両国高校の英語体験 ~反転授業の始め方

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都立両国高校正門/撮影mommapapa

 6月は都立中学高校の学校見学会が集中して行われる季節。

東京都教育委員会の依頼を受け、両国高校の公開授業に参加しました。両国高校といえば、英語のアクティブラーニングや反転授業で近年メディアにも取り上げられることの多い、高校からも入学可能な併設型の都立中高一貫校です。

今回の訪問では、特にコミュニケーション英語の授業を集中して見学することで、一般的な都立高校でも展開可能なアクティブラーニングの方法論について、自分なりに考えるところがありましたので、公教育の充実のため、その内容について広くお伝えしたいと思います。

今後、英語の4技能試験が一般的となる中で、外国語でのコミュニケーションに対し、どのような授業を展開したらよいか考えます。

両国高校コミュ英の実践授業

 何はともあれ、同校で実際に行われているコミュ英の授業の様子をレポートしてみましょう。今回は、高校1年生と2年生のコミュ英の授業を見学する機会に恵まれ、どちらも授業開始から終了まで50分間みっちり見学しました。

その中でも、1年生のコミュ英Ⅰの方が、初めて反転授業に取り組む英語教師を前提とした場合の授業の組み立てとして参考になると印象に残りましたので、こちらを中心にお話ししたいと思います。

私自身は読んでいませんが、見学した授業は「日比谷高校を抜いた?」が宣伝文句となっている英語学習本の著者による授業ではありませんでしたので、ある意味露出の高い看板教師の授業ではないが故に、逆に日々行われる同校での現実の授業の実力を垣間見ることができたのではないかと思います。

尚、アクティブラーニングは良くも悪くも最近よく聞く言葉ですが、『反転授業』なる言葉はあまり耳慣れません。

反転授業とは、一般的な授業形式とは反対に、映像授業などを用いて家庭で予め知識習得を行い、学校の授業では家庭学習に基づき演習や意見交換などを行うという、従来の授業中に知識のインプット、家庭学習で演習などのアウトプットを行う形式とは正副が反転した授業形態となります。

尚、授業は1科目50分である点、コミュ英Ⅰ、Ⅱ共、授業中はすべて英語で進められる点、および日本人教師(=J教師)とネイティブ教師(=N教師)のペアで実施されている点について前提条件として予めお伝えします。

では早々授業を観てみましょう。

コミュニケーション英語Ⅰ

1)本日のテーマ文紹介

  • プロジェクタでテーマ投影
  • オーディオ音声でのヒアリング
  • 重要語句のN教師リピーティング

2)生徒ペアセッション1
 (着座のまま顔向き合い)

  • 生徒隣同士がペアとなって、テーマ文に関する意見交換
    (全員同時参加でガヤガヤうるさい)

3)N教師の口頭質問

  • テーマ文について、ランダム指名による質疑応答(5、6名)
    (誰が指名されるかわからずシーンとした緊張感)

-----ここまで20分経過-----

4)テーマ文リピーティング

  • N教師の音読で全員一斉リピーティング
    (文節単位の短い区切りで)
    (活字を見ないことが望ましいが、多くの生徒が文字を追っていた)

5)生徒ペアセッション2
 (起立して体向き合い)

  • テーマ文を文節毎に交互に読み合い
  • 最後まで読み切ったペアは着席
    (全員同時参加でガヤガヤうるさい)

6)重要語句シャドーイング

  • N教師の発声に続きシャドーイング
    (活字を見ないことが望ましいが、多くの生徒が文字を追っていた)

7)オーディオ音声シャドーイング

  • 1)テーマ文音声のシャドーイング
    (活字を見ないことが望ましいが、多くの生徒が文字を追っていた)

8)宿題配布

  • J教師による宿題説明

-----ここまで35分経過-----

9)テーマに関する自由記述(5分間)

  • テーマについて自分の考えを紙に展開
    (一人一人黙々と)

10)生徒ペアセッション3
 (ペアと机をくっつけて)

  • 記述内容について、ペアとの情報共有、意見交換
    (全員同時参加でガヤガヤうるさい)

-----授業終了50分経過-----

スモールステップ

 両国高校のアクティブラーニングでは、50分授業の中で行うアクションが目まぐるしく変わっていくのが特徴的です。

事前に家庭でテーマ文について各自予習を行っているかどうかは分かりませんが、基本的には授業中に教科書の使用を前提としない、授業時間内で1つのテーマについてのスモールステップによるアクティブラーニングです。

