平成30年度 都立高校受験資格の緩和を考える

2017年9月30日更新:

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出典:都立高校に入学を希望する皆さんへ


 毎年9月の第2木曜日には、新年度の都立高校入試についての運用ルール、

『東京都立高等学校入学者選抜実施要綱・同細目について』

が、東京都教育員会ホームページ上で公開されます。
例年のスケジュールで行くと、今年は9月14日に平成30年度入試についての要綱が正式発表されるはず。

来年度は、進学指導重点校の自校作成問題の復活が大きな話題ですが、それ以外にも、都立高校受験希望者全体に影響するような看過できない変更点が発表されることになっています。

その一つが、保護者同居に関する制限緩和です。

 

都立応募資格緩和の概要

 平成29年度までは、都外からの転入受験の場合、入学日までに家族全員で都内に同居することが受検資格に定められていましたが、平成30年度からはそれが一部緩和され、父母どちらか一方と都内に同居の場合でも受験が認められるケースが発生します。

実はこの要件緩和については、6月24日付の朝日新聞デジタル版に掲載されているため既にご存知の方もあるかも知れません。
その記事のタイトルは、

『都立高の受験資格、一方の保護者が転入でOK 来春から』

となっています。

記事やタイトルからは、例えば地方に実家があり、両親の内どちらかが都内に単身赴任する場合、都内に住む一方の親と同居すれば都立高校の入学資格が与えられると解釈できなくもありません。

もしそれが許されるのであれば、都立高校の志願者は増加するでしょう。
なぜならば、同じ公立高校に進むのであれば、都立高校で学びたい、学ばせたいと考える潜在的な家庭が相当数存在すると思うからです。

仮に私自身が地方に持ち家のあるサラリーマンであったとしても、単身赴任で都内に暮らし高校受験を迎える子供があれば、可能性の一つとして都立高校への進学を検討するでしょう。
都立進学校のような一定レベル以上の学校であれば、子供の将来にとって価値ある選択の一つであると考えるからです。

「都立留学」とでも呼ぶべきその選択は、大学から下宿に送り出すよりも拠点がある分ずっとリーズナブルであるし、何より将来社会で活躍する人間に育ってほしいと願う保護者にとっても本人にとっても、日比谷高校のような進学校であれば思春期を過ごす学び舎や生活環境として魅力を感じます。
それは地方で事業を営む経営者が、跡継ぎを早慶などの伝統附属に中学高校から送り出す感覚に近いかも知れません。

あるいは、地元に仕事のある父親を残し、母子が都立受験のために転入してくるという、学校群制度以前に見られたような状況も発生するかもしれません。

後で取り上げる教育委員会の公式報告書の中でも、実際に、都立高校は都外から通いたいという希望が多く人気があると、都教育委員会自身が認めています。

しかし先のタイトルから想起されるような様々なケースで入学が可能となると、ただでさえ狭き門である都立高校の入学枠が一層狭くなってしまいます。
都内に住む保護者としては穏やかならざる状況となるでしょう。

本当にそんな大幅な緩和に舵を切るのでしょうか?
それとも新聞のタイトルは、読者の関心を惹くために、敢えて思わせぶりな表現としているのでしょうか?

 

都立応募資格緩和の影響

 仮に特別な制限を設けずに、父母のどちらか一方と都内に転入すればよい、という運用ルールが適用された場合、どのような状況が発生するか考えてみましょう。

学校側から見た状況の変化

 単身赴任者との同居に対して無条件に都立高校の受験資格が与えられるのであれば、例えば日比谷高校の場合には、現在よりも入学難易度が上がると同時に、学校の魅力が更に一段向上するように思います。

なぜならば、広い地域から意識ある多くの優秀な生徒が集まることで、入学者の学力レベルの底上げが図られるだけでなく、学校固有のパトスやエ-トス、つまり校風とでもいうべき校内の空気、生徒や教師の日々の営みや切磋琢磨の蓄積によって醸し出されるアカデミックな学内環境の質的向上が進むと考えられるからです。
進学実績の向上はもちろん、学校文化が育む文学的、芸術的、哲学的な多様性や魅力について今以上に増すことでしょう。

他の学校についても同様の効果が表れることで、都立伝統校が今以上に輝きを放っていた、学校群制度以前の状況に一歩近づくことになるかもしれません。


保護者側から見た状況の変化

 一方で、元来都内に暮らす多くの都民からは、要件の緩和に対する不満や批判が発生することに繋がり兼ねません。

なぜならば先に記載した通り、日比谷に限らず有力校や人気校への志願者が増えることで、入学倍率や合格難易度が今以上に厳しい状況となる懸念が高いからです。朝日新聞の記事にも、競争が厳しくなる不安への言及があります。

同時に、文科省が地方の私立大学に配慮して、東京の私立大学が学生を集めすぎないように定員制限をかける昨今の状況とも矛盾が生じることとなります。
都民だけでなく、千葉や神奈川などの近県の高校も穏やかではないでしょう。

