東大理Ⅲを受けない理由 ~都立高校と奨学金

2018年2月1日更新:
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  出典:各団体ホームページ 


 直近の大学入試において、日比谷高校の現役生が慶應大学医学部の試験に合格していたとの情報を、ある保護者の方からいただきました。
しかし、学校発表の合格実績を見てもそのような事実は確認できません。
本当の話でしょうか?

家庭の経済事情から、希望する大学受験をあきらめざるを得なかった生徒と、周囲が彼を経済的にサポートしきれなかった状況を是正したいとの強い想いから、高校在学中に受給可能な奨学金の存在を広く知らしめてほしいとの目的で、本人も承知した公開可能な情報として本ブログに対して投稿いただいたのでした。

内容が真実だとすれば、かなりの個人的事情が書かれた文章を、書き手の不明なブログに提供するのは勇気のいるもの。一途な思いです。

私の気持ちとしては、信頼していただいてうれしい反面、正直戸惑いもありました。
これまでの文書は、自分自身が経験し、実感した内容に基づき、東京で高校受験を経験する人々の悩みに対してささやかながら尽力できればと思い綴ってきたもの。
推測はあっても創作はありません。

この1年間、ある意味大切に育ててきたこの場所が、安易な情報に飛びついたために、不特定多数の関心を引くためのフェイクニュースの発信源のように見なされ侵されるのは本意ではありません。

失礼ながら、いただいた情報が事実であるか否かは私には確かめる術がありません。
もしかすると、全くの虚構かもしれません。

しかし一方で、中学、高校、大学どの進学に対しても、経済的な理由で希望する進学先を断念する生徒はいつの時代にもいるもの。
低所得の家庭に暮らす、優秀な学生を支援する制度を周知するための創作であれば、それは逆に社会的に意味のあるものかもしれません。

このため今回は、日比谷生であったはずの「彼」をめぐる物語を通して、所得の低い家庭に隠れた才能を、社会が支援する意味や、高校在学中に受給可能な奨学金の存在について考えるフィクション、夢物語としてお届けします。

内容が著しく事実に反し、不適切な状況であったならば、ご指摘をお願いします。

 

家庭の経済事情に埋もれた才能 

 彼が慶應医学部の学力試験に合格したにも関わらず、合格実績に結果が掲載されていないのは、最終的な合格者とならなかったから。

しかし、その残念な最終結果に至った過程は、一般では考えられないもの。1次試験に合格した彼は、2次試験の面接に出席しなかったのです。
辞退した理由は、合格しても入学金や学費が払えないから。

家庭の経済事情から、彼は高校時代に一度も塾に通わず、学校の授業と先輩からもらった参考書を頼りに勉強していたのです。
しかも3年生の秋までは、部活や学校行事優先の生活。

慶應医学部はもともと経済的に入学できる学校とは考えておらず、試験に合格するだけでよいからと、力試しで受けたのです。

学科試験を通過した段階で、まだどの大学にも合格していない受験生が、大学入試最難関の一つを途中棄権したという判断は、事実であればあらゆる受験生の保護者にとって、もちろん学校関係者にとってもショックな出来事に違いありません。
面接に行くようにとの周囲の声も聞き入れず、彼はあっさり受験を放棄したそうです。

慶應医学部は受験料だけで6万円かかる、高額受験先の一つです。
経済的に入学困難な学生が、入学意思のないまま力試しのためにそれだけの受験料を払い、合格の一歩手前で途中棄権する。

そんな特異な状況にある生徒が本当にいたのでしょうか? 

