日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

ポーランド戦に見る、サッカー規則の欠陥と改善案

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 従前の下馬評を覆して、2018年ワールドカップ決勝に進出した日本代表。

その戦いぶりから今大会の寵児のように褒め称えられていたチームが、ポーランド戦の最後の10分間に見せた戦意を放棄したパス回しに対し、世界中のサッカーファンから批判を受ると同時に、競技を冒涜する集団とみなされるようになってしまいました。

尊敬を受けた真のSAMURAIから一夜にしての転落です。

個人的には、確かに日本代表のとった戦略は、スポーツの在り方としてはいかがなものかと思いますが、非があるとすれば、本来その責めを受けるべきは監督でも選手でもなく、そうした行為を誘発するような競技規則そのものにあると考えます。

中学時代をサッカー部で過ごし、大人になってからは子供たちのために公式審判の資格を取得して週末のグランドに立った身としては、ラグビーやバレーボール、卓球など、他の球技が見る者を飽きさせないようなルールに迅速に進化する中、実はずいぶん昔からサッカーの競技規則の欠陥が気になっていました。

今回世界中のスポーツファンが注目するこの機会に、多くの方の批判を受けることを覚悟しつつ、サッカーという競技がより多くの方を魅了し、子供たちの情操教育にとって真にふさわしい競技となることを願い、一保護者として提言を行います。

 

サッカーの試合は退屈か?

 世界中で熱狂的なファンを持つサッカー。

私自身にとってもそれなりに身近なスポーツですが、個人的には日本代表の試合しかまず見ることはありません。ワールドカップのような露出度の高い大会でなければ、むしろ代表の試合でさえ、あることすら知らずに見逃すことが多いです。国内海外に関わらず、贔屓のチームもありませんし、日常の中で意識することもありません。

そういう立場なのである程度理解できるのですが、サッカーに興味がない人にとっては、おそらくサッカーの試合は他のボールゲームと比較して退屈なゲームに映るのだと思います。

その理由は日本対ポーランドの最後の10分間を見れば明らか。

戦略的な意味を理解するファンを除けば、サッカー好きの方から見てもあの時間の試合運びは、決して面白いものではないはず。

前評判から好ゲームを期待して訪れたのでしょう、スタンドからブーイングが自然発生的に起きるのもある意味妥当といえるようなパフォーマンスです。

そしてこの10分間に起きた試合の状況こそ、実はサッカーに興味のない人々が潜在的に抱いているサッカーというスポーツ競技に対する印象に近いと感じます。

端的に言うと、見ても面白くない競技ということです。

つまり、サッカー好きでない人から見たサッカーというスポーツ競技そのものが、実は正にこの日本対ポーランド戦最後の10分間のように退屈なボール競技として映っているのではないかということです。

ファンの方からはずいぶんお叱りを受けそうですが、まず間違いないでしょう。

サッカーが、一部の方から退屈でウンザリ(英語のboredの語感に近いかもしれません)する競技として認識される場合の要因は、主に以下の通りだと思います。

  • 自陣でボールを無意味に回すことができる
    (今回は極端な例ですが、実は毎試合相当時間発生している)
  • 反則や演技がまかり通る
    (退屈というよりは気分が害される。うんざり)

現状でも既に商業的に大成功しているコンテンツだからでしょうか、国際サッカー連盟は何故長きに亘ってそのような状況を放置するのか、正直理解に苦しみます。

 

自陣でボールを回す時間が長い

 世界には様々なボール競技がありますが、サッカーの他に自陣のボール回しがこれほど長い競技はあるのでしょうか。

時間消化のための鳥かご的な消極プレー(やっている側から見ると積極プレー)は問題外として、攻撃の糸口を探るためのパス回しも1試合90分の中で相当長く、サッカーが好きになれない方の理由の一因を担っていると思います。

確かにバスケットボールやハンドボールなど、攻撃の態勢を整えるために自陣で短くパス回しをしながら相手陣地に向かうという競技は他にもたくさんありますが、説明するまでもなくサッカーの場合はその時間が長いのです。しかもフィールドが広く、相手のプレッシャーを受けることのない緊張感の低いつなぎの時間やスペースが多いです。

この状況は、ゴルフに近いといえるかもしれません。

真に緊迫した、息を飲む素晴らしプレーが出現するまでの時間や競技を行うために必要なプレイフィールドが、他の競技と比較して極端に大きいのです。

あまり好きでない方にとって、サッカーは球技の中ではゴルフに近い感覚なのかもしれません。観客からすると、競技時間全体に対する実際の攻撃時間が短い感覚です。ゴルフの場合は同時並行的に進行する多数のプレイヤーの中から見ごたえのあるプレイを選択して放送することができますが、サッカーの場合はこうした間の空いた消極的な時間にも付き合わなければなりません。

