東京都と政府の私立高校無償化について思う

2018年1月8日更新:
私立無償化概略図760万円
 出典:朝日新聞デジタル版


 平成27年12月6日、政府は所得上限590万円未満世帯に対して平成32年度、2020年オリンピック・イヤーから私立高校の無償化を実施する方針を発表しました。

小池都知事が、教育機会平等化のために私立高校授業料の実質無料化を検討しているというニュースが報じられたのは1年前の2016年の年末。そして17年1月に、所得上限を760万円に変更した内容での正式発表がありました。
私立高校無償化については、2017年に一気に議論が進んだことになります。

都立高校進学という観点から見た場合でも、私立高校の無償化は歓迎すべき政策だと思います。理由は以下の通りです。  

都立高校という、高校受験生にとってのフロンティアに入学を許可されるのは、全日制の都立全受験者で見ても、およそ2/3。なかなか厳しい条件です。

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特に、都立高校志望理由の上位に経済的理由を挙げていながら、試験結果によって止む無く私立に入学せざるを得ないという生徒が毎年少なからずいると考えられますから、経済的に負担の大きい家庭の生徒が、無理せず学べるという意味は大きいと思います。

東京都が発表する都内私立高校の学費の状況は以下の通りです。

都内私立高校の学費の平均額

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44万円補助の根拠は上の表にあると思いますが、授業料以外に初年度平均50万程度は準備が必要です。
もちろんその他に、制服代その他の準備費がかかるのは都立も同じです。

 

都立高校は足りないのか?

 入試直前期で恐縮ですが、この段落では都立不合格数の実態を記載します。
この時期、マイナスの情報を避けたい受験生などは読み飛ばしてください。

さて、都立入試の現実は全員入学とはかけ離れた状況です。
東京都教育委員会が発表する、平成28年度の都立高校選抜状況は以下の通りです。

全日制高校

 受検人員: 45,413人
 合格人員: 32,026人(70.5%)
 不合格者: 13,387人(29.5%)

都立高校全体

 受検人員: 74,897人
 合格人員: 42,365人(56.6%)
 不合格者: 32,532人(43.4%)

都立高校を実際に受検(受験)する生徒は、都立第一志望が原則ですから、現状では、毎年約33,000人弱、高校3学年全体で10万人弱の生徒が都立入学が叶わずに私立高校に通うことになるのです。
全日制でみると約3割、都立全体で見ると何と4割強が不合格となってしまいます。

この現実は、東京都が公表している生徒数からも確認できます。


東京都[中学校]生徒数

H29東京都中学校生徒数一覧

東京都[高等学校]生徒数

H29東京都高校生徒数一覧

上の表で平成27年度を見ると、(公立中生徒数)-(都立高生徒数)= 96,511人。

先に見た毎年の不合格者数のちょうど3倍、3学年分になっています。
そしてその分の10万人程度、私立高校生が増加しています。

前々より漠然と、都立高校の数が進学需要と比べて少ないような気がしていましたが、こうして東京都の公表値を見ると、都民の都立高校入学希望が著しく満たされていないことが理解できます。

かといって、都立高校を増やすわけにもいかないでしょうから、せめて経済的な面で、家庭の負担を軽減するのはありではないかと思います。


この都立高校の現状は、歴史的背景や財政面の他に、既存私立高校への配慮という面もあるでしょうから容易に修正がきく課題ではないでしょう。

1890年代に、現在の開成高校が入学者不足の経営難からしばらく公立化されたように、また、現在地方の私立大学の経営破たんが危惧されているように、今後少子化などの影響で経営難に陥る私立高校を都立高校化するという政策は検討の余地があるかもしれませんが、この点は今回の論点とは異なるので触れません。

私立無償化は、こうした都立高校志向に応えられない東京都の代替的な対応としての意味も含まれているかもしれません。 

『教育機会の平等化』のために考慮すべき一線

 東京都は私立無償化の目的を、『教育機会の平等化』としています。
経済的な理由で、学びたい高校に通えない、不可視の入学制限を取り除こうという表向きの意図がありそうです。

しかし東京の高校受験には経済的な障壁と異なり、越えることが絶対不可能な可視的障壁が存在します。 

都立高校を除くと、従来高校入学者を受け入れてきた進学校が、この二十年近くの間にどんどん減っている現状があるのです。

中高一貫進学校は、なぜグレートウォールを高々と築くのか? - 日比谷高校を志す君に贈る父の言葉


つまり、高校入試枠の設定自体がないという、特定の高校における現実です。
これは経済的障害とは異なり、解決することのできない絶対的な入学機会の喪失です

『教育機会の平等化』という、東京都が掲げる公共利益の観点から見ると、一定の高校入学枠がない学校は、公益教育機関というよりは、私設塾に近いと、東京都が自ら認識することになります。

義務教育でない私設塾、つまり経済的理由の如何にかかわらず個人の判断で通う予備校に近い教育機関といえますから、その学校に対して高校教育の「教育機会の平等」という名目で税金を投入するのは筋が通りません。
大学進学予備校費用に対して行政から補助金が支給されたら、通わない家庭の保護者は誰でも抵抗感があるでしょう。同じ理屈です。 

