センター試験満点が物語る都立高校の実力

2022年8月21日更新:

春の日比谷高校校舎

 2018年度のセンターでは、試験史上初の満点が日比谷高校の3年生から現れ、世間の関心を呼びました。

その当時この話題で特に興味深いと感じたのは、センター試験史上最初で最後となったその離れ業に対して、素直に驚き評価する大部分の世論の一方で、ネット上にはその事実を認めようとしない価値観の方が一定数存在したという事実です。

すなわち、センター試験で満点を取る生徒は、中学受験で頂点に君臨するような、中高一貫校の最上位偏差値校の生徒であるはずだという価値観です。

言い換えると、公立中学から高校受験を経た公立高校の生徒が、全国屈指の名だたる学校の上位学力の生徒がずらりと並ぶ、東大理Ⅲ志願者全員を抑えて満点を獲得するはずがないという、ある種の固定観念です。

中学受験組と高校受験組の学力

 一般的に学力に関して当然の事実として語られることの中に、次のようなものがあります。

東京では中学受験で学力の高い小学生が中高一貫校に抜けるために、高校受験に向かう生徒の学力は相対的に低いのだと。

本当でしょうか?

これについては、客観的な統計データはないと思いますが、一般的には中高一貫校の大学合格実績が、非一貫校である都立高校より相対的に高いということで実証されているという理屈だと思います。

確かに、小学校低学年から学習塾に通い、入学後も先取り授業で公立中学の1周先を進むわけですから、費用対効果の意味からも、一貫校組の生徒の方が学力が高くなければ経済合理性に合いません。自頭が良いかどうかはまた別の問題にしても、

 a)中高一貫校進学母集団
 b)公立中学進学母集団

を考えた場合、a)の方が中学入学時点の受験学力が高いのは明らかです。
塾で学習要綱以上の内容を3年学んだ子と、そうでない子の差がないわけがありません。だからこそ、親の経済力で偏差値や学歴が決まると言われる訳です。

しかし、都立はもちろん地方の公立高校性の中には、トラック競技で何mも前からスタートするような明らかなアドバンテージを持った中高一貫校の生徒達を、軽々抜き去ってゴールする力のある生徒が少なからず存在することも確かです。

例えば日比谷高校1校だけ取り上げても、全国の中高一貫校と伍すような生徒は大勢いることは現役生の大学合格実績をみても明らかです。

今回は、都立高校内にそうした優秀な生徒がどれくらい存在するのか考えてみます。

生徒数から見る、都内中学受験率

 高校受験生の実態は、模試等で統計上の人数は確認できても、個々の実態はなかなか見えにくいものです。特に、中学受験を回避する都内優秀層の動向は把握しにくいものがあります。

そこでまずは、高校受験生の比較対象となる、中学受験組の現状を確認したいと思います。一般的な概念としては、

c)都内高校受験者 = b)公立中学進学者

ではないでしょうか。そしてこの場合には、b)が「a)中高一貫校進学母集団」より賢いわけがないと考えるのは、冒頭に記載した通り、ある意味自然な発想といえるかもしれません。しかし個人的には、それは短絡過ぎる見方だと思います。

なぜならば、私自身の感覚では、c)とb)の母集団は必ずしも一致するわけではないからです。どういうことでしょうか?
この事実を明らかにする前に、中学受験の現状について改めて確認してみましょう。

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この一覧は、東京都が公表する統計値です。
平成28年度の都内の公立小学校6年生は、男女合計91,806人いたことが分かります。