都立受験対象者が突然大きく増加することは、受験生にとっても保護者にとっても、生徒を送り出す中学校に対しても、またこれまで都立改革を一歩一歩進めてきた高校や教育委員会自身にとってもあまり良いこととは思えません。

なぜならば、都立改革に伴って順調に回復してきた一般都民の都立高校への期待や信頼を傷つけてしまう可能性があるからです。

私自身も保護者の立場として、入学資格の突然の大幅緩和は受験生や保護者をはじめ、学校関係者にとっても強い戸惑いと不安を招く結果となることから、多くの方にとっては歓迎すべきものではないように思います。

ライバルが増えるのは、受験生にとっては嬉しい状況ではありません。


実際には影響は限定的

 しかし幸か不幸か実際のところは、「一方の保護者が転入でOK」といった単純な条件では受験資格は得られないようです。
つまり、先に挙げた一般的な単身赴任父子や受験資格を得るための母子転入のようなケースには応募資格がない、ということが教育委員会の考えのようです。

 真にやむを得ない事情に対応する

ことが制度変更の趣旨だからです。

では真にやむを得ないとはどういう状況のことでしょう?どのような場合に同居要件の緩和が適用されるのでしょうか?

東京都教育委員会では、応募要件が緩和されるに至った経緯について、報告書という形で公表しています。この報告書の内容を見ることで、都教育委員会の考えが理解できるはずです。

そこで次からは、この入試検討報告書を参照しながら、制度変更の実質的な運用ルールの中身を確認してみたいと思います。

 

都立高校入学者選抜検討委員会

 東京都教育委員会は、教育関係者と有識者および保護者代表から成る検討委員会を設置し、毎年の入試結果について成果と課題の検証を行うと共に、その結果を毎年7月の第4木曜日にホームページで公表しています。 

平成29年度も上記スケジュール通り、7月27日付で公開されています。

『平成30年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書』

この中に、今回の受検資格緩和に至る経緯が議論の内容と共に記載されています。

では応募要件の変更に絞って、早速報告書の中を見てみましょう。
尚、受験資格の変更については7月6日に集中審議が行われていますので、以後の引用文章部分については同日の審議内容ということになります。

都立高校入学者選抜の応募資格の一部変更

 平成28年度入学選抜までは、都内の中学校在学者や震災に伴う被災者で特別な事情がある場合等を除き、都内に父母とともに同居することと定めていた。

このことについて、平成29年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会において、外部有識者から全日制の高等学校における都外からの受験関する応募資格について、次のような意見があった。


平成29年度入試では、都立応募資格として、「保護者とともに入学日までに都内に転入することが確実な者」と定められていましたが、検討委員会ではこの点に課題があると指摘しています。

 一家転住を基本とする応募資格には課題があるのではないか。近年家庭の在り方も多様になっている。様々な理由で両親とともに都内に転居することが難しい家庭もある。他道府県からの転移の場合も含め、全日制課程の高等学校への応募資格について検討する余地があるのではないか・・・・平成30年度入学者選抜を実施するに当たり、都外在住者等の応募資格の一部変更が昨年度からの懸案事項とされてており、応募資格を一部変更するに当たっての課題等について、検討することとした。


このような課題に対して検討委員会で出した結論は以下の通りとなります。

 近年、家庭の在り方が多様化しており、やむを得ない事情により、両親とともに都内に転入することが難しい場合がある。このことに配慮し、平成30年度入学者選抜から、都外在住者の応募資格については、現行の「保護者が父母である場合は父母とともに入学日までに都内に転入することが確実な者」を前提とするが、特別の事情により、父母のどちらか一方が都内に転入できない場合には、審査をした上で応募資格の有無を判断する。

 
要するに結論としては、「父母と入学日までに都内に転入すること」という基本要件は変えないものの、状況に応じた例外を認めるということになります。

しかしこれだけでは悩ましい。
「特別の事情」というものがはっきりしない限りは、制度運用として固まりません。

この点は報告書でも気にしているのか、上記結論に至った経緯となる委員会メンバーの発言を掲載しています。

 

特別の事情とは何か?

 結論から言うと、審議が行われた7月6日の時点では、この肝心の「特別の事情」については結論が出ていません。委員会内部でもこの点は悩ましい課題であることが、公表された審議の内容からみて取れます。
ではそれぞれの立場毎の見解を見てみましょう。