経済的な壁よりも、この高校入学枠の喪失の方が、高等学校教育機会の平等に障るのは紛れもない事実です。

ですから一定の高校入学枠、例えば全校生徒の2割など、一定の条件を満たす学校のみに対して、無償化の対象とするのが「教育機会の平等化」における平等と思います。

ただ実際には、この「教育機会の平等化」という目的は、所得論争を避け、制度導入を早期に実現するための政治的な意図をもったお題目であったかもしれませんので、多くの都民が声を上げない限り、上記視点が議会の論点になることはないでしょう。

私自身、その線引きを実際に求めているわけではありません。

ただ、高校入試を経験した一保護者の立場から、特定の中高一貫校が自らの利益実現のために高校入学機会を閉じているという事実に対して、教育委員会関係者や学校関係者にもっと意識してもらい、現状を少しでも改善してほしいとの潜在的な声をここに代弁しているのです。

では次に、高校入学枠の実態を確認してみましょう。



『教育機会の平等化』の精神に反するのか?完全一貫校

 まずは都内私立の高校募集枠がどの程度あるのか見てみます。
詳細を知りたい方は、以下のURLから確認ください。

平成29年度 都内私立高等学校入学者選抜実施要項|東京都


平成29年度 高校募集状況別学校数

高校入学枠一覧

表からは、平成29年度は48/232 =20.7%、2割の学校に高校入学枠がありません
ちなみに、注3の東京学園とは、河合塾が高校市場参入のために経営に参画する新設の中高一貫校です。ここも近年高校募集枠を閉じた学校の一つですね。

 

平成29年度 非生徒募集校の内訳

 高校入学枠のない高校、つまり完全中高一貫校は以下の通りです。

  • 男子校 11校(11校)
    暁星、麻布、芝、高輪、海城、早稲田、独協、攻玉社、駒場東邦、東京都市大学附属、武蔵

  • 女子校 35校(36校)
    大妻、共立女子、女子学院、白百合学園、雙葉、三輪田学園、和洋九段女子、頌栄女子学院、聖心女子学院、東洋英和女学院、普連土学園、山脇学園、学習院女子、跡見学園、桜陰、中村、香蘭女学校、品川女子学院、鴎友学園女子、恵泉女学園、昭和女子大学附属昭和、聖ドミニコ学園、田園調布学園、田園調布双葉、目黒星美学園、実践女子学園、東京女学館、大妻中野、光塩女子学院、立教女学院、女子聖学院、富士見、吉祥女子、晃華学園、大妻多摩

  • 男女校 2校(2校)
    渋谷教育学園渋谷、穎明館

  (  )内は平成28年度の学校数

そして最近では、成城学園が平成30年度を最後に高校募集枠を停止することが発表されています。

個人的には、高校募集枠を設定するかどうかは学校側の経営判断だと思います。
一方で、高校入学枠のない完全一貫校は、憲法第26条「その能力に応じて、等しく教育を受ける権利」にそもそも違反しているのではないかという思いもあります。

ただ繰り返しになりますが、東京都が高校教育の機会平等化という目標を掲げる以上、高校募集枠のない学校は、学校に求められる公益性が十分担保されているのか?という議論はあってしかるべきだと思います。
この点は、今回の制度導入を機にもっと社会に広く認識されてよい、東京の高校市場に存在する課題の一つです。

税金の使用目的や金額などが理由で私立高校の無償化に反対する保護者の方があれば、むしろこちらの論点にご立腹いただいた方が、今回の場合は正しいという気がします。

これら2割の中高一貫校は、男子校は概ね難関大学合格のための6年制予備校、女子校は淑女教育のための6年制準備校といったイメージでしょうか。
該当する学校の経営者や理事会は、教育機会の平等精神に反して教育結社を運営していると強く認識し、結社の利益達成のための人材開発だけでなく、社会の公益性に資する人材の育成にも力を注いでほしいと願います。

その意味では、難関進学校の中でも開成高校などは、引き続き高校入学枠を確保する方針を打ち出していますから、大いに評価すべきでしょう。

いずれにしても、こうした学校に通う家庭については、高校無償化の対象となるような、年収760万や590万未満の家庭は元来少ない、というのが世間のイメージでしょう。

 

実は高くない?私立通学家庭の所得水準

 都の当初検討案で、個人的に特に興味を持ったのは次の文章です。

『都内の私立高校については現在、私立高生の半数の8万5千人程度にあたる910万円未満の世帯を対象に、、、』

この910万円という制限は、都立高校授業料の無償化の適用と同じ所得制限を意識しているものと考えられます。
都立高校の場合も、平成26年度以降は無条件に免除というわけではありません。
正確には、区(市町村)民税所得割額が30万4,200円未満の世帯となりますが、一般的には今回の案と同じく、世帯所得が910万円未満の家庭が対象なのです。