23区については、地区別の公立と私立・国立小学校の区分や割合も表示してみました。長くなりすぎるので都下や郡部は詳細を省略しています。

この中で、中学受験した生徒はどの程度いるでしょう?
まずは平成28年度の小学校卒業生後の進路の結果となる、平成29年度の中学1年生の実態を確認します。

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この表も、東京都の公式発表値に基づく一覧です。

小学校では5%だった、私立国立の割合が中学では26%となっています。東京では、中学校入学前からの私国立合わせて、ちょうど1/4の中学生が公立以外に通う状況です。エリア別割合は、該当区外から通学する生徒も含まれますから、該当エリアの国私立学校の割合を示す参考値となります。例えば千代田区は、私立・国立中学生の割合が90%にも達します。これは同区内に公立中学が2校しかない反面、多くの私立中学を抱えているという状況を示します。

都内の中学受験状況を確認するために、先の2つの一覧から、小学校から中学校進学時の公立及び私立の在籍数の違いを確認してみます。

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平成29年度の中学校生徒数から、平成28年度の小学校生徒数を引いてみました。

これを見ると、ちょうど2万人の小学生が新たに私立・国立中学へ進学したことが分かります。総数の純増となる3,287人は、千葉、埼玉、神奈川等、都外から私立中学に通う生徒と、都内へ転入する私立国立、公立中学の生徒両方が含まれる可能性がありますが、この一覧からはその内訳は分かりません。また、都立中高一貫校に進学した生徒は公立に含まれますから、この分は中学受験組に反映するべき数字となります。

これらの状況を勘案して判断した場合、公立減少分の17,432を公立小学校生徒数の100,081で割った、都内の公立小学校の生徒の約18%程度が、中学受験を経て中高一貫校へ進学すると言えるのではないでしょうか。

都内高校受験母集団の構成

 さて、中学受験の動向を確認した上で、高校受験生の実態を知るために見るべき数字は何でしょう?2つあると思います。

一つは当然、公立小学校から公立中学に進学した74,374人の内訳。この人数は、先の「b)公立中学進学母集団」に当たります。

そしてもう一つは、中学入学時に純増となった3,287人の生徒の内、公立中学に進学した生徒の内訳です。3,287人の内の公立中学に進んだ数は、中学受験以降新たに発生した高校受験者となる「d)中学受験回避転入者」となります。

従って、都内の高校受験組の構成は以下の通りとなります。

c)都内高校受験母集団 =b)公立中学進学者 + d)中学受験回避転入者

事実、日比谷高校に通ったわが家の長男は、正に中学受験終了後に突然都内に現れた、d)に含まれます。個人的にはこのd)の動向が、都内高校受験組のカギを握るのではないかと感じています。

ではその人数が、どれほど存在するのか確認してみましょう。

都内転入者の構成 

 中学受験時期を過ぎて都内に転入する、高校受験対象者を確認するために、東京都の転入転出データを確認します。受験生の動向を詳細に把握するために、年齢別の統計値を確認してみましょう。

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この転入転出統計値は、東京都の住民基本台帳に基づく数値ですから、先の生徒数とは異なり、都立高校受験対象となる東京都民のみが対象となります。統計値には50歳以上の方についても存在しますが、ここでは省略しています。

この一覧で注目したいのは、色を付けた10歳から15歳まで、つまり小学校5年生から高校1年生までの6,121人の動向です。理由は、この6年間の都内への転入生徒の人数が、先の「d)中学受験回避転入者」の基数となるからです。

もちろん、小学校5年生や6年生で都内に転入してきた生徒の中にも、中学受験する生徒は含まれるでしょう。ただしその人数や割合を正確に確認する方法は残念ながら存在しません。そこでこのマイナス分は、小学校4年生以下をd)から外すことで概ね相殺されるだろうという考え方を採用しています。小学校4年以前に転入した生徒の中にも、中学受験しない生徒は相当数含まれる訳ですから。

実際には、例えば平成28年度入試における転入者の存在を正確に把握しようとすれば、高校1年生は平成28年度、中学3年生は平成27年度、中2は26年度、、、と1年ずつ前にずらした統計値を拾う必要がありますが、ここでは母集団の傾向を確認するための手続きであり、毎年の傾向は概ね同じであることから、分かりやすく平成28年単年度の数値でカウントしています。

