日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

世間知らずな父の元で、東大生の兄と勉強嫌いな弟が織りなす家族の物語

桜咲きコロナ舞う特別な卒業式

2020年桜とコロナウィルスと卒業式

 新型コロナウィルスに世界が震撼する中、次男が小学校を卒業しました。

桜の満開を予感させる週末の温かい陽気とは打って代わり、蕾が引き締まるような肌寒い凛とした青空の中、卒業式は行われました。

おそらく例年の卒業式と最も異なる点は、校長先生はじめ参加者全員がマスクを着用して臨む式だということでしょう。窓も解放され、コートを身につけたままの式典です。

壇上で校長がマスク姿で卒業証書を授与したり、祝辞を述べる姿が滑稽には感じないその状況が、未知の脅威に対する社会の異様さを浮き彫りにしているように感じます。

自治体により保護者の参加に対する扱いが大きく異なる中、次男の小学校でもそれなりに制限のある不自由な式典となりましたが、よかったなと感じた点は、ほとんど練習なしのぶっつけ本番だったために、子供たち本来の素顔が垣間見えたところでしょうか。

保護者や来賓に見せるために矯正された子供たちではなく、自分の名前を呼ばれた際の返事の声の大小やはにかんだ笑顔の一つ一つに、それぞれの個性が現れた、自然な成長の姿を見ることができました。

そしてしばらく見ないうちに、少年から青年の顔つきに変わりつつある、よく知った多くの子供たち。

式が終わった後にキャーキャーと騒ぎながら校庭を走り回り、肩を寄せ合う子供たちの姿や弾ける笑顔を目の当たりにするにつれ、失われた最後の学校生活に対する喪失感を取り戻すために、短いながらも卒業式が行われたことに感謝するとともに、この災いが短期間の内に収束し、将来、歴史に残る特別な年の記憶として、自らの家族に対して笑いながら語ることができるよき思い出になればよいなと感じました。

あるいは同世代の体験として、これまでの様々な災害と同様にそれぞれの心に刻まれたのかもしれません。

 

国際情勢の悪化とパンデミック

 海外の日本人学校で迎えた長男の卒業式も、国際情勢が緊迫しており本当に卒業式ができるのか不安のある中で行われました。

そんな緊張した状況の中で、異国の地に響く”君が代”や”旅立ちの日に”の爽やかな歌声を、目頭の熱くなる万感の思いで迎えたものです。

そして今回は、目に見えない未知の脅威に対する不安の中で、ある意味あの日と同じように、”君が代”や”旅立ちの日に”の決意の歌声を、感無量の思いで噛みしめました。

延期された東京オリンピックの開催が、コロナウィルスへの人類の勝利宣言だと位置付けるならば、コロナウィルスの脅威の中で執り行われる卒業式への参加は、未知の感染症に対する地域住民のささやかな抵抗の決意とでも言えるのかもしれません。

諸外国で見られる戒厳令下の静まり返った街中の様子と比較する時、それでも卒業式を実施する東京の状況は、あまりにものんびりとし過ぎているようにさえ感じます。

それが国民や国家の危機感のなさの表れであるのか、集団が兼ね備えた感染症への高い対応力であるのか、あるいは何らかの政治的妥協の結果であるのかは分かりません。

ただ一つ、このような状況がいつか終焉を迎えた際に、今起きている出来事を、笑いながら振り返ることができる日が早く訪れて欲しい。

一人の保護者であり一社会人として、そう願わずにはいられません。

春の訪れは世界の状況とは関係なく、満開の桜とともに日本列島を温かく包みます。

桜色の花の香りが、未知なるウィルスによって遊びや学びの自由を奪われ疲弊した子供たちの心を、やさしく癒してくれることを願ってやみません。

ではまた次回。

 

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