子供たちの学び舎に木の優しさを ~木造校舎のすすめ

f:id:mommapapa:20180425002249j:plain

栄光学園校舎構造/出典:木造建築等技術先導事業報告書(国土交通省)

 平成30年度の東京大学合格実績で存在感を示した神奈川県の栄光学園。その成果を陰で支えた理由の一つとして挙げられるのが、同校創立70周年を記念して建て替えられ、2017年春にオープンした木造の新校舎です。

あまり知られていない事実ですが、事業費50億円規模のこの校舎建て替え事業に対し、4億5千万円程の建設費を国が補助しています。その補助金は、学校や市町村庁舎のような中大規模の木の建物の普及を目的としたものであり、世間を騒がせた森友学園が不正に受給し、後に返還した補助金と同じ国の予算です。

あの放置されたままの森友学園校舎も、実は建物だけを見れば、内外装にふんだんに木材を使った、これからの校舎としてお手本となるはずの建物だったのです。

では何故現在、木の学校校舎などに多額の補助金が支給されるのでしょうか?
今回は、日本の山林資源の現状にも触れながら、学習環境と森林環境や国土保全の観点から、木の学校を増やす意義について考えたいと思います。

 

木の学び舎が増えている

 実は最近、公立私立を問わず、木材を積極的に使用した学校や幼稚園、保育園が全国的に増加しているのをご存知でしょうか?

実際に訪問すれば理屈なしに理解できることですが、木の学校は本当に魅力的です。
特に裸足で走り回ったり寝転がったり、手で触れたり香りを楽しんだり、五感を通じた遊びが重要な教育要素となる幼稚園や小学校の学び舎として、自然素材である木材という材料は最適ではないかと感じます。

わが家の周辺の小中学校も昨今建て替え時期を迎えていますが、できれば木質感あふれる教育環境に生まれ変わってほしいと強く願っています。

なぜそう感じるのか、それは百聞は一見に如かず、実際の空間を見れば語らずとも伝わる何かがあるのではないでしょうか。

f:id:mommapapa:20180429164956j:plain

画像出典:全国に広がる木の学校(文部科学省)

f:id:mommapapa:20180429170029j:plain

画像出展:栃木県ホームページ

どちらも5年程前に建てられた、上は福島県の幼稚園、下は栃木県の公立小学校です。どちらもよく知った建物ですが、小学校の方は実際に訪問したことがあります。

写真では校舎の香りや肌触り、音の響きなどが伝わらないのが残念ですが、木の学校を訪れるたび、豊かさや優しさを感じる空間の中でわが子を学ばせたいと強く感じます。従来のコンクリート剥き出しの箱型の教室と比較して、木に包まれた教育空間は情操教育にとって多くのものをもたらすように思うからです。

 

国が木の建築を推進する理由

 最近、街中のカフェやショップだけでなく、福祉施設や大規模な商業施設などでも、内装に木を多用するのが流行りといえるほど、この数年で公共空間の木質化が一般的になった感があります。新国立オリンピックスタジアムをはじめ、都心のビル自体を木造で建てようとする動きも、近頃では活発になりつつあります。

ここ数年内に生じたこの流れの原因は何でしょうか。個人的には従来のモダニズム建築を支えてきた鉄やガラスやコンクリートといった工業製品と比較した場合の、木という自然素材が持つ以下の5点が挙げられると考えています。

  • 人間に与える効能、親しみや柔らかさ、ぬくもりといった感覚が優れている点
  • 従来弱点とされてきた、耐火や耐力的な弱点を克服する技術が確立した点
  • 法律の改正等により、大規模建築に木材を利用できる範囲が広がった点
  • コンクリート打ち放しのような既に見慣れた表現と比較してむしろ斬新で、多くのデザイナーの創造力を掻き立てるという点
  • 大規模建築への木材の使用量を増やすために、国が多額の補助を行っている点

特に、国が多額の費用を助成して、非住宅系の中大規模木造建築を増やそうとしている点は見逃せません。戦後に建設された学校や庁舎の建て替えが日本各地で進む中、予算の厳しい地方公共団体の教育関係担当者や施設整備担当者にとっては、木の空間のもたらす生理的な効果とは別の動機ながら、施設を整備する段階で予算確保のための実利的に大きな魅力に映るからです。