1回1回のアクションを細かく区切るというのは良いなと思いました。

授業時間50分の中で10の異なるアクションがある場合、平均して5分毎に行動変化が生じることになります。

この内、生徒の能動的な発声時間を考えてみると、すべての生徒が対象となる発声機会は、2)、4)、5)、6)、7)、10)となり、授業の半分以上の構成で生徒の能動的な行動時間が促されています。1構成を単純平均で5分とすると、50分授業内の30分を占めることになります。ペアセッションやつなぎの時間を考慮して、概ね1授業1生徒当たり15分ほどの発声時間が確保されていることになります。

これに1)のヒアリング、3)の指名質疑応答、9)の思考時間を加えると、確かに授業の大半が英語で聴く、話す、考えるという構成になっていることが分かります。

しかも一つ一つの素材が小さめの小皿料理として提供されるので、誰でも無理なく飽きなく全部消化できそうなメニューです。

スモールステップ2つの意味

 そして今回、スモールステップの意味には2種類あるなと感じました。

  • 能力レベルのスモールステップ
  • 時間、行動的なスモールステップ

英語に抵抗感があると、3語までは何とかリピート可能でも、4語目からはオーバーフローしてしまいがちです。その点、短い文節に区切った耳と口の慣らし運転から入ることにより、初聴の文章でも無理なく文全体を把握できるようにしようとする意図がみえました。

そして同時に行動時間を短く切ることにより、抵抗感や難しさを感じることなく飽きずに集中して取り組むことができるなと感じました。

この点は、初めてアクティブラーニングを行う際のヒントになりそうです。

能力的に無理のないごく短い文章を題材として、単語、述語、文節程度の短い区切りでのリピーティングやシャドーイング、そして質疑応答を様々な行動により繰り返すことで、抵抗感なく聴く話すのアクションが可能になるように感じます。

こうした取り組みは、むしろ小中学生の英語授業など、初歩レベルからの適用が向いているのではないかと感じました。義務教育の内に、聴く話す能力の基礎の習得と抵抗感の払拭を行い、高校からはむしろ論理的な文章を精読する、会話するから思考する、あるいはプレゼンするへのステップアップを行うのが良い気がします。

また授業時間内の小さく短いアクションの積み重ねは、外国語という緊張感から生徒を解きほぐすと同時に、小学生のようなじっとしていられない生徒にとっては飽きずに楽しみながら学ぶ(真似ぶ)という姿勢に通じるものがあると感じました。

日本人にとっての日本語や、英語を母語とする人々にとっての英語の習得スキームと同じ過程です。義務教育で英語の文法基礎を学び、高校でコミュニケーション能力を磨くというのは、本来あるべき語学学習のスキームとは逆ではないかと思います。

初めての反転授業に向けて

 私自身は教員ではありませんので勝手な想像ですが、アクティブラーニングの導入に際して最も抵抗感が強いのは、生徒ではなく教師側だという気がします。

日本の公立高校の教師ともなれば、教育委員会の採用試験にも合格している人材です。英語の能力もそれなりに高いと考えてよいでしょう。

ところが一般的な日本人の実情を踏まえた場合、その多くは専門書や学術書などの難しい論理的文章は読むことが出来ても、日常会話には苦労するというケースが案外多いのではないでしょうか。

そのような教師が、生徒の前で50分の授業を英語のみで行うことには抵抗を感じると思います。 それはある意味当然でしょう。教師の威厳を保つためには、膨大な事前準備が必要そうです。ネイティブとの打合せも行なわなくてはなりません。お気の毒です。

しかし今回、そのステレオタイプな考えこそ「反転」すべき対照ではないかと強く感じました。

つまり、最も成功した外国語のアクティブラーニング授業の状態というのは、日本語教師が授業中に口出ししない授業ではないのかと考えるに至ったのです。

今回両国高校の英語授業を見学して改めて気付いた点は、『反転授業』の真の意味とは授業中に発言する主従が逆転するということ。

つまり授業中は生徒が発言し、日本人教師はできる限り発言せずに授業の進行を見守るファシリテーター的な役割に徹するのが良いのではないかという点です。

生徒とのやりとりはネイティブ教師に任せればいい。というか、任せないと意味がない。でもその場合、生徒とネイティブのコミュニケーションが成りたたず、授業にならないと心配するかもしれません。

