ああ 若き日の喜びに 「合唱祭」~高みを目指す藝術的心

2018年6月18日更新:
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 6月となると待ち遠しいのは合唱祭。

それは子供の頃のクリスマスイベントのように、親にとっても待ち遠しい日。
ただ生徒が歌い続けるだけのこのイベントに、なぜだか心惹かれるものがあります。

武内校長が『学ぶ心に火をともす8つの教え』の中で合唱祭について、

「先輩が後輩たちに力の差を見せつける行事」
「自分達の目標を胸に刻む行事」

と表現していますが、保護者にとっては、

「日比谷生の親である喜びを実感する行事」
「高校時代の青春の日を想いかみしめる行事」

ではないかと感じます。
そしてこの合唱祭は、進学実績だけではない日比谷高校の藝術面での造詣の深さを垣間見ることが出来る行事でもあります。

今回は、体育祭と同様に非公開のため、その内容について一般に知られることの少ない日比谷高校三大行事の一つである合唱祭についてご紹介したいと思います。

旗照夫先生の思ひ出

 合唱祭は生徒代表と、OB・OGから成る特別審査委員が審査に当たります。長らく審査員の中心的な存在を担ったのが、昭和27年卒業の旗照夫氏。

事前情報がないまま、1年生の合唱祭で初めて氏の立振る舞いや言動を目の当たりにした際の正直な印象は、一度見たら忘れられない顔立ちを含めた個性の強いキャラクターと、なぜ氏が別格のように扱われているのだろうかという素朴な疑問。

大先輩への敬意なのかなと思いましたが、少し調べてみると驚きます。2016年のパンフレットには氏の紹介として次のようにあります。

・・・昭和27年都立一中(現日比谷高校)卒業。同時にジャズ歌手としてデビュー。ラジオ番組「味の素ミュージックレストラン」のレギュラー、日劇、東京宝塚、梅田、新宿コマミュージカルで活躍。NHK「おかあさんといっしょ」で「ハタハタ坊や」として人気を博す。

しかも、NHK紅白歌合戦に7回も出場しているではありませんか!もちろん歌手として。

昭和30年代の紅白ですから、現在とは比較にならないほど、出場に対する権威が輝いていた時代だと思われます。そして1959年に始まったNHK「おかあさんといっしょ」の初代キャスター、歌のお兄さんの走りです。

生まれは麻布、姉が宝塚のスター、兄は俳優で日本の男性ファッションモデル第一号という、時代がなせる華麗なる一族出身の大スター。

ただし、氏の軽快なトークを楽しみにしていた2017年の合唱祭からは、体調不良を理由に審査員を辞退された旗先生。是非とも審査委員代表として、再び合唱祭の舞台に戻ってきていただうことを願ってやみません。

 どんぐりころころ「梁田賞」

 この合唱祭は全学年での対抗戦であるため、24クラス全体で勝敗が決まります。
武内校長が「実力の差を見せつける」というように、確かに3年生の合唱は1年生とは異なる完成度。

これは秋の星陵祭の演劇にも感じる違いですが、生徒の成長過程が学年の歌声を通じてはっきりと伺えるイベントです。

その中でも、特に審査委員を唸らせたクラスに贈られる特別賞が「梁田賞」

梁田先生は、往年の日比谷高校の音楽教師。
誰もが歌ったことのある、あの国民曲「どんぐりころころ」の作曲者です。

音楽教師、梁田先生は日比谷高校の歴史の中でもっとも偉大な教師の一人と言えるでしょう。
「城ケ島の雨」「どんぐりころころ」などの作曲家として知られている彼は、稀に見る才能に恵まれ、音楽家として世に立てば名テノールとして不滅の名を残したに違いない存在でした。

しかし彼は、自ら求めていた教師の道を選び、大正元年から38年もの間、日比谷高校の音楽教師として、終始一嘱託の待遇に甘んじ、日本一の名門校に集まる若い秀才たちに温かい人間性「情感」の素晴らしさを教え続けたのです。

特別審査員の旗照夫先生も、彼の教え子の一人です。梁田賞はこの先生の名に由来したものなのです。

出典:2016年日比谷高校合唱祭パンフレット

「どんぐりころころ」のメロディーは、日比谷高校の音楽室から生まれたのでしょうか。もしそうであれば、感慨深いものがあります。そして当時多くの著名な先輩たちが、この梁田先生のピアノの伴奏に合わせて歌う歌声と共に、情感豊かな青春時代を送ったことでしょう。

 

日比谷生の藝大進学

 旗氏の女房役を務めるのが谷口OG。
日比谷卒業後、国立音大声楽科に進学されています。その他に、音大に進んだ先輩方が特別審査員に含まれています。

現役世代の藝術面の進学実績を見ると、直近では多摩美と武蔵美にそれぞれ数名ずつ、そして2018年度は東京藝大への進学者があります。

そして最近のOBでちょっとした変わりダネといえば、1994年生まれで東京藝大音楽環境創造科の青柳呂武氏。

卒業後の2014年、19歳で口笛の世界チャンピオンになり、現在も口笛を究める道を歩いている奇才です。最近では、『マツコの知らない世界』に出演したり、活動の場を広げているようです。

そういえば、昨年の合唱祭優勝クラスのピアノ伴奏者も、2016年度ショパン国際ピアノコンクール全国大会の年齢制限なし部門で金賞を受賞しています。
彼は小学生のころから様々な公式コンクールで第1位を受賞しているのがWeb上に記録されていますし、日比谷高校にはそういう生徒が毎年隠れているようです。
東京は、隣にそういう才能がいたりしますから、いつも驚かされます。