国が一定規模の木造建築を推進する理由は、現在日本国内には、戦後造林した人工林が利用可能な資源として大量に備蓄されているにも関わらず、逆に国産材による木材自給率は戦後一貫して低迷し、その使途が十分確保できていないからです。

f:id:mommapapa:20180430003858p:plain

出典:林野庁資料

このグラフは、ちょうど都立高校に学校群制度が導入される昭和40年代から現在に至る、この半世紀の日本の森林資源の蓄積量を表したものです。

天然林の絶対量にほとんど変化がない反面、人工林の蓄積量が純増しているのは、戦後植林した人工林が成長して材積を増やしているからです。つまり、戦後生まれの子供たちが現在働き盛りの大人に成長し、活躍の場を待っているという状況を示しています。

f:id:mommapapa:20180430005816p:plain

出典:林野庁資料

次のグラフは、先に見た増加する人工林資源の樹齢毎の推移を表したものです。

林業における『齢級』とは、5歳毎の樹齢を表しますから、齢級に5をかけた数字が概ねの樹齢に当たります。つまり昭和41年当時、15歳未満の子供が大部分だった日本の森林が、50年経って40代から60代の働き盛りに成長する推移を示しています。

そしてこのグラフは、実は日本の森林環境の危機的状況を示している図でもあります。それはすなわち、

  • 現在日本の森林には、利用期を迎えた植林木が、文字通り山ほど蓄積されたまま使われずに眠っている。
  • 逆に若い植林木が全く育っていない。

昭和41年、56年のグラフ推移からわかる通り、国内の森林資源が利用されなければ、グラフの形状を保ったまま、時間の経過と共に右にスライドすることになります。つまり現在50歳前後の人口ピークが、若い世代が育たないまま70歳、80歳と変化することを意味します。

これは少子高齢化と呼ばれる日本の人口推移と比較しても、極端に悪い状況です。なぜならば、育った木を適切に切り出し、若い苗を植えることで新陳代謝を促し、健全な森林環境を維持しなければ、数十年後には日本の森林は超高齢化社会を迎え、荒廃が進んでいく可能性が高いからです。

山の荒廃が進めば、昨今社会問題となっている土砂崩れの多発や、水資源の涵養にとっても悪影響を及ぼすことにつながりかねません。

利用期を迎えた木を適切に切り出し、切った後に新しい苗を植える。現在この更新伐採を行うことは、日本の国土保全の観点からも必要なことなのです。本当はこうした状況になる前に、適切な間伐(木を間引くために伐採すること)と植林を繰り返して年齢構成の平準化された森林を維持すべきなのだと思いますが、少なくとも、現在国産の木材を利用することが、日本にとって求められる喫緊の課題であることは確かです。

現在の国産材を取り巻く状況は、国家に例えれば、働き盛りの40代の国民の大半に仕事がなく、子供も持たず日々ブラブラ遊んでいる失業率が50%を超える世界。そんな国はやがて衰退し、維持できなくなってしまうことは明らかなのです。

f:id:mommapapa:20180430013814p:plain

出典:林野庁資料

3つ目のグラフは、戦後から現在に至る国内の木材供給量と国産材の自給率推移を表したものです。一見して分かる通り、高度成長期を通じて国産材の利用比率が急激に減少し、輸入材の利用比率が増加しているのが理解できます。

以上3つのグラフから国が導き出した答えは、

  • 国産材を大量に使う必要がある
  • 国産材を使うため施策誘導する必要がある
  • 木造住宅需要は伸びが見込めないため、非住宅利用を促進する
  • 法律改正で大規模木造への規制を緩和する
  • 補助金により大規模木造建築を増加させる

国は、国産材の大規模な利用先として、従来木造建築の割合が極端に少なく大きな使用量が見込まれる、非住宅規模の建築に期待を寄せているのです。

そのため遅ればせながら2010年には、『公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律』が施行されています。この法律では、2階建て以下の公共建築物は原則木造で建築することを義務付けているため、現在新しく建てられる幼稚園などの多くはこの法律の適用範囲にあると思いますが、現実的には法律を無視して従来通りのコンクリートや鉄骨の幼稚園などが建てられ続けられているのが現状です。

こうした状況を打開するために、国土交通省や林野庁は、教育施設であれば文部科学省とも連携しながら、法令遵守の誘導措置として様々な補助金を設定し、実際に街中の木造公共建築物が増加するように促しているのです。

奇しくも設計者が同じですが、国立競技場が木材を多用し、栄光学園が木造新校舎を建設した背景には、木という素材の持つ人間に対する親和性が見直されつつあるという本来のあるべき姿以上に、上記のような国の政策誘導の影響が強く存在するのです。

バイオマス発電やペレットストーブなどの急激な普及にも、同様の背景があります。

 

