江戸川区清新第一中学と葛西受験クラスター

 日比谷高校への合格中学を定期観測していて気づくことの一つに、江戸川区葛西地域の中学がまとまって上位に並んでいるということがあります。

H27-31 公立中学校別日比谷高校合格数

清新第一中学校を筆頭に、周辺の西葛西および東葛西中学がこれに続けとばかりに猛烈な追い上げを図っているようにも感じます。

個人的には、数年前からこの状況を密かに「葛西受験戦争」と呼んで注目しているのですが、なぜそのような状況が発生するのかは今まで分かりませんでした。

今回は、江戸川区内の日比谷高校合格者が葛西エリアに多く集まっている実態について、その理由を考えます。

 

江戸川区の日比谷合格上位校分布

 まず初めに、江戸川区内の日比谷高校合格状況を確認したいと思います。

江戸川区には2020年現在33校の公立中学校がありますが、過去5年の日比谷高校累計合格実績は以下の通りです。

江戸川区公立中学校の日比谷合格5年実績

学校の優劣評価を目的としないため、先の4校以外は伏字としてあります。

この表を見ると明らかなように、少なくとも日比谷への合格数に関しては、同じ江戸川区といっても学校毎の実績に相当な開きが見られます。

この状況は、合格不合格以前に、地域や学校によってそもそもトップ校への受験意識自体が異なる結果だと考えられます。上位に位置する学校では、トップ校への受験を意識した生徒や家庭が多く集まる一方、下位の学校では、日比谷を受験すること自体が特別なことであるような雰囲気の相違があるのではないでしょうか。

都内の上位中高一貫校であれば、東大入試を意識することが当たり前の世界である反面、地方の高校ともなれば東大を受けるというだけで天才扱いという意識に近い状況が、同じ区の中でも見られるのかもしれません。

合格者合計数もそうですが、生徒数を考慮した100人当たりの合格者数を見ても、同様に学校間の差が大きいことが分かります。

なぜ地域によりこれほどの差が生じるのでしょうか。

上位の4校を地図に落としてみると、その分布の偏りが一目瞭然です。

江戸川区全図および日比谷合格数上位4校位置

江戸川区全図および日比谷合格数上位4校位置

南北に長い江戸川区の中で日比谷高校合格上位校はいずれも区の南端、葛西エリアに固まっていることが分かります。

 

江戸川4中学の学区

 4校の学区を江戸川区のホームページで確認してみると、以下のようになります(2020年7月15日現在)。

江戸川区立清新第一中学校学区

江戸川区立西葛西中学校学区

江戸川区立東葛西中学校学区

江戸川区立南葛西第二中学校学区

テキスト情報では分かりにくいので、これらの学区情報を地図に落としてみると、以下のようになります。

清新第一、西葛西、東葛西、南葛西第二中学区

清新第一、西葛西、東葛西、南葛西第二中学区

東京メトロ東西線沿線の西葛西駅と葛西駅の周辺に、これらの学区が分散していることが理解できます。

昭和より葛西地区の人気を牽引してきた清新第一中学ですが、この中学は昨今の新しい取組みで知名度が復活した千代田区の麹町中学および文京区の第六中学と並び、公立御三家と呼ばれる謎の枠組みに含まれるとされる学校です。

清一中は往年の名声を轟かせた都心に位置する他の2校とは異なり、東京ディズニーランドの開園と同じ1983年(昭和58年)開校の、都心へアクセスするための新興住宅街の成長とともに形成された比較的新しい学校です。

学校周辺はマンションなどの集合住宅が多く、子供が多い時代には清新1丁目限定のプレミアム学区でしたが、ここにきて東西線北側の西葛西2丁目も学区に含まれるように変更されています。

これはあくまで推測ですが、葛西地区に日比谷高校合格者の多い中学校が分布する理由としては、昭和の時代に都心の本社や官公庁などに勤務する比較的学歴や収入が高く教育に熱心なサラリーマン家庭が、都心や城南地区と比較して比較的不動産の割安なこのエリアに集まることにより、地域に教育クラスターが形成された結果ではないかと考えています。

そして人口増加に伴い、清新第一中から隣接する西葛西中学へと西葛西駅を中心にクラスターが拡大し、その後東部の葛西駅周辺に飛び火して葛西地区一帯に教育熱が広がっていったのではないか。

相対的に収入が高く教育意識も高い家庭が集まることで、学習塾も自然とこのエリアに引き寄せられ、地域の学力や受験実績も向上し、新たに教育熱心な家庭が集まる。

こうした需要と供給の相互作用による教育クラスターの発達循環が、昭和から平成にかけて発生したと考えることは自然なように思います。

 

上位高校合格と学習塾の関係

 葛西エリアと教育クラスターの関係を確認するために、江戸川区内に開校している大手学習塾の教室の分布状況を調べてみました。

その結果が以下の一覧になります。

江戸川区沿線駅の高校受験学習塾分布状況

この表は、江戸川区内の全ての鉄道路線の駅について、都立高校受験で大手とされる塾の教室の有無を明示したものです。

教室数の少ない順に並べた一覧ですが、これを見て個人的には大いに納得しました。

この江戸川区の学習塾の分布状況は、日本全国様々な教育エリアに当てはまる見本のような調査結果に思われたからです。

一覧の情報は、具体的には以下の状況を発信しているように思います。

  • 東京メトロ東西線沿線への塾の集中
  • 上位進学塾の1点集中
  • 中堅・下位学習塾の全路線駅への展開
  • 上位塾と中堅・下位学習塾の切り分け

では、それぞれが意味するところを考えてみましょう。

 

東西線沿線への学習塾の集中

 まず、都立受験向けの学習塾の大手として選んだ一覧の9社ですが、江戸川区内に開校のないSAPIX中学部を除き、他の全ての学習塾が東西線沿線に教室を構えている実態がよく分かります。