校内の進学希望アンケートでは、芸術学部を希望する生徒もいますから、毎年少ないものの藝術方面を目指す生徒も一定数いるようです。そうした生徒が一般入試で合格するのか推薦入試で合格するのか分かりませんが、多様性の面からみると、芸術面での高い才能を持った生徒が身近にいる状況は、学校にとっても他の生徒にとっても非常に好ましいことだと思います。

芸術家の先輩というと、横山大観というビッグネームが先に挙がりますが、有名無名含め、藝術面に対する造詣も脈々と受け継がれているようです。

 

合唱祭の舞台 日比谷公会堂

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 合唱祭の舞台と言えば日比谷公会堂。

1929年、昭和4年竣工当時は都内唯一のコンサートホールです。
日比谷高校は永田町にありますが、実はちょうどこの1929年5月までは霞が関1丁目1番地、現在の検査庁・公安調査庁に、東京府立第一中学校として存在していました。

そしてその場所は当時の住所表示で「麹町区西日比谷町1番地」。
「日比谷一中」の名前で広く知られ、現在までその呼称が引き継がれるのです。

公会堂の工事中、日比谷生は目の前に広がる日比谷公園内に、新しい昭和の時代を象徴するモダンなホールが出来上がるのを心待ちにしていたことでしょう。

しかしその日比谷公会堂も、2016年より長期改修工事に入ってしまったため、しばらくは会場ジプシーが続きます。東京都も正式に発表している通り、首都圏ではホールや劇場などの改修ラッシュのため、プロも一般の方も皆、大型会場の確保に苦労しているようです。

日比谷高校合唱祭も、正にこの『2016年問題』の影響を受けたかたち。
一番の影響は、保護者席が十分確保できない事でしょう。

日比谷公会堂であれば、1階、上階共に1,000席以上ありますから、生徒も見学者も全員収容できたのでしょうが、昨年から毎年個別に確保すべき昨今の都市型区民大ホールの上階席は、どこも概ね600席程度。
このためしばらくは、お互い譲り合って席を入替わる対応が求められます。

それにしても在校生が3学年で960名程度ですから、600席で保護者や卒業生が全員入りきらないとすると、現役保護者を中心に、関係者出席率の高いイベントと言えるのではないでしょうか。

 

父親も仕事を休んで校歌合唱

 日比谷高校のイベントは全般父親の出席率も高いように感じていますが、平日に行われる合唱祭も、やはり父親らしき年代の男性が散見されます。

実際、せっかく日比谷生の親となったのなら、1度ぐらいは仕事を休んで合唱祭に足を運んでみるのもよいもの。決して主婦や音楽好きだけに向けたイベントではないように思います。

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 優勝クラス伴奏による日比谷校歌の大合唱


特に3年生の親であれば、時間が許す限り全クラス発表後に行われる審査員講評と表彰式まで残り、そして個人的には何といってもこの行事に参加する一番の楽しみである、最後に千何百人で歌い上げる校歌の大合唱に参加しない手はありません。

私自身はわが子の姿を見るよりも、実はこの瞬間のために、仕事を休んで参加しているといっても過言ではありません。

校歌の大合唱の中に身を置くその瞬間の感情は、日比谷生の親である喜びと、湧き上がる若かりし頃の青春の想い出が込み上げる、何とも言えない充足感。日比谷高校のOBでもなんでもない一保護者ですが、生徒が歌い上げる日比谷の校歌は大好きです。

そして妻と並んで子供たちの歌声を聞く喜び。
長い子育ての1シーンを彩る束の間のご褒美。
人生の中で静かに輝く時間です。

実は親が在学中に校歌を生で聞く機会は極わずか。入学式や卒業式といった特別な日を除いては、この合唱祭が唯一ではないでしょうか。
それが1年に一度のクリスマス同様、その日を心待ちにしている理由。仕事を調整して、可能な限り参加しようと努力するのです。  

高校にまで子供の行事を見に行くなど、子離れできない大人の象徴、馬鹿げた行為とみる向きもあるのは十分理解した上で、それでも、何万円か出して鑑賞する興行の世界とはまた異なる、これほど豊かな感情をもたらすコンテンツはなかなかないのではないかと思います。

それは小学校の学芸会を見る目とは異なる、青年期の自分自身の姿を再確認する旅のような、現代の青春像を確かめる過程の一つというべき行為であるかもしれません。

そしてもしかすると、そこには個としての喜びと同時に、目まぐるしい競争社会の中であまりに弱く何者でもない小さな存在である自分自身が、ライ麦畑の子供たちを静かに見守り寄り添うような、そんな気持ちが心のどこかにあるのかもしれません。


さて、いかがでしたでしょうか。
合唱祭は、『学ぶ心に火をともす8つの教え』で語られた子供たちの成長の秘密を、目の当たりにする機会。

絶対来るなと子供に釘を刺される保護者の方も、わが子ではなく、テレビで紹介された日比谷高校の取組みや社会の子供たち全体を見守るという気持ちで気兼ねなく、しかしこっそりとわが子の行事に足を運んでみてはいかがでしょうか。

そしてこれから日比谷を目指す小中学生の君は、新しくなった日比谷公会堂という日本を代表する舞台の上で、青春の歌声を響かせるその日を憧れに、日々訪れる学校生活を大切に過ごしてほしいと思います。

ではまた次回。

 


大先輩 旗照夫先生のプロフィール 

合唱祭に続く夏の伝統行事 

年度最初の三大行事

 9月 三大行事唯一の公開イベント