内申点不問! 特別選考枠を再評価する

2020年1月6日更新:
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 都立高校入試を語る際に、避けては取れないのが内申点。

学校間の評価格差や教師個人の主観により結果が左右される、不完全で不公平な制度というのがネット上の保護者の方の内申制度に対する評価のようです。

個人的にはそれでも、ルールが明確なはずの企業の人事評価や、公募と謳われる各種コンテストなどの方が、余程理不尽な状況があるのではないかと思いますが、わが子の将来を案ずる親の気持ちに立ってみれば、その辺りの感情は私自身十分理解できるものがあります。

 

特別選考枠の廃止

 そして内申制度に関して、4教科2倍換算と並んで都立高校入試ルールの改悪とされるのが、平成27年度まで実施されていた、内申点に関係なく試験当日の得点だけで合否を判定する『特別選考』の廃止です。

ネット上の意見の大半が、この特別選考枠の廃止を愚策と結論付けています。理由は内申不問枠を排除することにより、内申点が低い天才肌の生徒の合格が難しくなり、学校の学力レベルが下がるからというものです。

しかし個人的には、特別選考枠はあってよいと思いますが、平成27年度まで実施された特別枠制度は無くてよいと思います。理由は一般に言われるような、内申の低い天才肌の生徒を救済する制度になっていないと思うからです。

そして何より気になるのは、特別枠廃止を語る意見のほとんどが、実際の運用ルールを理解しないままに感情的な意見を述べているのではないかと感じることです。

そこで今回は、平成28年度入試から廃止となった特別選考枠の制度設計を確認しながら、今後の都立高校入試制度をより健全なものするための前向きな意見として、現在の都立進学校にあるべき特別選考枠がどのようなものであるか考えたいと思います。

私は教育委員会を擁護する立場ではありませんが、何事も制度や実情を正しく理解しないまま、印象や感情に流されて物事を判断する現在の状況は建設的ではないと思いますので、より良い公教育の実現に向け、一保護者として再考します。

特別枠の運用を正しく知るために

 まずはクイズです。

内申点が同じ33点(5教科オール5、4教科オール2)であった場合、次の3人の内、特別選考枠で最も合格可能性が高い受験生は誰でしょうか?制度をご存じない方は、直観でお答えいただければよいと思います。

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Cさんと答えた方は最もノーマルな方。
5教科総合で9割を超える、その年の受験生の中でも最上位を争う文句なく好成績な生徒です。低い内申点をフォローするという意味においても、最も救われるべき生徒ではないでしょうか。

Bさんと答えた方も気持ちは分かります。
文系科目はイマイチですが、理系科目はどの生徒よりも抜群にできそうな天才肌かもしれません。数学オリンピックやSSHをはじめ、理系科目で頭角を現しそうです。

では実際の特別枠の合格者は誰でしょう?

正解はAさんです。

確かに8割を獲得したAさんも優秀には違いありませんが、それでも3人の中では最も中庸そうなAさんが、実は平成27年度まで実施された特別選考枠では最も合格可能性が高い受験生となるのです。本当でしょうか?

何故Aさんが優先的に救われるのか、その運用ルールを把握できれば、先に記載した「平成27年度まで実施された特別枠制度は無くてよい」という言葉の意味が理解いただけるのではないかと思います。

 

特別選考枠の運用基準

 何はともあれ、先のクイズの正解の意味を理解するためには、まずは制度を正しく理解しなければなりません。また制度の存在をご存知の方も、実際の選考基準を理解していない方も多いかと思いますので、はじめに選考ルールを確認します。

運用規則の正確な情報として、日比谷高校が毎年入試後に公表する「入学者選抜の結果」平成27年度版に基づき記載します。

特別選考(1割選考)
  • 学力検査に基づく選抜の定員254(男133、女121)名の9割を総合成績順位で選抜したのち、残余1割25(男13、女12)名を、総合成績順位では合格に至らなかった受検者のうちから、傾斜配点を加え学力検査得点順位だけで選抜する。
  • 国・数・英3教科得点を2倍(社会、理科は100点満点)して得た、学力検査合計800点満点による。

ルールはおおむね上記の2点です。
要するに、学力試験の定員の内の9割を、通常の試験プラス内申点の総合成績順で選考し、残り1割を学力試験の得点のみで合否判定するわけです。

この際に国、数、英の3教科を2倍換算して各200点とし、理社各100点を加えた800点満点の得点順に選抜するというものです。

 