国産材が使われなくなった理由

 大多数の方が誤解している事ですが、戦後国産材の自給率が急激に下がった理由について、海外からの安い輸入材に押された結果だというのは正確ではありません。

戦後の復興期には、住宅建築用木材をはじめ大量の木材需要が日本全国で発生したにも関わらず、先の2つ目の赤や青の棒グラフが示す通り、その巨大な木材需要を満たす国産材の備蓄量が圧倒的に不足していたため、外国産材に助けてもらったというのがむしろ正しい認識でしょう。つまり、自由競争に負けて使われなくなったのではなく、もともと存在しなかった、というのがむしろ出発点なのです。

1945年からの戦後 5年間は、臨時建築制限令が布かれ、建設可能な住宅規模が 15 坪に制限される状況があった程です。それほどまでに、国内の木材供給量は枯渇していたのです。

戦後国内の木材資源が不足したのは、戦争のため、森林の健全な循環を無視したまま建材として燃料として、大量の森林を伐採してしまったことが原因です。このため、戦後全国の禿山に一斉に植林を行い、極端なピークを持つ森林資源の分布状況が生じてしまったのです。先の大戦は、日本の循環型の森林経営をも破壊してしまったわけです。

そして皮肉なことに、国産材がやっと利用期を迎える頃には、既に日本の林業は衰退し、輸入材のコストに対して競争力を持つ国産材を供給するための、地域産業のネットワークが失われてしまっていたのです。

現在、原価0であるはずの自分の所有する裏山の森林の木を使って家を建てるコストは、遥か遠い海の向こうから運ばれる外国産材を使う建設費よりも、むしろ遥かに高いコストがかかる状況にあるのです。

しかも国は、「国産材を使おう」とは声高にアピールできない状況があります。

なぜならば、木材産業分野は農産物の米とは異なり、古くから保護貿易の対象となっていないため、WTO遵守を盾とした北米を中心とする諸外国の干渉が強いからです。
この点は、北海道を中心に、中国をはじめとした諸外国が日本の土地を買い漁る状況に対して、国防上の問題であるにも関わらず国が何の手出しもできない状況に近いものがあります。

 

木の学校が失われた理由 

 戦前までは、木の学校をはじめ、木造建築が当たり前だった全国の都市部の状況も、戦後のある時期を境に全く建てられなくなります。

これは先に見た、木材供給量不足も絡むことですが、それ以上に今とは真逆の政策的な方針によるものも社会的な要因として挙げられます。

木造公共建築禁止の推移
  • 戦時中の焼夷弾による都市木造の破壊
  • 復興市街地の火災による被害の多発
  • 1959年9月:伊勢湾台風による15万棟住宅の被害
  • 1959年10月:建築学会による「木造禁止」

1959年を境に、日本の都市部からは木造の公共建築が姿を消すこととなります。理由は都市の風水害防止や不燃化を目的としたものであるはずですが、これを機に、本来木の建築が適当であるはずの情操教育機関や弱者に寄り添うような福祉施設なども、すべてコンクリートの箱へと切り替わります。

そして需要が失われた結果、日本の木を育て、伐採し、製材して供給し、地元の大工が施工するという、森林に関わる地域クラスターと呼ばれる産業ネットワークが全国規模で衰退していったのです。

そして現在では、環境保全や国産材の活用と地域型社会の活性化を目的として、当時とは全く逆の政策を行っているのですから皮肉なものです。国は以下のような循環型森林環境を目指しています。

f:id:mommapapa:20180430120427p:plain

出典:林野庁資料

国産材は、調達コストという経済指標からみれば利用者の負荷が高いのが現状ですが、環境保護や地域産業の育成という面からみれば国民にとっては圧倒的に優位性が高く、社会を豊かにする材料であることもまた事実です。

海の彼方の労働力に頼り、石化燃料を燃やして運ぶ環境コストは、地域住民の労働力を有効活用し、近隣の山から重機を使って搬出するコストと比較して負荷が高いのは明らかです。ただし国産材の自給比率を上げるためには、まだまだ越えなければならないハードルがいくつもあります。

 

森林環境税の有効利用

 現在校舎の建て替えが進む都内の公立小中学校でも、木を多用した豊かな学び舎が増えればよいと思います。その際に課題となるのが、建設コストの問題です。先に見た通り、現在日本各地に地域の良質な木材資源がありながら、それを適切なコストで調達する能力が著しく衰えてしまっているからです。

