2020年1月13日更新:
七夕の日に、九段中等教育校の学校説明会と暁星中学の学校見学会に参加しました。
都立高校が中心的話題の日比父ブログ。
もしかすると中学受験否定派に思われるかもしれませんが、そうした考えは特にありません。公立でも私立でも、また受験するしないに関わらず、各家庭の価値観に合った、子供たちの希望の学校に進学できればよいと思います。
暁星学園については、理由あって実は前々から気になる学校でしたので、九段の説明会と同日に見学会が開催されるのを知り訪問しました。
今回は、早稲田通りを挟んで向かい合う両校を中心に、千代田区で学び、暮らす意義について考えたいと思います。
千代田区立・九段中等教育学校
九段の特徴は、なんといっても千代田区立の中高一貫校だということでしょう。
このため学校の情報も、都教育委員会ではなく千代田区のホームページに掲載されるなど、都立の学校とは異なる千代田区独自の学校運営がなされています。
例えば入試に関する独自性としては、
- 定員の半分80名が千代田区民枠
- 小学校報告書は4年生からの3年分
- 適正検査Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ全てが独自問題
などが特徴的です。
特に「千代田区民枠」は強烈で、区民は入試倍率が2倍程度、区外受験生は8倍程度と倍率に相当な開きがあり、同校を希望する区外在住の小学生と保護者の悩みの種となっています。
ちなみに、千代田区民枠を利用するためには、入試前年の4月1日に千代田区民である必要があり、かつ卒業までの6年間、継続的に区民であることが求められます。千代田区枠での入学者が途中区外に転出した場合は退学となるようですが、実際そのような運用がなされているかは情報がないので分かりません。
いずれにしても都外からの転入者にとっては、長く千代田区に住まう覚悟が必要です。
そして説明会でも、都立一貫校にはない興味深い資料が配布されます。「保護者と新入生からのメッセージ」と題する冊子です。
これは新入生と保護者に対するアンケート結果をまとめたものですが、小学生の頃の勉強方法や受験までの心構え、塾の利用状況など、合格者とその保護者の体験記が新入生全員分収録されていますので、これを手にするだけでも説明会に参加する意味があると思います。
九段受験を希望する家庭にとっては、ウェブ上の検索情報とは比較にならない信憑性の高い貴重な情報が満載ですので、必ず手にしたいお宝冊子です。
九段の進学力は都立特別推進校並み
中高一貫校を希望する保護者の心理としては、大学入試に対する優位性を期待する方も多いと思います。
しかし説明会の印象としては、九段は難関大学合格実績を求めない、謳わない学校であるということです。その点は一貫校としてスタートした時点からそうだったのか、最近の結果を受けての姿勢であるのか分かりませんが、とにかく、大学合格実績を競うような土俵には乗らないという強い印象を受けました。
では、その理由を探るべく、実際に直近の合格実績を確認してみましょう。
まずは難関大学への合格実績を掲載します。
比較対象として、都立の中等教育校である小石川と桜修館、および日比谷高校と進学推進校である新宿、小山台高校を併記します。各校2016年度から18年度の3年平均現浪合計合格数について、それぞれ定員100人当たりの数字で表示します。
この結果を見ると、確かに都立の中等教育学校である小石川や桜修館と比較して、九段の最難関大学への合格期待値は一段低いといえそうです。数字が近いのは、都立三番手校が並ぶ進学指導特別推進校辺りではないでしょうか。
では次に、九段のボリュームゾーンに近いと思われる、国公立大学合計およびMARCH校についてみてみましょう。
総合的にみると、九段の大学進学期待値は、やはり都立小山台高校に近いといえるのではないでしょうか。重複合格もあると思いますが、受験生100人中、概ね1/3が国公立大学、2/3がMARCH合格というところです。
学校の説明内容通り、九段中等教育学校は最難関大学を目指すために選択するための進学校ではない、と言えそうです。
九段の教育指向はどこにあるか
難関大学への合格数の大小が、そのまま教育内容の優劣とイコールではないということ。九段側がアピールしたいのは正にその点でしょう。説明会で学校が伝えようとするのは、千代田区立という立場が可能とする豊かな教育資源です。
千代田区内には名だたる有名企業の本社や教育機関、外国大使館などが集結していますから、一線で活躍するビジネスマンを講師として呼ぶなど産学官が連携することで、社会に貢献する人財を育む実学的な学びの機会が提供できるということです。
地域中学の社会科実習が地元の工場や企業の支店訪問であるのに対し、九段の訪問先は大企業の本社や各国大使館ということです。
そうした様々な社会体験やキャリア教育を通じ、生徒が自らの適性を生かした進路を主体的に選択すること、社会に貢献できる人材を育成すること。これらに教育の重きを置いているようです。そしてその結果、多彩な分野に生徒が進学するとしています。