そして、74,374人の「b)公立中学進学母集団」から主に抜けるであろう転出者4,542人を引いた、概ね7万人が「B)公立中学高校受験母集団」だと考えます。

従って、一つの結論として言えることは、都内高校受験者の母数については、

  • 中学受験前からの都内在住者:7万人
  • 中学受験期間後の都内転入者:6千人

の合計7万6千人程度だという事です。
この7万6千人の中から、史上初のセンター試験満点が出たという事実をどのように評価すればよいのか。あるいは、仮に中学受験していたならば、御三家や灘、筑駒に合格するような生徒は、どの程度存在するのでしょうか?

都内高校受験優秀層の人数

 では次に、中学受験時期を過ぎた後に転入してきた学生d)の学力について考えたいと思います。都内転入者の年齢別地区毎の統計も公表されているものがあります。

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この表は、5歳毎の都内転入者の転入先住所を示す、住民基本台帳のデータです。都外だけでなく、都内行政区間の移動も含まれます。

ここでは、高校受験に絡む年代のみを掲示してありますが、すべての世代についても概ね同じ傾向となります。つまり都内転入者の多くは、どの年代も世田谷区を目指す傾向がはっきり伺えます。この気持ちは、私自身に照らしてもよく理解できます。

世田谷区は、山手線内の都心とは異なる郊外のゆとりを感じるエリアであり、先の私立国立中学の割合で明確に分かれるような、高所得エリア過ぎず一般エリア過ぎない、良好なイメージと実生活のバランスの取れた、意識の高い保護者にとっては、ちょうどよい住環境に位置づけられるのだと思います。

そしてここからは、都内高校受験組優秀層の人数を割り出すための、独自の統計解釈に基づく検証になります。

母数6千人の内、私立国立中学進学組相当の学力生徒数を算出するために、以下の積算を行います。

  1. d)中学受験回避転入者6,121人を、上記一覧10~14歳転入者の地域割合でそれぞれの地域に配分します。
  2. 各地域に配分された生徒数に、それぞれの地域の私国立中学進学率を乗じ、各地区毎の想定私国立中学進学数D)を求めます。

では結果を見てみましょう。

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結論から述べると、中学受験期よりも後から都内に転入してきた生徒6,121人の内、概ね1,612人程度が中学受験で国立・私立に進学する生徒相当の学力ベースを持つ生徒数ということになります。あるいは、中学受験割合の18%を乗じて、1,101人と考えるべきかもしれませんが、個人的には26%かあるいはそれ以上の割合に近いのではないかと感じます。

なぜならば、10歳~15歳の保護者といえば概ね40代が中心になるはずです。
40代となって都内に転入する家庭の保護者は、上場企業の会社員であれば、部課長クラスで本社に栄転するような実力者が多く含まれると考えられるからです。もちろん、わが家と同様に海外からの帰国組も多数含まれるでしょう。

教育やライフスタイルに一定以上のこだわりを持った、それなりの収入の家庭。一覧で見ると2割近くの子供が世田谷に住居を構える家庭です。

そんな保護者と共に東京の地に降り立つ6千人の子供たちは、きっと相対的に十分な教育を受けた生徒が多く含まれているに違いありません。そんな環境で育った子供たちが都内の公立中学に進むとするならば、高校入試の上位を狙って静かな闘志を燃やしながら準備をしているのではないでしょうか。

そして、地元小学校から公立中学へ進学した約7万人の中にも、何らかの理由で中学受験を回避した優秀層や、中学受験した結果、公立中学で再起を誓う学力上位生徒も、都立一貫校専願を中心に多数存在するでしょう。

公立中に進学した74,374人の1%としても740人、平成29年現在都内の公立中学校は613校ありますから、各校トップの数と概ね同じです。上位2番程度まで含めれば、1,400人程度の公立トップ層は存在します。