中学校長意見

・保護者の一方が「特別の事情」で都内に転住できないことをどのように証明するのか。証明を求めることはプライバシーに立ち入ることになる。

・「特別の事情」を高等学校長が判断するのは負担が大きい

真にやむを得ない事情に対応するものであることが明確になるような表現にしてほしい。

・都内に転居予定がないにもかかわらず、この制度を利用して人気のある都立高校に都外から受検者が集中する懸念がある。

・今回の応募資格の一部変更によって入学する生徒が保護者の一方と都内に同居していることを、入学後に確認する必要がある。


高等学校長意見

・応募資格審査を高等学校長が行う場合、保護者要件の明示が必要

「特別の事情」に合致しないことが後から判明した場合、「合格を取り消す」等の文言を実施要綱等に明記しないと適用が難しい。

都内に勤務場所がある父と志願者が都内に転居したら応募資格があるというように、実際には応募資格がないにもかかわらず、応募資格があると誤解されるおそれがある。


中学校・外部有識者の意見

人権的な観点からも、応募資格における保護者との同居に関する要件変更は必要

・この応募資格の一部変更による応募状況等への影響は未知数であるため、今後追跡調査が必要


東京都教育委員会の方針

要綱等への記述を十分に検討する。

・実施要綱説明会や事務取扱要領説明会において、「特別の事情」等の保護者要件について丁寧に説明する。

・高校での資格確認に際し、真にやむを得ない事情がある場合に限ることを徹底する。

・高校と都教育委員会が連携し、円滑な応募資格審査の実施を可能とする。

・都外受験者数、応募資格審査の状況等、変更に伴う影響や課題などについて調査を行い、来年平成31年度入試検討委員会で検討する。

 
以上が入試検討委員会で検討された内容に関する報告書の開示事項の全てとなります。

父母との同居要件の緩和は、「特別の事情」の場合のみ適用される、という点は明確に理解できますが、結局判断の根拠として一番大切な「特別の事情」の具体的な内容については触れられておらず分かりません。

分かることは、保護者同居の緩和に際しては、人気校を中心に都外から都立高校への志願者が増加するという認識が入試検討員会に共通してあるという点。
そして善意にしても悪意にしても、応募資格がない志願者をどのように確認して排除するかが現場の課題として残るという点ではないでしょうか。

いずれにしても、運用の混乱や不公平感を払拭する意味においても、特別な事情に対する明確な線引きが必要になるでしょう。
9月14日に発表される平成30年度入試の要綱において、この点がどの程度具体的で明確にまとまっているのか注目です。

 

都立高校に入学を希望する皆さんへ

 来年度都立高校入試準備に関して、本年度の教育委員会の対応が例年と大きく異なる点が一つあります。

それは、毎年6月の後半に発表される次年度入試向けガイドブック、『東京都立高等学校に入学を希望される皆さんへ』が本年度は未だ公表されていないことです。
平成30年度版は、例年から3か月遅れの9月21日付で公表されました。

例年この冊子に都立入試に関する具体的なQ&Aが記載され、運用ルールに関する判断事例が具体的に示されるのです。

例年要綱には入試制度の大枠について、「皆さんへ」には具体的な運用方法についてそれぞれ言及があります。二つの資料が内容を補完しながら、都立高校入試の運用ルールを受験生に示しているのです。

おそらく今年「皆さんへ」の公表が遅れている大きな要因の一つは、ここで取り上げた同居要件の緩和対象となる「特別の事情」について、Q&Aとして具体的に明記できる段階になかったからではないかと思います。
6月時点ではまだ議論が完了していないのですから、記載しようがないのです。

朝日新聞の記事が出たのは、まさに例年「皆さんへ」が公表される直後のタイミング。
本来であればもっと具体的な内容が記載されていたはずです。

ですからこの9月には、要綱と同時期に、来年度入試向け「皆さんへ」が公表されるでしょう。
そしてそこに、受験資格に関する緩和要件の具体例がQ&Aとして掲載される。
そのような段取りになっているのではないかと思います。

いずれにしても、間もなく公表される平成30年度入試運用ルールについては、受験資格の緩和に賛成の方も反対の方も、どの程度の緩和が実施されるのか、それが具体的かつ明確に記載されているのか、確認すべき内容の一つであることには違いないでしょう。

特に現在、都外からの転入受験を検討している保護者の方は、早めの情報収集により、実際に受験資格が得られるのかどうか確認が必要になりそうです。


わが家が海外赴任をした際には、会社から家族全員の住民票の除籍を求められました。
つまり、海外赴任中は日本国内に住民票がない状態。このため民主党政権時代の子ども手当も一銭も受け取れないという理不尽さを感じたものです。

そしてそのような状況の場合、都立高校入試準備のために先に妻子供は東京に戻すとしても、従来のルールでは父親が4月までに帰国し転入手続きが終わる見込みがなければ都立受験資格が得られなかったかと思うと、仕事上のやむを得ない理由による要件緩和もあってよいのではないかと素直に思います。

被災だけでなく、介護をはじめ離婚調停や国際結婚による問題など、様々な特殊事情がそれぞれの家庭にはあることでしょう。

ですから緩和の線引きはなかなか難しいと思います。

ただし線を引く以上は、全員が明確ににその線を理解し守ることができるルールとし、単に声の大きなものが融通を利かされるような不合理な状況が生じないよう、教育委員会にはしっかりとした信念をもって制度の変更に当たってほしいと思います。

そして受験生の君が、毎年少しずつ変わる受験制度の変更に惑わされることなく、どのような制度やライバルが登場しても自信をもって第一志望に出願できる力が獲得できるよう、陰ながら応援しています。

ではまた次回。

 

平成30年度都立高入試検討委員会報告書


都立受験資格緩和要件の具体例Q&A

平成30年度自校作成問題の傾向

平成30年度自校作成問題復活の理由