近ではNHKテレビ小説「トト姉ちゃん」など、様々な番組で氏の口笛が使われているようです。

2012年の合唱祭でのこの青柳氏のピアノ伴奏姿が、YouTubeに公開されています。
日比谷のピアノや合唱のレベルと合唱祭の雰囲気が分かる映像ですので、興味があればご覧ください。


アンコール演奏とあるので、その年の優勝曲だと思います。
ホールは合唱祭恒例の日比谷公会堂ですね。

そういえば、昨年の合唱祭優勝クラスのピアノ伴奏者も、2016年度ショパン国際ピアノコンクール全国大会の年齢制限なし部門で金賞を受賞しています。
彼は小学生のころから様々な公式コンクールで第1位を受賞しているのがWeb上に記録されていますし、そういう生徒が毎年隠れているんですね。

東京って隣にそういう才能がいたりしますから、驚かされます。


日比谷現2年生の進学希望アンケートでは、複数選択ながら芸術学部を希望する生徒が10名以上いますから、毎年少ないものの藝術方面を目指す生徒も一定数いるようです。
多様性の面からみると、そういう状況は、学校にとっても他の生徒にとっても非常に好ましいことだと思います。

芸術家の先輩というと横山大観というビッグネームが先に挙がりますが、有名無名含め、藝術面に対する造詣も脈々と受け継がれているようです。

 

合唱祭の舞台 日比谷公会堂

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 日比谷高校合唱祭の舞台と言えば日比谷公会堂。

1929年、昭和4年竣工当時は都内唯一のコンサートホールです。
日比谷高校は永田町にありますが、実はちょうどこの1929年5月までは霞が関1丁目1番地、現在の検査庁・公安調査庁に、東京府立第一中学校として存在していました。

そしてその場所は当時の住所表示で「麹町区西日比谷町1番地」。
「日比谷一中」の名前で広く知られ、現在までその呼称が引き継がれるのです。

公会堂の工事中、日比谷生は目の前に広がる日比谷公園内に、新しい昭和の時代を象徴するモダンなホールが出来上がるのを心待ちにしていたことでしょう。

しかしその日比谷公会堂も、昨年より長期改修工事に入ってしまったため、しばらくは会場ジプシーが続きます。

東京都も正式に発表している通り、首都圏ではホールや劇場などの改修ラッシュのため、プロも一般もみな大型会場の確保に苦労しているようです。

日比谷高校合唱祭も、正にこの『2016年問題』の影響を受けたかたち。
一番の影響は、保護者席が十分確保できない事でしょう。

日比谷公会堂であれば、1階、上階共に1,000席以上ありますから、生徒も見学者も全員収容できたのでしょうが、昨年から毎年個別に確保すべき昨今の都市型区民大ホールの上階席は、どこも概ね600席程度。
このためしばらくは、お互い譲り合って席を入替わる対応が求められます。

それにしても在校生が3学年で960名程度ですから、600席で保護者やOB・OGが全員入りきらないとすると、現役保護者を中心に、関係者出席率の高いイベントと言えるのではないでしょうか。

 

父親も仕事を休んで校歌合唱

 日比谷高校のイベントは全般父親の出席率も高いように感じていますが、平日に行われる合唱祭も、やはり父親らしき年代の男性が散見されます。

実際、せっかく日比谷生の親となったのなら、1度ぐらいは仕事を休んで合唱祭に足を運んでみるのもよいもの。
決して主婦向け、音楽好きだけのイベントではないように思います。

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 優勝クラス伴奏による日比谷校歌の大合唱


特に3年生の親であれば、時間が許す限り全クラス発表後に行われる審査員講評と表彰式まで残り、そして個人的には何といってもこの行事に参加する一番の楽しみである、最後に千何百人で歌い上げる校歌の大合唱に参加しない手はありません。

わが子の姿を見るよりも、実はこの瞬間のために、会社を休んで参加しているといっても過言ではありません。

この時の感情は、日比谷生の親である喜びと、湧き上がる若かりし頃の青春の想い出が込み上げる、何とも言えない充足感。
私自身は日比谷高校のOBでもなんでもない一保護者ですが、生徒が歌い上げる日比谷の校歌は大好きです。

そして妻と並んで子供たちの歌声を聞く喜び。
長い子育ての1シーンを彩る束の間のご褒美。
人生の中で静かに輝く時間です。

実は親が在学中に校歌を生で聞く機会は極わずか。
入学式や卒業式といった特別な日を除いては、この合唱祭が唯一ではないでしょうか。
それが1年に一度のクリスマス同様、その日を心待ちにしている理由。
仕事を調整して、可能な限り参加しようと努力するのです。  

本当は、2階席の半分を父親が陣取るような光景を見てみたいものですが、平日である限り、それはなかなか難しいかなと思います。

正直なところ、座席の確保が難しくなるといけないので、本当は合唱祭の楽しみを胸に留めておきたい気持ちもあるのですが、何のために生まれ、家庭を持ち、毎日懸命に働いているのかということの意味を考えた時、この親の喜びを皆で分かち合うということが、こうして文章を発信する意味の一つではないかと思い至るのです。

高校にまで子供の行事を見に行くなど、子離れできない大人の象徴、馬鹿げた行為とみる向きもあるのは十分理解した上で、それでも、何万円出して鑑賞する世界的な興行とは異なる、これほど充実した豊かな感情をもたらすコンテンツはなかなかないのではないかと思います。

それは小学校の運動会を見る目とは異なる、青年期の自分自身の姿を再確認する旅のような、現代の青春像を確かめる過程の一つというべき行為であるかもしれません。

そしてもしかすると、そこには個としての喜びと同時に、目まぐるしい競争社会の中であまりに弱く何者でもない小さな存在である自分自身が、ライ麦畑の子供たちを静かに見守り寄り添うような、そんな気持ちが心のどこかにあるのかもしれません。


さて、いかがでしたでしょうか。
今回は、内輪で独りよがりな内容ではないかと懸念しつつも、日比谷に限らず、社会で中心的な役割を果たしている同世代の忙しい父親へのメッセージも込めてお届けしてみました。

絶対来るなと子供に釘を刺される保護者の方も、わが子ではなく社会の子供たち全体を見守るという気持ちで、気兼ねなく、しかしこっそりとわが子の行事に足を運んでみてはいかがでしょうか。

そしてこれから日比谷を目指す小中学生の君は、新しくなった日比谷公会堂の舞台の上で、青春の歌声を響かせるその日を憧れに、日々訪れる学校生活を大切に過ごしてほしいと思います。

ではまた次回。

 


大先輩 旗照夫先生のプロフィール 


口笛国際大会優勝 青柳呂武氏の演奏
国際口笛大会 IWC 2014 本選 Final whistling champion Romu Aoyagi

 

合唱祭に続く夏の伝統行事 

年度最初の三大行事

 9月 三大行事唯一の公開イベント