ですから、普通に考えてこの1,400人と先に見た1,600人を合わせた3,000人規模の生徒には、中学受験組に伍す程度の学力が十分あり、国私立中学進学17,000人の約1/6の規模のその集団の中には、中高一貫校と同様に、特別優秀な生徒が、中学受験組と同じ割合程度に含まれると考えるのは全く無理がないように思います。

例えば、中学受験で男女御三家の定員は1,340人、国私立中学進学17,000人の7.9%となりますから、先の高校受験組の中学受験レベル相当集団3,000人の中には、概ね236名程度、つまり御三家レベルの学校の生徒がちょうどもう1校分存在することになります。

時代と高校受験生の動向の変化

 最近では、中高一貫校に高校から入学した生徒の進学実績が芳しくないというネット上の情報をよく目にしますが、開成高校の柳沢前校長はそれを否定しています。

――高校からの入学者は進学実績が低いように言われがちですが。

 全くそんなことはない。毎年の東大合格者の25%プラスマイナス2%は高校入学者。

出典:朝日新聞デジタル版 2017年2月25日

25%というのは、開成400人中の高校入学100人に相当する割合。つまり、中学入学組と高校入学組の学力に差はないと伝えたいのでしょう。逆に見ると、東京の高校受験組の上位陣は、中高一貫校の上位陣と比較して決して劣るものではないと述べているのと同じことになります。

ですからセンター満点が、高校受験組から現れても何らおかしくはないのです。ただ、それが都立高校から出た事実が問題として取り上げられるのです。

確かに、センター試験満点が10年ほど前に発生した出来事であれば、それは都立高校の生徒が達成したものではなかったかもしれません。なぜならばその当時、先の御三家1校分に相当する高校受験学力上位層が都立高校を選択することは希だったからです。

ただ現在は、高校受験の最上位層が、日比谷をはじめとする都立高校に回帰する割合が高まったということでしょう。もうリーマンショックは関係ありません。

東大合格36年連続トップの開成高校を蹴って入学する生徒も20人近くいる。すでに入学時点で日比谷の成績上位層は、全国トップの学力レベルに達している。
武内校長は、「筑波大学付属駒場高校(筑駒)や筑波大学付属高校、東京学芸大学付属高校など国公立大学付属校を蹴って、ウチに入ってくる生徒が増えましたね。今は入学者の2割ぐらいはいます」と話す。

出典:NIKKEI STYLE 2018年1月14日

日比谷高校の1学年は320人。2割が国立附属に合格した生徒であれば、その数は64人。開成合格も含めて高校受験の学力最上位層が日比谷に集結していても、何ら不思議ではありません。

ですから、史上唯一のセンター満点が日比谷高校から現れたとしても、それは驚くことではないでしょう。むしろ、都内の高校受験生の進学先選択の意識が変わったことを裏付ける一つのサインとなる出来事だということにこそ、注目すべきだと思います。

都立学校群制度から半世紀が過ぎた現在、大学入試改革や大学附属校改革、東大京大における推薦入試の導入、そして自校作成問題の復活など、教育をめぐる時代の大きな転機が再び訪れたことを、今回の出来事は静かに、そして分かりやすく発信しているのかもしれません。

都内には、少なくとも3,000人規模の中だるみのないやる気に満ちた意識の高い高校受験生が存在しています。中高一貫校の快適な環境とは異なる、都内や地方の公立中学、あるいは海外で過ごした様々な背景や経験を持った多様な能力の若い力を、取込む力を失ってしまった中高一貫校の現状は、少し残念な気がします。

そのような状況の中、高校受験のみに門戸を開く都立高校の存在は、中学受験を見送った7万人を超える全ての中学生にとっての希望の存在であることには間違いありません。

大学入試共通テストでは、いつどこの生徒が満点をたたき出すのでしょうか?

ではまた次回。

大学受験ではない学びの本質