特別選考枠は誰を救ったか

 この特別選考枠運用ルールの一番のミソは、この枠の選考対象となるのは、あくまで「総合成績順位では合格に至らなかった受検者」という点です。

つまり、学力試験の上位成績者から特別枠が適用されるのではなく、一般選考で不合格となった生徒を母集団として、再度その中の得点上位から合格を適用するのです。

ですからこの特別枠の適用となるのは、全受験者中の学力試験上位者とは限りません。学力が高い生徒が内申点もそこそこだった場合、一般枠で十分合格に至るからです。

3月に行われた平成30年度学校説明会では、内申点の高い生徒ほど試験の得点も高い傾向がある旨について学校側から発言がありました。

もしその傾向が平成27年当時も該当するならば、学力優秀者の大部分は既に内申点を加味した一般枠で合格しているということになります。そうなると特別選考枠のイメージである、学力は抜群に高いけれど内申は低いという受験生とは限らない誰かが選ばれる可能性が多分にあるということになります。

真実はどこにあるのでしょうか?

そのあたりの疑問を解決すべく、次に具体的な得点数字を使って、特別選考枠で選ばれる生徒像に焦点を当ててみたいと思います。

 

平成28年入試に特別枠があったなら

 具体的な数字を追うために、愚息が受験した平成28年度入試について検証します。

実際にはこの年から特別枠は廃止されたわけですが、仮に制度が存続していた場合にどうなるか見てみましょう。

平成28年度試験 男子平均点
  • 国語  76.1点
  • 英語  69.1点
  • 数学  53.9点
  • 社会  85.1点
  • 理科  82.6点
  • 合計   367.1点

以上を元に、平成28年度入試における想定合格点を考えてみましょう。この年の男子内申点平均は41.3点ですから、4教科2倍による換算内申点の上下可能性は以下の通りとなります。

  • 上限(4教科オール5):21.3+20x2=61.3
  • 下限(5教科オール5):25+16.3x2=57.6

そしてそれぞれを300/65して換算得点を得ます。日比父ブログではお馴染みの検証ですので、これ以上の計算式は省略します。数字の出方が理解できない方は、別途ボーダーライン検証記事をご覧ください。

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 平成28年度の男子の最終受検倍率は1.81倍で2倍をやや下回りますから、一般枠での合格ボーダーは平均点のやや下になります。上限に近いか下限に近いかは分かりませんので、ここでは中間値となる788点を採用します。

 

特別選考枠の対象者を探せ

 男子一般入試の想定合格点を788点とした場合、どのような受験生が特別選考枠の対象となるでしょうか?

わが家の日比谷生は当日の試験で平均点を大幅に上回る420点以上を獲得しましたが、それでもその上をいく受験生はそれなりに多くいたのではないかと思います。 

5教科420点は、700点換算で420x700/500=588点となります。想定合格点の788点と試験588点との差である200点を内申点で獲得すれば一般入試枠で合格となります。

それを視覚的に示したのが次のマトリクスになります。

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この一覧の中の数字は、実技4教科と主要5教科の組み合わせによる換算内申点を表します。この内色付きのマスは以下を表します。

  • 青: 試験400点者に必要な合格内申点
  • 黄: 試験420点者に必要な合格内申点
  • 緑: 試験450点者に必要な合格内申点

例えば420点の生徒に求められる4教科の最低内申点は、5教科が25点満点の場合わずか10点(素内申35点)となります。つまり愚息の場合、実技内申10点でも合格していたことになります。5教科がオール4でも、4教科はオール3の12点(素内申32点)あれば一般枠で合格となります。

同様に、試験得点が9割450点の受験生の場合は、5教科オール5であれば、実技4教科の内申はたったの5点で合格となりますし、4教科がオール2の内申8点の場合は、5教科で19点以上あれば一般選考枠で合格となります。

実際に特別枠が運用されていた平成27年当時は、4教科の内申点は1.3倍でしたから、更に内申点の影響は少ないといえるでしょう。また、自校作成問題が復活した現在であれば、あくまで参考ですが、上記に記載の試験得点-10点が概ね同じ状況になるかと思います。

ここで先のクイズを思い出してみましょう。
A、B、Cさんの内、特別選考枠で最も合格可能性が高いのは誰か?