特に日比谷高校などトップ校受験を意識する際に注目したいのは、学力上位層をターゲットにする上位学習塾全てが、早稲アカを除き東西線沿線のみに開校している点です。

葛西エリアの塾の状況を地図上で確認してみると、以下の通りとなります。

東西線葛西塾クラスター発生MAP

東西線葛西塾クラスター発生MAP

この地図を見れば、葛西および西葛西駅への塾の集中度や、上位中学校へ通う生徒との関わりが自ずと理解できるというものです。

個人的に注目するのは、日比谷合格最上位の早稲田アカデミーとZ会が、共に東部の葛西駅側に開校している点です。

特にZ会は2014年に後発として満を持して進出していますから、西葛西駅周辺でデッドヒートを繰り広げる清新第一と西葛西中学に対して、葛西駅側に位置する東葛西中学の上位学力層をどのように押し上げるかという点は興味のあるところです。
 

中堅・下位塾の全駅への展開

 学力上位層を中心とした学習塾の東西線への集中とは逆に、都立全般受験を生業とする市進学院やenaなどは、江戸川区内の中心3路線8駅ほぼ全ての駅への展開を行っている状況が分かります。

これにより、江戸川区のどのエリアであっても学習塾の恩恵を受けられるという利便性が生じることになります。

これらの塾は、学校授業の補足や定期テスト対策を含めた内申点対策も手厚いことから、ボリュームゾーンとなる平均的な学力層にとっては使い勝手が良い反面、開成国立附属や早慶など上位私立を含む最難関校を狙いたい生徒にとっては、母集団のレベルや意識も含めて物足りなさを感じるのだと想像します。

受験最難関の学習環境を求める生徒にとっては、江戸川区だけを対象とした場合には、葛西エリアと比較すると他のエリアは少なからずハンデがあるのは確かなようです。

 

上位・中堅・下位学習塾の切り分け

  各学習塾の教室の展開状況は、そのまま塾のマーケティング方針の表れであると同時に、塾の性格の違いも端的に表しています。

要するに、絶対数の少ない学力最上位層、都立でいえばトップ校受験をターゲットとする学習塾、2番手から3番手校受験生をターゲットとする中堅塾、都立受験生全般をターゲットにする下位学習塾と、生徒母集団の大きさに応じた事業戦略が教室の展開数となって現れていることになります。

これらの関係を図で表すと、ピラミッド型の図式がピッタリ当てはまります。

江戸川区葛西エリアに見る塾相関図

ピラミッドの上部に向かう程、母集団の少ない学力上位層かつ教室数が少ない学習塾、下部に向かう程母集団が多くかつ教室数が多い学習塾ということになります。教室数が同じ場合は、塾全体の日比谷高校への合格数が多い方を上位としています。

この図に対しては賛否両論あるかと思いますが、何も私自身の頭の中にある各学習塾への評価を表したものではありません。

先に示した通り、単純に、各塾の江戸川区内の教室数に基づき、少ない順に上から並べただけの図になりますので、特別な恣意性の介在しない結果であるかと思います。

ただそれにしては、概ね多くの方のイメージする学習塾の評価に近い結果となっているのではないでしょうか。

実際の保護者や受験生からの各学習塾の評価の高さは分かりませんが、葛西地区に教室を展開していないSAPIX中学部が、教室数0で棚ぼた的に最上位となりました。

SAPIXは葛西ではなくお隣千葉県の新浦安に教室を構えていますから、葛西を素通りしたということになります。SAPIXは人形町を除いては、都内城東、城北エリアへの教室展開は行っていないことから、塾の基本姿勢ということが言えるかもしれませんし、レッドオーシャン気味の葛西エリアを避けたという戦略的判断があるのかもしれません。

逆にZ会進学教室は2014年、駿台中学部は2015年に最後発ながら敢えて葛西地区に開校するという選択を行うなど、各社判断は様々です。

そして塾の公表値では現在日比谷高校合格者数が最も多いとされる早稲田アカデミーは、瑞江駅に教室があるために中堅に近い位置づけとなりました。

この状況は、むしろある意味正しい評価といえるかもしれません。

なぜならば、早稲アカは一覧の上位塾とは異なり、首都圏に多数の教室を展開し、最難関が集まる特訓コースで最上位校の合格数ナンバーワンを獲得して世間の注目を集める反面、実際にはレギュラーコースといわれる中間層の塾生を大量に抱えることで事業基盤の安定を図っている学習塾だからです。

 

受験と教育不動産の関係

 いずれにしても、23区の中の江戸川区という一つの地域を取り上げただけでも、都立最上位の日比谷高校と居住エリア、学習塾の教室展開の相関関係、そして各塾の経営戦略や事業基盤が明らかとなりました。

おそらく今回見た結果は、江戸川区だけの特異値ではなく、ある程度の都市部であれば全国どこの地域を見ても発生する教育クラスターの状況を端的に表しているのではないかと思います。

逆の言い方をすると、住む場所によって教育環境へのアクセスには大きな差が生まれるということになります。

親の学歴や収入により子の学歴が決定されるという表現を目にすることがありますが、実際には居住地により、それ以上のギャップが生じる可能性が高いことを今回の結果は示唆しているのだと思います。

同じ区内や市内であっても、沿線や駅によって教育クラスターの充実度やギャップは小さくはないということになりそうです。

これまで5年間、日比谷高校全体の合格数を見ながら、都内の教育クラスター環境の充実度や点在状況を大まかに捉えてきました。

これからは、各エリア毎の特徴や教育不動産環境に着目しながら、子育てや教育に適した地域の発掘を行っていけたらと思います。

ではまた次回。