 

支援はそれを必要とする者に届け

 彼は結局、現役で国立大学の医学部に合格しています。勉強時間や境遇を考えれば、それだけでも立派な結果です。
彼が一般的な意味での優秀な受験生であったなら、その結果に周囲も満足したことでしょう。

しかし彼は、勉強に対する特異な才能に恵まれた生徒であったため、その能力を知る者から見ると、現在の状況はあまりに不合理な選択を余儀なくされた結果のように映るのです。

返済義務のない奨学金は結構あるもの。 

特に、情報をいただいた方が嘆いているのは、日比谷生を支援するはずの星陵会やOB会の存在を、彼も母親も認識していなかったこと。

自分も、学校も、そしてOB会も、現役生をサポートするはずの枠組みが、彼の才能を活かしきれなかった点を非常に悔やんでいるのです。

中学、高校、大学どの段階であっても、塾に頼ることなく独学で最難関に合格可能な力を持った生徒は少なからずいるもの。
そして推察するに、彼のように経済的な理由から、本来行くべき進学先を諦めるという事例は、過去も未来も、様々な場所で発生している事実であるように思います。

 

開成高校を受験した理由 

 当然のように公立中学に進んだ彼は、高校入試で開成高校にも合格しています。
彼が開成を受験しようと思ったのは、中学三年生になってからでした。

志望校を選定するために本屋の受験コーナーで情報収集していた彼は、興味から、高校受験最難関の問題といわれる開成高校の過去問集をパラパラめくってみたのでした。

「なんだ、これなら解けるじゃん」

家庭の経済環境から、塾に通う事がなかった公立中学生が、開成高校の入試問題を初めて目にした際の感想です。

そして実際彼は試験直前の数ヵ月、受験準備のために、都立上位校にさえ合格者を出さない地元の小さな塾に通い、見事合格したのです。

その時点で彼が手にしていたのは、中堅進学校の特待合格のみ。
開成合格はうれしい結果であるはずです。

しかし彼はここで、進学校を目指す一般の受験生とは異なる行動を見せます。
開成高校の入学手続きをスルーしたのです。
理由はやはり、入学金の当てがなかったから。
受験の力試しに受けてみただけなのです。

そして彼は希望していた日比谷高校の入試に臨み、無事合格。晴れて日比谷生として、高校生活をスタートしたのでした。

 

開成高校奨学金

 開成高校には低所得者支援のための奨学金制度があります。
概ね年収400万円未満の家庭が対象のこの制度ができた際、誰もがこう思ったはず。

そんな所得の家庭の子供に、開成高校に合格する者などいない。

つまり学習塾への一定以上の資本投下がなければ、合格などできるわけがない。
だから奨学金制度は意味がない、なぜ今更、とそう思ったのです。

しかし誰もが矛盾に感じたこの奨学金制度設計の要件に、彼は十分当てはまっていたのです。

しかし彼はこの制度を利用しませんでした。
そのような制度について知らなかったのです。
でもそれについて、彼に原因を求めることはできません。

なぜならば、彼が受験した年には、まだ奨学金制度は存在しなかったのです。

開成高校に奨学金が誕生したのはつい最近、合格した彼が入学金を納めずに入学辞退した後からなのです。

このタイミングが偶然であるかどうかは分かりません。
ただ、入試の日にしか姿を現さなかった彼の合格辞退の理由が経済的な要因だと学園側が把握したならば、その事実に驚愕したであろうことは容易に想像がつきます。

中学受験では入学機会のなかった優秀な生徒を確保するために、高校入学に門戸を開き続けてきた学校が、実際は長年に亘って、そうした真に学力のある生徒の入学を、間接的ではあれ学校自らが阻んできた可能性があるからです。

開成の奨学金制度は、所得の低い家庭の生徒にとっては素晴らしい制度だと思います。
ただ、奨学金支給の条件として、入試前に申請し、合格の際は必ず入学するという縛りがあるので使い勝手が悪いのも事実です。
そういう囲い込みの意図がない制度であればよいのにと思います。

ただし、仮に現在の奨学金制度が当時あったとしても、彼は申し込みをしなかったはずです。
なぜならば、合格後入学金を納めなかったのは経済的理由ですが、開成を第一志望としなかったのは経済的理由ではなかったからです。

 