だからこそのスモールステップ。

生徒のレベルに応じて、対応可能なレベルまで、質と量を落とせばいい。難易度が高すぎる場合には、思い切って小学校や中学校の教科書レベルに落とせばよいと思います。教師が配布したプリントであれば、生徒の自尊心も保てるでしょう。

日本語教師は、授業の切替や進行を適切に管理するのが役割。全てのテーマや授業において、毎回定型的な発言でよいのです。むしろすべき事は、ネイティブ教師との事前打合せとお互いの信頼関係の構築です。

生徒の前で緊張しながらアドリブをさばくのではなく、生徒の見えない職員室で、ゆっくりとコミュニケーションをすればよいのです。

そして会話が得意ではないという事実を、それ程隠す必要もないと思います。発音が日本人英語でもまったく問題ないでしょう。むしろその方が、できない生徒の気持ちやつまずきの原因が理解できるというものです。

英語の発音が流暢で英会話が得意な教師、それこそがネイティブ教師の役割ですから。

普通の英語教師こそ反転授業を

 海外留学や駐在経験から外国語に堪能な教師よりも、生徒同様苦労しながらも授業に真摯に向き合う教師の方がむしろ生徒は安心します。上手くはないけれど、丁寧にネイティブ教師と掛合いながら授業を勧める姿に共感を覚えるのではないでしょうか。

そして得意ではないからこそ、黒子に徹することができる。

もっとも、スモールステップの授業を続ければ、発音はともかく、その教師自身がいつの間にかコミュニケーションに抵抗の無い程度に能力アップするとは思いますが。

今回見学したアクティブラーニングの教師の大半は、海外留学経験や現地駐在経験がありそうな、コミュニケーション自体に全くストレスが無い優秀な教員です。でもそれが、必ずしも授業の進行の必要条件だとは思いません。

理由のひとつは、その場合、日本人教師が授業を支配して発言し過ぎるきらいがあること、もう一つは全国の公立小中高等学校のコミュニケーション授業を全部まかないきれないだろうことです。

留学経験や駐在経験のない教師が無理なく展開できる反転授業やアクティブラーニングが、むしろ現在の教育現場に求められるソリューションかもしれません。

大変失礼ながら、今回の授業見学では、日本人教師の英語ができすぎると、却って初歩段階での反転授業の妨げになる危険性を垣間見ました。日本人教師が活躍する事で、逆に主体となるべき生徒の学びの機会を奪ってしまう可能性があるからです。

反転授業の導入はごく初歩の小さな階段からでいい。
そして英語は堪能に、英会話には堪能な教師でなくてもいい。

小中学校や現状の高校授業でのアクティブラーニングの導入に際し、そんな希望が見え隠れした授業見学でした。

新学習指導要領における5技能

 最後はオマケになりますが、新しい学習指導要領に関する情報です。

現高校生のコミュニケーション英語の目的は、高校学習指導要領では以下の記載があります。

英語を通じて、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成するとともに、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどの基礎的な能力を養う。

出典:平成21年度 高等学校学習指導要領

いわゆる4技能の獲得を前提とした授業です。ちなみにあまり知られていないようですが、文部科学省が定める獲得能力について、平成30年度の新学習指導要領では4技能ではなく『5つの領域』の育成が謳われています。

聞くこと、読むこと、話すこと[やり取り]、話すこと[発表]、書くことの五つの領域

出典:新学習指導要領

新要領では『話す』能力について、従来の会話としての捉え方だけでなく、「プレゼン」能力を磨くことについても言及されるようになりました。この点は、大学や社会人となってからの外国語コミュニケーションの使用目的を考えた場合には、評価できる能力軸の設定ではないかと思います。

話すこと[やり取り]は義務教育で、話すこと[発表]は高等教育で。そんな大きな切り分けが適当ではないかと思います。


現在、反転授業やアクティブラーニングの試みは、全国様々な学校で行なわれていることと思います。「世界一受けたい授業」でも登場した通り、日比谷高校のコミュ英でも実施されています。ただ、スモールステップや反転事業という面では「日比谷高校を抜いた?」両国高校の方が確かにこなれているかも知れません。

両国高校は府立三中として明治34年に創立した都立伝統校。今年の学生は第116期生として日常的にその歴史が認識されているのがとても印象的でした。

今回は高校英語の授業を中心に時間を割くことになりましたが、機会があれば是非附属中学での英語や他の授業の様子なども確認したいと思います。

ではまた次回。