<オンサイド>ルール

 個人的には、こうした守備的な攻撃の中だるみを防ぐために、消極的パス回しを抑制する罰則を定めたらよいのではないかと思います。

具体的には、攻撃側が相手ゴール前で待ち伏せすることを制限する<オフサイド>の反則に呼応する、前に出ない攻撃陣に対する反則として<オンサイド>ルールが良いのではないかと思います。

オンサイドによる反則ルールは、例えば次のような定めです。

  • 味方フィールドに位置する相手側オンサイド選手より自陣ゴールに近いフィールドにおいて、味方選手同士によるボールの受け渡し回数(または時間)は連続○○回(または連続○○秒)を超えてはならない。

つまり、攻める気のない攻撃側のフィールド(ポーランド戦の日本側)に相手選手がいる場合、その相手選手よりゴール側で行うパス回しの回数や時間が制限されるというものです。ポーランド戦の最後の10分間のような状況だけでなく、試合途中における様子見のためのパス回しを必要以上に生じさせず、積極的な攻撃を促す規定です。

具体的な効果としては、例えば相手選手がハーフウェーラインの一歩味方側に立てば、自陣全ての範囲でのボール回しに制限がかけられますから、否応なく相手フィールド側にボールを運ぶ必要に迫られます。

オンサイドルールを解消するためだけに、一瞬間だけボールを相手陣地に送り出すことには、ボール奪取からカウンターを受ける危険が伴いますから、このルールが適用されれば、必然的に様子見や時間稼ぎのための自陣内のボール回しが減り、他のフィールド球技のと同じように、試合最後まで緊張感の伴う積極的な攻防が期待できるのではないかと思います。
 

反則や演技がまかり通る

 ワールドカップ・ロシア大会では、サッカーでもやっと録画映像による判定(VAR)が導入されました。これにより、従来見逃されていた反則行為や演技などの指摘が進んだようですので、大いに評価できると思います。

特に、サッカーの特色でもある試合中の演劇大会の撲滅に効果があればよいと思います。サッカー界のスーパースターの一人が、大会開始早々このビデオ判定で演技を指摘され、苦笑いするシーンがありました。よいことだと思います。演技は、演劇用の舞台の上でやってほしいです。

サッカーの場合、故意の反則や演技が、守備や攻撃にとっての有効なプレイの一つとして認識されているのが問題であるように思います。

つまり、演技は攻撃をより有利に進めるための手段として、反則は守備をより強固にするための手段として、競技に取り入れられているということです。

攻撃側の選手に抜かれる守備陣が、足を引っかけたりユニフォームを引っ張ることで攻撃を止めるというシーンは普通にみられる光景ですが、あれがなければサッカーはもっとリズミカルで攻撃的でテンポの良い加点を競う面白い競技になるのにと思います。

あるいは、ゴールという成果を一連のプレイの中で実現する努力を放棄して、演技により加点を狙う演劇大会が繰り広げられるのも、サッカーの魅力を削ぐ行為の一つです。演劇大会は見苦しいので本当にやめてほしい。

倒れた後に審判に向かって、「どう今の演技よかった?」とチラリ審判の顔色を窺う選手の表情は、本当に情けないし子供には見せたくないと思うシーンです。首尾よく演技が評価されて得点チャンスを獲得して満足する姿は、日本の道徳心とは相いれない気持ちの悪い状況であり残念です。

いずれにしても、現状では試合のテンポを妨げる試合の中断が多すぎる。

その結果直接フリーキックとなり、セットプレーからの鮮やかな得点シーンが生まれると前向きに捉えるよりも、無駄な反則がなければ流れのままに緊張感のあるゴール前の攻防が見られたと考える方が、球技の魅力としては健全ではないかと感じます。

 

悪意ある反則側が得するルール

 本大会日本の初戦でコロンビアの選手が、大会史上2番目の速さで退場となったのが話題となりましたが、確実に決まるゴールを反則で防ぐことで、失点確実性を減らすことができるならば、今後もあのような行為はなくならないでしょう。サッカーでは一般的に、反則した側の利益が大きすぎるからです。

試合早々であれば割に合わないということになりますが、試合中盤以降であれば、確実な失点機会をPKという得点不確実な状況に後退させることができるのですから、故意に反則を犯した側の利益が大きすぎます。

このため反則でゴールを防ぐということが、守備側にとって戦略上の大きな選択肢の一つとなるのです。

確実なゴールを故意に反則で防いだ場合は、テンポの良いゲーム運びとするためにも、レッドカード+PKではなく、イエローカード+認定ゴールにすべきだと思います。その方が、反則を受けた攻撃側により大きな利点が生じることになるからです。

ただしここで前提としているイエローカードは、現状のものとは異なります。ラグビー等と同じように、一時退場を課すものでなければなりません。この点は、後で改めて言及したいと思います。

サッカーで身につく国際感覚?

