日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

君たちはなぜ、医学部を目指すのか

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 私の兄は旧六医科大学の医学部に入学し、卒業後は脳外科としてのキャリアをスタートさせ、その後旧帝大で医学博士を取得して現在も勤務医として働いています。

ネットでも個人名で検索すれば、学会論文や雑誌への寄稿、各種イベントや厚生労働省の部会に有識者として招かれるなど様々な活動がヒットしますから、それなりに社会の一線で活躍している医師だと思います。

30代で建てた大きな一戸建ても、母からの情報では一般的なサラリーマンの借入額と比較して大きい額であったものの、僅か10年程でローンを完済してしまったようです。

そんな兄ですが、医師として働く中で若い頃から私に対してよくこう言ったものです。

「お前がうらやましいよ」

世間のお受験ママから見れば、現在でも十分輝いて見える兄の経歴ですが、そんな兄が皮肉ではなく、一般的な会社員の生活を羨ましいと思うことがよくあったようです。

東京医大に端を発し、医師の労働環境に世間の耳目が集まる中、医療の最前線に身を置く医師の存在を身内に持って思うことは、医者とは大変な職業なのだなということ。

今回は、若くして医学部を目指す志高い君に向け、保護者の一人として医学部を目指す意味について、問いかけたいと思います。

 

40年前の父の言葉

 もう40年近くも前のことになりますが、兄が高校生となり進学先を意識するようになった頃、父は兄に対し、とにかく医者になれとしつこいほど言い続けました。

身内に医療関係者が皆無な状況の中、今思うと、父は昨今の医学部推しの保護者たちの走りだったと感心します。あれから何十年も経って、やっと時代が父に追いついたなと感じるほどです。

父は、中学受験に臨む者であれば誰もが知る名門中高一貫校を卒業しましたが、戦後の混乱の中、親兄弟の大家族を支えるために、大学には進まずに家業を継いで働いたのでした。

そんな父は、私が幼少のころは8m/mカメラに夢中になっていたことを記憶していますが、私と兄が成長するにつれ、いつの頃よりかプライベートでは中学高校の同級生たちに誘われて、ゴルフや食事などによく外出していました。そして、父に声をかけるこの仲間たちが皆、医師だったのです。

父自身も小さいながら個人事業主であったため、時間とお金はそれなりに融通が利くようで、こうした医師たちの世界を身近で垣間見ていたのだろうと思います。大学に進学できなかったことを、ずっと自分自身の中で気にしていることが言葉の中からうかがえる父にとっては、社会的に成功者としてみなされる医師の仲間となって行動することは、大変うれしかったのだろうと察します。

子から見た父は、個人事業主として社会に求められる仕事を成して立派に家族を養ってきたのですし、高齢となり自ら身を引くまでは周囲からも求められる事業をしていたのですから十分立派だと感じますが、それでもやはり高校卒業であることを相当気にしていたようです。

名の知れた市民病院の勤務医から個人開業医まで、様々な医師たちと付き合う中で、父の出した結論が、「医者になれ」というものでした。

父にとっては、医者になることが社会の処世術として最高の方法の一つであると結論付けたのでしょう。当初は別の学部を希望していた兄に対して、仲間の医師の話を聞きに連れ回したり、とにかく兄に医学部を受けさせるために必死に動いていたようです。

そしてその甲斐あって、父にとっては晴れて兄が医学部を受験する気持ちとなり、結果的には易しくはない国立大学の医学部に現役で合格するに至ったのです。

 

深夜の手術と当直の日々 

 元来がまじめな兄の事ですから、学業もしっかりと修めたのでしょう。卒業後は脳神経外科医としてのキャリアを歩むこととなりました。

父は医師の中でも、特に外科医になることにこだわりを見せていたようですが、兄がそうしたアドバイスに従ったのかどうかまでは分かりません。とにかく脳外科として社会に出ることを決意したのです。

地域の総合病院で医師として働く若い頃の兄は、昼夜を問わず、当時ポケットベルでの呼び出しに応じて病院に馳せ参じていたようです。ですから旅行に出かけたり、自由に行動することがなかなか難しかったようです。

やがて病院での宿直や、夜中に行う外科手術が連続し、医師としてのキャリアを充実させながらも、体力的にも相当きつく、医療過誤訴訟のリスクにも晒されながら、少なくないストレスも溜めていたようです。

医師の時間外勤務や夜間の手術に対してどの程度の手当てが支払われるのか、残念ながら把握していませんが、当時の兄の収入は相当なものだったと思います。ただ兄の場合は金銭的な欲求でそうした働き方をしていたわけではなく、真面目に医療と向き合う中で、そうせざるを得ない状況に収まっていたのだと思います。