浪人できない家庭の選択

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画像出典:東大医学部ホームページ

 彼は現在、国立大学の医学部生。
それでも入学金や授業料、更には高額の教科書代の負担が重くのしかかります。

彼が一般的な家庭の子供であれば、東大理Ⅲを受験したかもしれません。
しかし彼はそうしなかった。

理由はここでも同じこと。
必ず現役で大学に合格しなければならないという、家庭の経済事情があったからです。息子にかわいそうなことをしたと、母親も語ったそうです。

しかしこうした状況は、大学入試だけでなく、高校受験においても例外なく発生していることではないでしょうか。
東京であれば、日比谷のようなトップ校に合格する実力があっても、合格をより確実にするために、ランクを落として受験する生徒が確かにいるのです。

東京であれば私立無償化が始まったとはいっても、所得の低い家庭にとっては、私立入学の負担は都立高校と比較すればまだまだ相当大きいもの。
都立に入ってもらわなければ困る家庭は多くあるのです。

もしかすると彼も、状況によっては安全のためにランクを落とした高校受験になっていたかもしれません。彼には兄弟がいることもあり、高校も大学も、自分だけ何とかという訳にはいかないのです。

今ではあまり聞かなくなった、苦学という言葉が当てはまるのかもしれません。

そうした生徒にとって、経済的負担のより少ない公立高校は、今も特別な存在であり、その中でも都立進学重点校は、入学時も卒業時も学習塾への通学なしに上位の国立大学進学への道を開く学校として、非常に大きな意味があると思います。

そしてもう一つ、所得の低い家庭の生徒に対して、経済面での直接的な救いの手を差し伸べるのが、そう奨学金です。

 

日比谷生の経済状況と奨学金

 各種手当の申請同様、毎年6月は都立高校の授業料免除の申請期間です。

朝日新聞デジタル版2017年2月18日付の都立国立高校校長へのインタビューによると、都立高校の授業料が無償となる家庭は、都立全体では70%台、日比谷、西高校では30%台、国立高校では40%台と記載されています。

都立高校の授業料免除は、概ね年収910万円が制限ライン。
朝日新聞の情報が正しいとすると、日比谷や西高生の6割を超える家庭が、この910万円以上の年収にあるということです。

一般的には、経済的に私立中学受験が困難な家庭が公立中学から都立高校に流れるという話が囁かれますが、都立トップ校に関しては、多くの家庭が中学受験を選択してもおかしくないような経済状況にありそうです。

私立無償化となる年収760万円を対象とすれば、かなりの家庭がこの水準を超えているのではないかと推測されます。

この点が、都立トップ校が私立無償化の影響を受けない理由の一つであると言えるのですが、それでも尚、国私立受験難関校と比較すれば、所得の低い家庭の割合も相当多いでしょう。

そうした家庭の多くは、母子家庭と呼ばれる境遇であるかもしれません。
そしてその場合、働き手である母親は、入学式や保護者会をはじめとする学校行事には、なかなか参加する機会が持てません。

まさに彼の家庭もそうした境遇でした。

彼の母親は、高校在学中に受け取ることができる奨学金制度を知らなかったのです。
そして本人もそれを知りませんでした。
スマホから検索をしたり、家に帰ってインターネットで自由に情報を収集できるような環境ではないのでしょう。

そうした環境に暮らす生徒や保護者にとっては、入学式や学校行事の際に届けられる情報でさえ、必ずしも受け取ることができるとは限らないのです。
理由は保護者向けの行事にさえ、なかなか出席することができないからです。

援助を必要としている家庭に、必要な情報が届かない矛盾。

日比谷生ともなれば、自分の置かれた家庭環境がどのようなものであるかは十分察しがつくはずです。
そして奨学金や授業料の免除などの制度についても、十分理解し、自ら申請することができるでしょう。

ですから学校側も、もっと生徒に対して経済的な援助について情報を発信してほしい。
彼を知る者はそう語ります。

現在日比谷高校のホームページでは、奨学金制度について広く情報発信をしています。
しかしWeb上に案内があるからといって、彼にはそうした情報は届かなかったのです。
それは制度を享受する側の落ち度であったのかもしれません。