地方公共団体の視点からすると、木造の公共建築を建設する際には、地元の森林の木を使わないという判断を外すことができません。地域資源の活用を進めてこそ、地域の理解を得られるというのが現実だからです。

このために、国が補助金により公共木造建築の推進と産業の育成を進めているわけですが、補助金額には限りがあるため、全国の学校をカバーするには至りません。

そこで目をつけたいのが、『森林環境税』です。

平成30年度の税制改正大綱に盛り込まれたこの新しい税は、現在住民税から徴収されている『復興特別税』1,000円が2023年度に終了するのを受け、引き続き同額の1,000円を徴収するという形で2024年度より導入されることとなります。

この税は、森林という名前が付けられる通り、行政内の森林面積などに応じて配分されるのと同時に、人口当たりの割かけで全国の行政に配分されることになっています。

例えば山林のない東京都世田谷区でも、概ね毎年1億円程度が、森林環境保全目的として国から交付されることになりそうですが、問題はこれを受け取る行政側の対応です。行政側の心理からすると、使途の制限された新しい税金の使い道を考えなければなりません。これは一般の職員からすると、仕事の負担が増加する鬱陶しい話である場合も少なくないと思われます。

そのため個人的には、この森林環境税こそ、学校を始めとする就学前や初等教育施設への木造、木質化対策に利用してほしいと思います。

東京の場合は多摩地区はともかく、23区内で木造の学校を建築するのは現実的でないことは理解できますが、コンクリートの建物の木質化を進めることは可能です。そして建築を利用する生徒や教職員の心理にとって大切なのは、目や耳や鼻や手で触れる場所に木が使われているということですから、中身がコンクリートの建物でも良いのです。

f:id:mommapapa:20180430134434p:plain

画像出典:板橋区ホームページ

この板橋区の公立小学校は鉄筋コンクリートの校舎を木質化した図書館スペースです。典型的な都市の木質化の事例のように思います。この程度の対応は、木材利用への意識さえあれば、どの自治体でも対応が可能です。

f:id:mommapapa:20180430131614p:plain

画像出典:板橋区ホームページ

この階段ホールは、同じく板橋区の公立中学校の改築後の写真です。中学校本体は鉄筋コンクリート造ですが、内装に日光市の杉材を利用することで木質感溢れる豊かな空間が実現しています。

このレベルになると、発注の段階から木材利用に関する方針を行政が設計者に伝えることが必要になります。木材の使用に積極的な設計者を選定するために、できれば入札ではなくプロポーザルなどで行うのが望ましいですが、難しい場合は仕様条件をしっかり定めることが大切でしょう。

写真を見た方の中には、公立中学校とは思えない立派な空間に批判的な感情を抱く方があるかもしれませんが、それは木という素材が与える豊かさのそのものです。こうした場所で行われる日常のコミュニケーションや記念行事を想像するのは楽しいものです。

都市部の学校は、無理に木造化するよりもこうした対応で十分なのです。

そして木質化するコスト増の部分には、森林環境税を利用すればいい。そうすることで各行政は、資金面での問題をクリアしながら、日本の森林環境保全や地域林業および産業の振興だけでなく、地元の子供たちの豊かな教育環境の実現という、国も地域も環境も子供たちや保護者も笑顔になる、複合的な社会貢献を実現すると共に、行政マンとしての評価も高まるという花マルの対応が期待できるのです。

ですから新しい森林環境税を、是非教育施設の木質化に利用してほしいと思います。 

そして全国の保護者の方は、地域の保育園や小中学校が建て替わる際に、子供たちの心や体を育む豊かな木質空間の実現を行政に意見することをお勧めします。行政マンにとって新しい箱モノの建設に当たっては、議会の承認を得ることと同時に、地域住民やオンブズマンの意見を無視することなどできないのですから。

コストの課題をクリアしながら、日本の豊かな森林環境を守り、地域の誇りとなる親しみのある教育施設を後世に残すことが、学校建て替えの進むこの時期の、我々保護者の役目の一つではないかと感じます。

様々な地域で新しく建てられる表情豊かな木造の学び舎を、ネット上で一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。きっとわが子にも、そうした豊かな教育環境を与えたいと感じる方が多いのではないでしょうか。

ではまた次回。

栄光学園木造校舎および補助金の詳細
栄光学園70周年事業校舎建設計画

木の学校の事例集(文部科学省)
全国に広がる木の学校

木材利用の教育的効果の向上(文科省・農水省)
こうやって作る木の学校(抜粋)

都内伝統小学校の系譜

公立中学校から見た住まい選び