そうした状況の中での兄の最大のストレスは、家族と向き合う時間が確保できない、という種類のものだったようです。

子供の出産に立ち会ったり、休日に家族と出かけたり、食事を一緒にとったり、そうした家族と共に暮らす普通の生活を、兄は求めているのだと感じました。そして当時の兄には、それを自分が思うようには実現することができなかったのです。

 

医学部に入ること、医師であること

 近年高留まりしている医学部人気を見るにつれ、どのような受験生が医師であることを望んでいるのか、と考えることがあります。

私自身は実父と異なり、子を医学部に入れたいと思う気持ちは特にないからです。

どのような進路を進むのか、その道を選んだ結果としてどのような暮らしや人生が訪れそうか、という期待値や失望感に対するアドバイスはするにしろ、最終的な進路は子が自分で判断すればよいと考えています。

高い収入や裕福な暮らしが期待できるとか、就職先の確保や将来のつぶしが利きにくいなど、学部の違いによる世間一般のプラスマイナスの評価は親としては気になる面があるにしても、それを理由に本人の意志を変えようとは思いません。もちろん、自ら選択する進路の先にある将来を、子が10代の頃に見通すことなど親以上にできないにしてもです。 

本人の意思にかかわらず、元来個人医院を営んでいる家柄など、子が医師であることを求められる環境にあるという場合は、それがどのような診療科であれ、医師免許を取得するために医学部を目指す理由がはっきりとしているのだと思いますが、現在の中学受験を起点とするその後の大学受験へと続くある種の受験競争の波を見るにつれ、これほど多くの学生が医学部を目指す理由がどこにあるのかと不思議に思います。

ドラマにあるような、身内や親しい誰かの死にまつわる経験から臨床医を目指したり、研究医として新たな医学の可能性を切り開きたいという意志や、あるいは社会問題化する世の中の医療環境の改善を実現したいというような、内外の社会的使命感から医師であることを望み、それを実現する手段として医学部に入学することを求めるのであれば、その心理はもちろん理解できることです。

あるいは高収入を目指したいとか、社会的ヒエラルキーの上位に立ちたいというような、利己主義的な動機についても、本人や親が望むような状況が本当に実現されるのかどうか、また動機としての是か非かは別にして、理解できるところではあります。

そして百歩譲って、例えば受験学力が上位であるという理由や、上位進学校の場合は周囲が皆そうだからとか、場合によっては親の虚栄心を満たす手段として医学部を目指すというのもある種の動機には違いありません。

ただ思うことは、そうした多くの医学部希望者の本人や家族が、医学部に入学することと医師であることの違いを、私程度にでも理解しているのだろうかということです。

 

マッチングで敬遠される医学生

 医師の就職活動ともいえるマッチング制度では、研修先を選ぶインターン生自身と、研修医を受け入れる病院の双方が相手を選ぶ権利を有します。

ある意味当然のことですが、病院側が研修医を選ぶ基準には、試験の成績など医師としての客観的な能力面だけでなく、本人の人柄や人間性といった受け入れ側の主観的な判断が入るものです。

ですから大学医学部受験の際に行われる形式的な面接の意味とは異なり、いくら受験偏差値の高い大学や試験得点の高い学生であっても、本人と接する中で受け入れが難しいと感じるような人物であれば、病院側はその医師に対する受け入れ希望順位を上位に設定することはないでしょう。つまり実質的な受け入れ拒否の意思表示です。

医療現場は人と人、もちろん医師同士だけではなく患者と医師との人間関係から成り立つ職場である以上、学業成績はもちろんのことですが、それ以上に、人物評価によってマッチング順位を決定するのは自然なことです。

受験勉強や医学部入学後の成績優秀者が、臨床医としても優秀であるかどうかは、実はあまり相関関係がないということは、大人にとっては今自分が置かれた職場環境に立ち返ってみれば、ある種当然のことではないでしょうか。

あるいは開業医を目指すにしても、患者側が医師の人となりを見定めて、かかりつけの診療所を選択することは、一般市民にとっては当たり前のことであるはずです。

 

医学部合格はスタートに立つ権利

 医学部と他の学部と大きく異なると感じる点は、医学部合格の場合は、単に医師として歩むためのスタート地点に立つための権利を得たに過ぎないということです。

他の学部であれば、希望大学への合格は、時に社会人として世の中に出るための一つのゴールと考える向きがないでもありません。

その最たる考えの一つが、世のお受験ママたちが処世術の優先順位の上位に位置付ける有名大学附属小中学校への入学というものですが、この場合の保護者の心理としては、希望の附属校に子を入学させることは、親としての一つの責務を果たしたような感覚に近いものがあるのではないでしょうか。