学校のホームページにも、「個性が生きる多彩な進学先」、「高い現役進学率」の2点が掲げられており、大学毎の合格実績の他に、進学学部の構成が掲載されています。
合格大学の偏差値や難易度では語れない、教育成果を見てほしいという思いが込められているようですが、この点は受験生や保護者の心をつかむものであるかは微妙です。
なぜならば、多彩という言葉とは裏腹に、環グラフが示す実績は、いわゆる文系への進学が全体の2/3を占めているからです。リケジョと呼ばれるような理数系教育への指向が強い昨今の生徒には、少し物足りない状況であると伝わるかもしれません。
現役進学率についても、他校と比較してどの程度の優位性があるのか、また文理含めて生徒が妥協しない進学先を選択した結果なのか、これだけでは何とも言えない数字であることも確かです。
進学構成から見ると、むしろ産学官連携を通じた実学を生かした、社会教育学系に強い学校と打ち出す方が筋が通っているようにも思います。小石川が明確に理数系指向を標榜しているのとは対照的な対応状況ですが、この辺りは様々な事情があるのでしょう。
魅力的な九段の立地と周辺環境
中学受験というと、どうしても出口となる大学進学実績に目が向きがちですが、個人的には九段という学校の魅力は別のところにあると感じます。
学校群制度の時代に日比谷高校および三田高校と11群を構成していた九段高校。その流れを汲む九段中等教育校の一番の魅力は、何といってもその立地です。この点は、全国の中学高校の中でも高い優位性を誇るといってよいのではないでしょうか。
千代田区枠の近隣住民を除く大部分の生徒は、地下鉄九段下駅から通う事になると思います。地上に上がって靖国通りを西に歩くとすぐに靖国神社の大鳥居が見えてきます。
この参道には九段の学生をはじめ、近隣に数ある学校の様々な色やデザインの制服姿の男女の姿が散見されます。
靖国通りの北側は九段、南側は皇居と多くの伝統校が連なる千代田区番町。学校帰りには日本武道館の雄姿が見え隠れし、春には千鳥ヶ淵に満開の桜が咲き誇ります。
九段下の駅へ向かう人の波
僕は一人涙を浮かべて
千鳥ヶ淵 月の水面 振り向けば
澄んだ空に光る玉ねぎ作詞:サンプラザ中野
九段に位置する学校に通うということ、それはこの歌の世界が日常の風景であるということです。江戸の時代から日本を支えた名士の往来した街並みや文化の中で学生時代を過ごすこと。
九段中等教育校がアピールしたい学校の教育力とはやや異なりますが、立地や周辺環境が、多感な成長期の学生に与える影響は小さくはないと思います。
今にして思えば、11群時代の日比谷も三田も、どちらもやはり千代田区および港区の一等地にあり、立地や周辺環境は九段に劣らず非常に魅力的です。そうした環境は、学生時代をその地で過ごす意義の一つでもあります。
そうした変わらない教育環境が、現在の各校の高い人気の一つの要因であるのは間違いないでしょう。
九段と暁星二つの学校
この九段中等教育学校の向かいに建つのが、現在新しい講堂を建設中の暁星学園です。暁星の創立は1888年、日比谷の前身である東京府第一中学設立の10年遅れての開校です。そして現在の場所に移転したのは1890年。九段が第一東京市立中学として1924年に創立する30年以上も前のこと。
今回校内をくまなく見学し、生徒や先生方に直接話を伺う機会に恵まれました。
個人的に暁星に興味を持ったのは、かつて出会った次の一文からです。
男の子が小学校に上がるといふ段になつたら、大分自分に考へがある様子で、九段上の「暁星」がいい。あすこは生徒も上品の子が多いし、小学校から外国語(仏蘭西語)をやるし、制服も可愛いといふので、わざわざ自分で行って規則書を取って来てくれて入れたものです。
出典:漱石の思ひ出/夏目 鏡子
千代田区の九段や番町麹町辺りの学校にわが子を預ける保護者の多くには、この漱石が抱いた気持ちに通ずるものが多かれ少なかれあるのではないでしょうか。偏差値や進学実績といった数字だけでは計り知れない環境への価値観。
現在中学受験を指向する保護者の動機にも繋がるものがありそうです。
そして今回非常に面白いと思ったのは、あくまで個人の印象ですが、おそらく九段と暁星の両方の学校を訪問したのは私を含めて極わずかではないかということです。つまり、それぞれの受験母集団は全く異なるということ。
ドレスコードでいえば、九段は襟なしシャツ、暁星は襟付きシャツを着て参加する保護者が多い印象です。参加人数も、九段が暁星の数倍も多いのではないでしょうか。
公立と私立の違いといえばそれまでですが、同じ場所に建つ教育機関の世界観の違いに大いに興味を惹かれました。どちらにしても、上品の子が集まるという伝統的な期待感がありそうです。
ただし現在の暁星は大衆化した時代背景とサッカーなどの影響もあり、漱石が評価した時代とは、学校の立ち位置も生徒や保護者像もだいぶ趣が異なっているのではないかと思います。フランス語の授業については、現在も週2時間は確保されているようです。