ただ、授業料免除の申請を行うために、毎年学校宛に所得情報を提出しているのですから、もう少し学校側のフォローがほしかったと、情報提供者は嘆いています。

それは家庭の個人情報であるために、事務方と教員方で共有することができない情報であるかもしれません。
ただ、著しく所得の低い家庭が一定数存在するという事実がある以上、保護者だけでなく生徒に対しても、クラスや全体集会などでの積極的な情報発信がほしかったと思っているのです。

 

学校推薦枠のある給付型奨学金

 日比谷高校のホームページには、奨学金のページが設置されています。

この中で特に注目すべきは、「奨学金一覧」に掲載された、学校推薦枠のある返済不要の給付型奨学金ではないでしょうか。

奨学金は、高校在学中から受給可能なものと、高校3年生で申請し、大学入学時に受給する大学予約型と呼ばれるものがあります。
また、卒業後に高校を通じて申請するタイプの奨学金もありますので、卒業生の方も要チェックです。

日比谷生が申請可能な、学校推薦枠のある返済不要の給付型奨学金を掲載します。
毎年申請期間や内容が変わる可能性がありますから、必要な方は受験前の早い段階から情報を収集するとよいでしょう。 

 1)青井奨学会(高校受給)

 2)青井奨学会(大学予約)

 3)大森ライオンズクラブ育英奨学基金(高校)
   (大田区在住者のみ)

 4)日本学生支援機構(大学予約) 

 5)加藤山崎奨学金(高校受給)

 6)加藤山崎修学支援金(高校受給)

 7)JT国内大学奨学金(大学予約)

 8)電通育英金(大学予約)

日比谷高校ホームページ内にある、『奨学金一覧』は、適宜更新されています。 
受験生も在校生も、そして卒業生も、利用可能な奨学金が新たに掲示されていないか、毎年6月や12月を目途に確認してみてはいかがでしょうか。

 

星陵会の教育助成活動

 日比谷高校などナンバースクール時代からの都立伝統校の多くには、同窓会やOB会等を中心とした、現役高校生や大学生への様々な支援活動が古くから存在しています。

これらの中には、独自の奨学金を設定しているところも少なくありません。

日比谷高校の場合は、星陵会のホームページに現役生に対する給付型奨学金制度の概要が掲載されています。

こうした奨学金が、実際に機能しているかどうかは私には分かりません。

そして給付型奨学金の多くは、給付条件として、学業成績や就学態度などが求められるものが多いです。
このため、所得条件はクリアしても給付対象とならないこともあるでしょう。

実際彼の場合にも、遅刻や居眠りの常習犯であり、決して生活態度の良い生徒ではなかったため、申請しても学校の審査が通るとは限らなかったでしょう。

ただし必要な情報は、それを求める者に届くべきではないかと思うのです。

しかし彼の場合は、高校在学中から受給可能な奨学金の存在を知らなかった。
母親も含めて知らなかったのです。
情報が真にそれを必要とする者の元に届かない。これはやはり少し悲しいことではないでしょうか。
そうしたミスマッチが発生しないことを、保護者の一人としても切に願います。


さて、本記事を書いている最中に、藤井総太四段の29連勝記録が達成されました。
個人的にも関心が高く、そしてうれしい話題です。
こうした若い才能が、経済的理由で埋もれてしまうことがないように、先入観なく子供たちを見守ること。それが、我々大人たちの役割の一つであることは間違いないと思うのです。

学校により、受給可能な奨学金は異なるもの。
彼と同じ境遇にある受験生の君も、学校選択の際にできる限り事前の情報収集を行い、合格と同時に君にぴったりの奨学金との出会いが実現することを願ってやみません。

それぞれの高校での素敵な出会いと同様に、君の学びを支える心強い奨学金との出会いに恵まれますように。

ではまた次回。 

奨学金について*東京都立日比谷高等学校 

独立行政法人日本学生支援機構 - JASSO

青井奨学会|事業内容

公益財団法人 加藤山崎教育基金

JT国内大学奨学金

電通育英会

東京の私立高校就学支援の是非

インフルエンザで休む受験生を救う

第一志望をあきらめない心