後は留年しない程度に学問を修め、というよりはそれ以上に、将来のネットワークとなるような有力な人間関係を深め、就職内定や、場合によっては起業家仲間を得るという目的のために、幼少段階からの大学附属施設への入学が、ある意味人生における勝ち組へ向かうゴールの一つを示しているようです。

これに対して医学部の場合は、大学入学は新しい人生へのスタート地点に立ったにすぎません。国家試験合格という、ひとまずのゴールを目指して精進することとなるのですが、医師免許の取得にしても、医師であるための必要最低限の資格なのですから、やはり医者としてキャリアを積むための新たなスタートラインに立つ権利に過ぎない、ということになります。

遅くとも小学校4年生から9年間受験勉強を続けてやっと入った大学医学部を、更に6年かけて卒業した時点で、漸く医師として働くためのスタート地点に立つことができるという長き道のりを、受験学力が高いとか親の虚栄心を満たすためといった理由で選択することが、本人の人生にとって本当に正しい判断なのかと考えずにはいられません。

 

20年後の医療現場と意志の強さ

 現在医師を目指して中学受験に頑張る君が実際に医師としてのキャリアを積み始めるのは今から概ね20年後。生まれてから今まで過ごした人生よりもずっと先の未来です。

少子高齢化の続く今の日本で、20年後の医療環境がどのようになっているのか、私には判断がつきません。

ただ容易に想像がつく点は、医師の主な顧客が現在よりも更に高齢者中心になることと、現在問題となっている医師の労働環境改善のために、医師の供給量を増やしたり、AIなど医療技術の発達を推し進める機運が生じること。

医師は弁護士などとは異なり、国家試験に合格することが既に当たり前の世界ですから、供給量を増やすためには、医学部自体の新設または拡大を続けるか、あるいは士業の世界のように専門分野を予め絞った集中的な人材育成により育成期間を短縮するか、あるいは外国医師免許による労働の解禁を行うか、というようなことが考えられるでしょう。

いずれを選択するにせよ、医師であることが現在よりも特別なことではないかもしれない社会、あるいは、現在のような診療科や勤務形態に関わらす医師として一括りとなっている現状に対する変化が訪れるかもしれません。

つまり医師であることのステイタスや報酬が、大きく変わるかもしれないということ。

そんな20年先の未来の現場に立った時、その選択を後悔しないために、君が医学部を目指す理由が何であるのか、早い段階で考えてみるのが大切ではないでしょうか。

その目的が、医師となって社会に貢献することであるのか、医師となって自己の利益を追求することなのか、あるいは医学部に入学すること自体が直近の目的なのか、どのような理由であれ、今後医師として歩む長い道のりの過程において、何度も後悔を促すような社会環境の変化が生じるのではないかということです。

私が大学を選択する時代には、医学部を志すことは、受験学力だけではない何か特別な意思によって、見えざる壁をブレイクスルーした者が選択する道だったような感覚があります。

現在の医学部を目指す機運の高まりは、そうした見えざる何かを大衆の力で抑え込んでしまった結果のようにも感じます。つまり医者となることは、倫理を伴った特別な何かではなく、幼少より積み上げた受験学力を体現する自己表現の一つなのだと。 

今ここで、医師ですらない一人の保護者がお伝えできる一つのことは、医師であることの価値が、良くも悪くも、君が医師として歩み始めるその時代には、現在とは異なるだろうという単なる戯言です。

 

医学を継ぐもの

 兄の長男は、現在国立大学の医学部生。

その進学の選択に、彼の祖父となる実父の何十年も変わらない医学部推しの影響があったのかは定かではありません。

ただ分かるのは、兄も私と同じように、子の将来に対して特別な誘導を行う種類の親ではないということ。そしてそれはつまり、継ぐべき医院を持たない勤務医である兄の長男が、語らずとも父の背中を見て、自らの意志で選んだ医学への道だということです。

それは兄にとっては、家族に対する複雑な思いを持ちながらも、医師として社会に貢献してきた実績への子からの最大限の評価であり、医師としてだけではなく一人の父親としても報われたような、嬉しい気持ちがあったのではないかと思います。

君が医学部を志望する理由は何ですか?

その答えは面接のためではなく、君が今、将来にわたって揺るがない強い気持ちを確かめるために、自らに対して答えてみるべき質問かもしれません。

ではまた次回。


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