我が家の生活実感から判断すると、親の家に継続して住んでいるなど住居費が発生していない場合を除き、つまり自己負担の家賃なり住宅ローンが発生している場合、東京都内、特に23区内外に在住の子育てサラリーマン世帯における世帯所得910万円は、それほど高所得者とは言えない、もう少し正しく言うと、フリーキャッシュフローに余裕がないのが実情だと思います。 

東京で私立高校に通う家庭の半数が、この世帯所得910万円を下回っているということは、実質的には、家計に無理をして私立に通わせている家庭の方が多い、ということを物語っていると思います。

個人事業主が会社を設立して、見かけの所得を抑えているというケースもありますから一概には言えませんが、サラリーマン家庭において上記金額を下回った世帯年収で私立に通わせている場合は、今回東京都から正式に認定される、家計に無理をしている家庭に該当するでしょう。

ただしこの中には、公立中学から私立高校に入学した生徒も含まれますから、もしかすると公立組が多くを占めるのかもしれません。その辺りの実態は分かりません。


いずれにしても、23区で住居費が発生している場合で、私立通学と併せて高級車などに乗っていれば、世帯所得1,000万円程度あっても、家計は相当苦しいでしょう。
大手企業の高所得サラリーマンでも、会社の社宅補助的な制度で家計が何とか成り立つ家庭は案外多いと思います。

見かけと家計の実情は往々にして異なります。
東京は、高収入で華やかなイメージの貧乏父さんの多く住む街です。

 

私立無償化が日比谷高校に与える影響

 さて、本ブログで一番検証すべきは、都立トップ校への影響かもしれません。

ただし結論から先に言えば、私立高校が実質無償化しても、日比谷高校をはじめとする都立トップ校や進学重点校への進学希望志向には影響はないと思います。 

その選択の理由は、もしかすると子供と親では異なるかもしれませんが、
 1)高校入学生の自主自律の確保
 2)高校からの進学実績
 3)ブランド力
 4)卒業生の社会的人脈
 5)学費
我が家にとっては、今回の特集である、4)社会的人脈(学校群制度以降で見た卒業生)を除けば、日比谷が勝ると判断したわけです。
ただ4)にしても、学校創立以来の歴史的な人脈で見れば、どちらかに優劣をつけることができるような状況にはないわけです。
週刊ダイヤモンド「最強の高校」にみる日比谷高校の軌跡 - 日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

 
上記は、開成や大学附属校に進学せず、日比谷高校を選択したわが家の理由です。

仮に授業料だけでなく、入学金や施設費などの経済的な負担が都立と全く同じになったとしても、この条件で進学先を選択する限り、結論は変わりません

日比谷など都立トップ校を目指す受験生の大半は、国立大学進学志向だと思います。
そしてその場合、「開成高校卒業」など、特定の学校への強い憧れや思い入れ、人脈等に興味がないのであれば、現状では都立という選択肢は、一番自然なように思います。

もしかするとそれ以前に、子供が公立に通うこと自体が許せない、という価値観の保護者の方は一定数存在するかもしれません。

いずれにしても、高校生活の充実と進学校としての機能を考慮すると、高校からの進学を考える場合は、やはり都立優位は引き続き変わらないように思います
ネット上では、私立無償化が実現すると、都立から私立に受験生が流れるという情報も散見されますが、もはやそういう状況ではないでしょう。 

都立志願者へのプラスの影響

 私立授業料無償は、むしろ都立受験者にプラスの意味で影響があるかもしれません。

田園調布高校のように2次募集枠のある高校もいくつかありますが、進学上位校の2次募集はありませんから、トップ校や進学重点校を目指す受験生にとって、都立受験機会は人生で1度しかチャンスがありません

このため、経済的に私立通学が絶対無理という家庭の場合、上位校に進学する実力がある場合でも、ランクを一つ二つ落として合格確実性を優先するという場合があります

こうした家庭の受験生にとって、私学がこれまで程負担にならないのであれば、私立の併願校を抑えた上で、都立の受験ランクを落とさずに積極的に本来の第一志望の学校に挑戦する、という動機が生じる可能性はあります

これからの受験生である君にとっては、自分が本当はどの学校に行きたいのか、家庭の経済的理由を抜きに検討することができる機会に恵まれるとよいと願います。

そして私立中高一貫校の場合は、義務教育機関である中学校は有償、任意教育の高校は無償という捻じれが生じますが、高校無償化の所得制限である東京都の760万円、政府案の590万円を考えると、中学から私立へ進む家庭についてはもともと所得制限にかかっている家庭が多いと考えられるため、それほど大きな影響や混乱はないでしょう。

むしろ、私立無償化による明確な所得線引きによって、親子共々、私立高校内での新たな潜在的いじめの原因となる可能性もありますから、経過観察が必要でしょう。


入試制度も小中高大すべての学校も大きく変わろうとする中で、保護者としては、学校教育に対する今後の国政および都政の影響をしっかりと確かめなければいけない、そう思います。

明日から3学期、私立受験目前の君は政策の動向は気にせず、抑えとなる私立受験本番に向けた体調管理には気を付けて、残された時間を有効に過ごしてほしいと思います。

ではまた次回
  

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