2021年4月15日更新:
2018年11月17日に開催されたCEES(進学基準研究機構)が主催する、『高大接続改革から始まる新しい学びの潮流』シンポジウムでは、
- 早稲田大学 須賀 晃一
政経学術院長(現 副総長)
が、高大接続改革に向けた教育への思いを熱く語る会となりました。
今回は、当時無謀とも思われた、早稲田大学政治経済学部の入試改革に込められた、小中高生に向けた学びのメッセージについて考えます。
2021年 早稲田政経学部入試配点
早大政経学部では、2018年6月時点で他学部に先行して入試改革の内容を発表しています。200点満点の配点は、概ね次の通りです。
- 100点(50%)共通テスト
- 30点(15%)英語外部検定
- 70点(35%)日本語・英語の独自試験
- 配点無 :主体性、多様性、協働性経験
つまり、入試全体の65%は、他校との共通テストということになります。
早稲田政経学部の入試改革の思い
政治経済学部の入試改革は、数Ⅰ・A必須化がセンセーショナルに取り上げられることが多いように思いますが、実際の大学側の思いはもっと別のところにあります。
- 高校で学ぶべき教科は偏りなく学ぶ
- 数学の論理の重要性と理解
- 社会科のすべての教科の重要性
須賀副総長自身の言葉では、「どの高校からでも受験可能にする」というものです。
つまり、従来の早稲田受験用にシフトした、狭義の学びや受験対策に有利な入試問題ではなく、高校で学ぶべき基本を広くしっかり学んだ者が得点できる入試にしたいということです。
同時に、都市部に住む受験対策塾に通う学生だけでなく、地方に住む生徒や所得の低い高校生にもチャレンジの門戸を開きたいという思いもありそうです。
これを形にしたのが、先の入試科目と配点といえるでしょう。
- 65%は共通問題
- 35%は独自問題
そして独自問題については既にサンプルテストが一般に公開されていますが、テストの内容を一言でいうならば、
- 高校で身に着けるべき幅広い教養が日本語と英語それぞれの言語で問われ、それを自分自身の言葉で表現する
ということができるでしょう。
もし仮に、前触れなく来年2019年度入試で2021年型入試問題を出題した場合、全教科記述学習型のカリキュラムを採用している日比谷高校のような学校の生徒の合格率は現在よりも遥かに上がり、現在早稲田合格に特化するようなクラスを設置している私立受験型進学指導を行う学校の合格率は壊滅的に落ちるということが言えるでしょう。
早稲田から小中高生へのメッセージ
早稲田に限らず、今回のシンポジウムで改めて感じたことは、どの大学であれ、大学教育の現場で生徒を迎える教員の立場からすると、高校の段階で基礎教養をしっかり身に着けてほしいという共通した思いがあるということです。
そして受験に特化した小手先の勉強ではなく、日常生活や行事、部活などを通じた学びや協業の経験を大事にしてほしいという願いです。
須賀副総長がシンポジウムではっきりと語ったことは、従来の入試問題は、大学が求める生徒を採用する試験になっていなかったという反省の言葉です。
私自身は早大政経学部の現状の入試問題を全く把握していない立場ですから、個人的想像に過ぎませんが、この言葉を聞いて思ったことは、もしかすると従来の試験は、例えば東大に合格しても早稲田政経には合格できないような作りの入試にしたいといった思いが強すぎたのではないかと感じました。
その結果、逆説的に3教科私大型、早稲田特化型の受験対策が有効となり、それが故に高校生の幅広い教養や学びの体験を大切にしようとする動機を、むしろ大学自身が削ぐ結果となっていたことへの猛省が、今回の入試改革に表れていると認識しました。
政経学部の入試改革を先導した須賀氏が、この11月に副総長に就任した事実は、今後早稲田大学全体が、基本的には政治経済学部と同様の方向へ舵を切るということの意思表示ではないかと感じています。
早稲田から保護者へのメッセージ
そして早稲田からのメッセージは、保護者に対しても発せられています。
- 子どもの本当にやりたいことは何か、しっかり見極める
- 親の期待や願望は胸にしまう
- 子どもの意志や夢、希望を尊重する
この文章は、平仮名や平易な表現が多いことからも、自我の完成した高校生の保護者に対するメッセージというよりは、中学受験や高校受験に向かう生徒や保護者に向けた言葉ではないかという気がします。
本当に偏差値上位校や医学部に進むことが子の人生において最善の道であるのか、親のプライドや願望の押し付けではないのか、今一度立ち止まって、わが子の適性や希望を冷静に見極めてほしいということでしょう。
入試から変えゆく学び
結局のところ、大学側がどれほど理想を語ったとしても、入学試験の運用が大学の理念を反映するものでなければ意味がありません。良くも悪くも受験生が従うのは、アドミッションポリシーよりも入学試験そのものであるからです。
そして必ず受験業界が、入試に対する傾向と対策を敷いてくる。
そういう意味では、大学共通テストや英語外部検定といった汎用試験に頼るのは、大学側の入試運用負担軽減や効率化の実現だけでなく、受験対策の無力化という意味でも効果があるのかもしれません。
正直なところ、早稲田が大学共通テストに期待する役割、「基礎学力は資格」という感覚は、現在都立や公立高校入試で求められる、内申点制度そのものといえるでしょう。
逆に、共通問題が6割を超える入試であるということは、得点差が付きにくい入試であるといえるかもしれません。残りの3割5分で勝敗を決するということです。
そのためには、受験母集団の平均得点が6割を切る程度となるような、難易度設定が求められるでしょう。
現在公表されている日本語と英語での独自長文問題の内容が、どの程度の難易度に落ち着き、入試にない教科の基礎知識がどの程度求められるものになるのか、傾向と対策で乗り切ることができる種類のものなのか、大学側の思いを実現するための入試改革は、まだ未知の領域といえるでしょう。
公立の学びは大学の先を行く
今回のシンポジウムでは、高校代表として、
- 日比谷高校: 武内 彰 学校長
- 北野高校: 恩知 忠司 学校長
が出席し発表されていました。
そしてそこ集まった大学関係者と数百人の参加者が認識したことは、日比谷高校をはじめ、北野高校など全国の伝統校で進められている教育は、新しい入試改革で大学が高校に求める学びを既に越えているという事実です。
早稲田の須賀氏も、大学よりも高校の対応の方が相当進んでいると何度も自戒のように語る姿が印象的でした。
- 3年まで文理クラス分けなし
- 学校行事の充実、文武両道の実現
- 全教科必須型カリキュラム
- アクティブ型の学びの導入
こうした教育は、既に定着している種類のものです。
そして早稲田の取組みを見る限りでは、全国の中高一貫進学校が大学受験に向けて行う次のような対応は、これからの高大接続入試改革ではむしろ消えてゆくのでしょうか。
- 1、2年からの文理クラス分け
- 特進クラスの設置
- 3年生の学校行事の制限
- 入試科目集中型カリキュラム
- 入試演習中心の授業
これまで入試効率が良いとされていたこうした学校の取り組みは、実は大学が求める学びの方向性とは反対の学びであったと認識するに至りました。そうした狭義の学びの姿勢が、今後高大接続改革が進むにつれて変わっていくのでしょうか。
おそらくそれを決定づけるのは、MARCHその他の上位から中堅校が、早稲田の改革の方向性に追従するかどうかにかかっているように思います。
少子化の波も相まって、この先学びの意欲の高い生徒を呼び込むための入試改革の波が、全国の私立大学にも押し寄せることがあるかもしれません。
引き続き、学びの改革について注目していきたいと思います。
ではまた次回。
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