千代田区で学ぶこと、暮らすこと
最近は「ブランド小学校」と呼ばれる、特定地域の公立小学校にわざわざ引っ越しする家庭を「公立小移民」と呼ぶようですが、落成したばかりの九段小学校も、そんな世帯の流入が多い学校のようです。
九段小学校新校舎は、12学級を基本に15教室の計画を予定していたところ、当初の予想を上回る生徒の増加が見込まれるために18教室に変更したことが、平成28年5月24日付教育委員会・子ども施設課の資料で公開されています。
保育園が併設されるからでしょうか、完成予想図からは18教室とは思えない大きな構えの校舎ですが、おそらくは麹町中学校や九段中等教育学校同様に、千代田区の資金力を生かし、公立の概念を超える充実した施設の学校になるのではないでしょうか。
校舎の色やアーチを描く窓の意匠などは、趣のあった旧九段小学校の雰囲気をそのまま継承したデザインです。地域住民や卒業生への配慮も最大限考慮していることが読み取れます。その一方で、今年1月の完成予定はだいぶ遅れているようです。
ちなみに、プレジデントウーマン2018年2月号によると、千代田区の保育園はどこも定員割れ。九段下駅には、『区民の声が反映されやすく、保育園もどんどん新設されています』と全ての鉄道沿線駅で唯一のプラスコメントがつけられています。
このような状況であれば、通学区の不動産価格は上がることはあれ、下がる気配は見られないのではないでしょうか。九段の千代田区民枠を狙うような教育ママたちが、今日も手頃な物件を血眼になって探しているのかもしれません。
九段小学校は実際には三番町にありますから、番町周辺には番町小学校、麹町小学校、九段小学校といった人気校が軒を並べる地域ということになります。かつて麹町中学校を経て日比谷高校、東京大学に通じたコースです。
住まいサーフィン2017年のデータによると、実際これら3小学校は、四大卒の親が多いランキングの上位に並んでいます。
ですからこの九段、番町周辺は、元来ここに暮らす富裕層の奥様方の視線を横目に、新たに登場した教育意識高い系の公立小移民の奥様方が、日常会話という鉾や盾を駆使しながら、東郷公園辺りで自分の立ち位置や夫と子供の値定めにしのぎを削っているのかもしれません。
公立小移民と九段の千代田区民枠
「公立小移民」という言葉は、小学校受験は回避しながら中学受験に備える家庭を指す言葉のようですが、九段中等教育校を意識した場合には、少し違った顔が見え隠れするかもしれません。
つまり、千代田区に住まいながら、保育園から高校まで、公立へ進むという選択です。
私立を受験する場合は、小学校3年間の塾通いと、中学高校6年間の合計9年間、最低でも1千万円を子供1人当たりの教育費として消費することになります。
先のランキング一覧で、九段小学校の平均年収は1,032万円、番町小学校で1,151万円です。この平均年収程度の所得があっても、70㎡で億を超える新築マンションにはとても手が出ないでしょう。中古物件の場合でも、年収から期待する生活には程遠い物件になるのではないでしょうか。
年収1,000万であれば、官舎や企業の社宅マンションに住まうサラリーマン世帯も多いはず。
世間では勝ち組と言われるそんな両親であっても、住居費の負担が軽くない限り、現実的には千代田区に住まいながら子を私立に預けるだけの余力は期待できないのではないでしょうか。
そんな保護者の視点で見ると、地元の公立小中学校は既に世間の教育熱心な保護者が羨望するブランド校なのですから、敢えて私立には通わずに、学校は地元の公立でいいという考えが浮かんでも不思議ではありません。
九段の千代田区民枠を狙ってゆるやかに受験し、合格しない場合でも、無条件に麹町中学校に通うことができるという戦略です。
この麹町中学出口戦略は、2020年度から千代田区民だけに許される特権となりました。公立中学として人気が出すぎた麹町は、区外からの越境を中止したからです。
もちろん、その先の高校大学が保証されているわけではありませんが、霞が関や丸の内周辺に通うビジネスマンであれば、そうした選択は現実的な内容ではないでしょうか。
千代田区九段中等教育学校。
この区立中高一貫校は、千代田区の教育意識の高い公立志向の家庭にとっては、比較的入りやすく、私立並みの施設と教育を無償で提供する中学校であり、都内に暮らす多くの公立志向の家庭が現実的な目標として定める、都立三番手高校並みの進学実績がパックされたお得な学校といえるかもしれません。
九段を目指す千代田区在住の家庭は、一般的には高給とみなされるものの、この地域で暮らすには十分な収入とは言えない霞が関の官僚や大手企業のビジネスンが多いのでしょうか。
そして区外から九段を目指す家庭は、高過ぎる受験倍率ほど高くはない大学進学実績への期待値以上に、ブランド学区や充実した教育環境を求めているのでしょうか。
今回は、大学進学実績や偏差値ではない学校選択の価値観、教育と不動産環境に関わる強い結びつきについて、千代田区という強力な教育アイコンを通じて考えてみました。
ではまた次回。