 今まで見たような状況を踏まえると、ある意味で現在のサッカーは子供たちに国際感覚を身に着けさせるためにはよい競技かもしれません。

「人様に迷惑をかけない子に育ってほしい」

日本人保護者の多くが抱くこの道徳観は、現状のサッカーの協議規則には馴染まない哲学です。現在のサッカーのルールが結果的に促している状況は、

「人様に迷惑をかけても勝つ」

これに尽きるでしょう。協会がそのように意図しているかどうかは分かりませんが、結果的にそうした状況を助長していることは確かだと思います。ルールが演技を生み、ルールが戦略的反則を生む。

その心理は、ある意味で国際標準の道徳心や人生哲学を体現したものであるかもしれません。ビジネスにおいて政治において日常の生活において、人を出し抜くことはあっても出し抜かれない。そんな気概が当たり前の世界感。

そうでなければ、試合後に競技場の清掃を自主的に行う道徳心を持ち合わせた国民の代表チームが、あれほど好ゲームを期待して訪れた観客の期待に背き、あれほど競技をないがしろにし、自らの心に抱く道徳心や武士道に反するような試合運びを展開するという選択をするはずがありません。

あの最後の10分間は、誰よりもまじめに競技ルールに精通し、誰よりも勇敢な指導者が、真面目に競技規則に則った結果導き出した、本来は非常に高いリスクの伴う戦闘的で積極的な行為だったに違いありません。しかしその準拠したはずの競技規則の中に、従った者が責めを受けるような欠陥があった。

フィールドの選手たちも、自ら育んだ道徳心やファンおよびスポーツマン精神に対する礼儀作法と、競技規則が求める真の勝利者となるための方法論の間の葛藤に悩みながらボールを回していたに違いありません。

この歴史的な10分間は、サッカーという競技に潜在するルールの欠陥と、真の勝利者とは何なのか、その点を改めて考えさせられる結果となりました。

 

ルール改訂私案まとめ

 サッカーをよりテンポの高い攻撃的で魅力的な競技とするために、個人的に考えるルールの改定案は以下の通りです。

  • シンビン制導入
     現行のイエローカードは、当該試合に対する即時罰則にはならないため、逆に反則を助長する心理が生じやすい。反則を当該ゲームへの不利益として直ちに反映させるために、ラグビーやアイスホッケーと同様に一時退場制度を導入する。

  • イエローカードの運用変更
     イエローカードは一時退場。ただしイエローの累積による次節の試合出場停止制度は廃止。これにより、試合中の反則が当該試合への罰則となるとともに、審判が気兼ねなく積極的にイエローカードを提示できるようになることが期待される。尚、退場時間は他競技のように10分程度が妥当であるか、より高い頻度でのイエローを想定した5分程度とするかなどは議論を要する。

  • オンサイドルール
     ボールを自陣で消極的に回して時間を消費することを抑制するために、何よりもより攻撃的な競技とするために、自陣オンサイドにある相手選手よりも味方ゴール側でのパス回しに対し、回数あるいは時間的な制限を設ける。これによりボール保有チームは、相手陣地への積極的なボール展開を求められることとなり、結果的に試合開始から終了まで、敵陣への攻撃が最大の防御でもあるような積極的な競技展開が期待される。

そして個人的には、ユニホームを引っ張ったり、演技に対しての罰則強化を謳いたい気持ちも強くありますが、この点はイエローカードの運用変更により自然と実現されるのではないかと期待しています。

最近の戦略では、ゴールキーパーは11人目のフィールドプレイヤーとして積極的にバックパスを受ける存在となりました。昔と比べて明らかに自陣でのパス回しの回数や時間が増えているように思います。

本来サッカーは、より積極的な点の取り合いとなるべき競技だと思います。

現在のような、当該試合に対して反則を犯す側の利益が大きいルールを改訂し、より得点力や試合の連続性およびスピード感が増す展開が実現するとともに、より道徳的で紳士的なスポーツとなることを期待します。

熱心なサッカーファンの方には異論や受け入れがたい内容もあるかも知れませんが、一人の保護者としてはこれを機に、サッカーが子供たちにとって真に積極的な行動を促す情操教育にふさわしいスポーツとなるよう、前向きにルールが改善されればよいなと願います。

ではまた次回。

 

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JFA審判時代によく参照した競技規則

 スポーツに向かう子供と親の在り方

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体育と藝術の教育的意味