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実は最も可能性が高そうなCさんは、一般入試枠で余裕の合格となるため、特別枠の対象にはなりません。先のマトリクスで緑の範囲が一般合格圏になります。

少し頭の整理が必要かもしれませんが、5教科の総合点が9割近くあれば、たいていは一般入試枠で合格してしまうという事実です。このたいていという意味は、「4教科内申合計が10点未満であっても」という意味です。

つまり、内申点が低いために一般入試枠で合格できない生徒というのは、一般的に救うべきと考えられるほど、5教科総合力が飛び抜けて高くはない可能性が大いにあるということです。ここでいう高いとは、先の通り、グループ作成問題であれば9割近くを獲得するような受験生のことです。

ですから先のクイズの答えとして、Cさん以外のAさんまたはBさんが答えとなります。では2人のうちでAさんがBさんよりも特別枠の可能性が高い理由は何でしょう。

それは特別選考枠の得点換算ルールによるものです。

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AさんおよびBさんの特別枠の選考得点は、国・英・数の得点を2倍にして、それぞれ以下のようになります。

  • Aさん: 631点
  • Bさん: 629点

そしてこの得点順位での合否判定となりますから、理数系に特別強いBさんよりも、3教科で偏りのないAさんの方が得点が高くなるのです。 

実際には様々なケースがあると思いますが、AさんとCさんの例のように、特別枠で合格した受験生よりも、一般枠の合格者の方が、実は試験の得点がずいぶん高かったというケースは珍しくないように思います。

つまり、救っているのは一般入試枠の上位で合格した生徒よりも特別に勉強ができる受験生ではなく、またBさんのように特定の科目にかけてはずば抜けてできる生徒でもなく、「内申点は低いがそこそこできる生徒」である可能性が高いのです。

これが冒頭でお伝えした、「平成27年度まで実施された特別枠制度は無くてよい」という言葉の意味です。
 

特別枠の現在あるべき形とは

 個人的な印象としては、特別に配慮すべき高得点者は5教科全体で9割近くを獲得するような生徒であるはずだと思いますが、実際にはこうした生徒は、ほとんど一般枠で合格してしまう点を確認しました。

しかし、だから特別枠はなくてもよいとは考えていません。

特別選考枠があることで、より上位校をチャレンジしてみようというモチベーションにつながると同時に、学校側の独自ルール設定により、推薦とも一般入試とも異なる第3の合格軸により、学生の多様性確保に繋がるからです。

受験者のモチベーションに関し、特別枠のあった平成27年と廃止となった平成28年入試の受験者数を比較してみると、それぞれの最終応募倍率は、

     平成27年  平成28年

  • 男子: 432人 ⇒ 335人(▲97人)
  • 女子: 290人 ⇒ 270人(▲20人)

と、特に男子を中心に大幅に受験応募者が減りました。これは 、男子の方が内申点に不安を抱く受験生が多いことが要因だと思います。

ただしこの点は、決して悪いことばかりではないことも確かです。

なぜならば、特別枠が廃止されたことで、従来万に一つの可能性に賭けた特攻受験生が減少したと思うからです。特別枠の廃止と4科目2倍のルール変更は、一人一校しか受験できない都立高校選定に対し、より現実的な選択を促す転機になったことでしょう。

またその結果、従来は特攻で私立などに散っていった優秀な学生が、都立高校内に階層的にプールされることで、進学指導重点校をはじめとする上位進学校の学力的な厚みを増すことに繋がったのではないかと思うからです。

かつての特別選考枠の是非はともかく、個人的には現在でも生徒の多様性確保のための新たな特別選考枠があってもよいと思います。

ただしその際は、平成27年度まで実施された教育委員会の統一ルールではなく、学力試験の1割を上限に、選考基準も合格枠も各学校が独自設定した条件により合否を判定する方式が良いのではないかと思います。

その条件を、統合得点力が高い生徒が対象となるよう設定するのか、先のBさんのように特定の科目のみ突出している受験生を救うのか、その点は各学校で決めればよい。

そうすることで、各校が受験生に対して明確に求める生徒像を示すことができると共に、一般枠で合格した生徒よりも試験得点の低い、ほどほどにできる生徒は拾わないということを実現できるでしょう。

身体的特徴や長期入院などの理由により、どうしても実技4教科を中心に内申点の確保が難しい生徒もいるでしょう。そうした生徒が日比谷高校をはじめとする都立難関校に気後れせずチャレンジできるような環境とするためにも、都立進学校の生徒の多様性に磨きをかけるためにも、真に能力の高い生徒を救うような本当の意味での特別選考枠があってもよいと思います。

皆さんはどうお考えでしょうか?

ではまた次回。

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