麹町中学の内申優位性

2021年10月2日更新:

 岸田文雄新総裁の母校として、再び注目を集める千代田区立麹町中学校。

工藤前校長の学校改革で改めて脚光を浴びた同校は、実は内申点という観点から見ても特殊な状況にある学校です。都立高校受験に影響のある、内申点の現状についてお伝えします。

内申点格差への疑義

 公立中学校の内申点に関しては、多くの方が学校間での格差があると感じているようです。 

これは、東京子育て研究所が2020年9月に実施した調査結果です。

アンケート母数が53と少ないように感じますが、安倍後任首相候補に関し、電話調査有効数1,050人分で得た結果を世論とみなす共同通信社の調査よりは、母集団の意識を的確に反映した数字だと思います。

いずれにしても、内申点に関し何らかの関わりを持つ母集団の実に8割近い方が、学校間の内申点の格差や不公平感を感じているということになります。

千代田区中学校の内申状況

 都内で内申点に関して象徴的な行政区といえば、千代田区です。

千代田区内には公立中学は2校しかありませんので、その差が比較しやすいのです。

日比谷高校に近く、工藤前校長の改革により往年の人気が復活した感のある麹町中学校と、神保町の街中に位置する神田一橋中学校です。

それぞれの学校の特徴は様々あると思いますが、内申点という観点から学校を捉えた場合には、この2校には明確な違いが生じます。

両校を比較する前に、ベンチマークとして都内公立中学全体の内申平均値を確認してみましょう。

2019年度 都内全公立中学内申平均

2019年度内申評定状況:全都公立中平均

中学全体で内申点の分布を平均した場合、概ね5割の生徒がきれいに内申3に集中している状況が分かります。分かりやすいように、各科目最大ボリュームの内申点に色を付けています。

そして、各評定値の全体平均値を下段に、各教科の値を加重平均した標準内申点を右端に合わせて掲載しました。

例えば国語に関しての加重平均は以下の通りとなります。

  • (5x12.1+4x25.1+3x48.3+2x11.6+1x3.0)/100=3.3

このように9教科全体について加重平均による標準内申点を算出すると、各教科の標準的な内申点は、音楽と美術は3.4、それ以外は全て3.3、学校全体としての標準内申点は3.3であることが理解できます。

この一覧を基準として、千代田区の2校を比較してみます。

2019年度 神田一橋中学内申状況

 ではまず、神田一橋中学の状況を見てみましょう。

2019年度内申評定状況:千代田区神田一橋中学

神田一橋中学は、英語を除き、全中学平均同様内申3に最大値が集中しています。

個々の教科を見ると、英語の他、国語、理科、美術、保健体育などは中学平均よりも標準内申点が高いです。逆に数学と、特に技術家庭は平均的な中学よりも評価が低い傾向です。

こうした個々の内申の高低は、実際の生徒の得意不得意が反映された結果であるのか、あるいは評価の基準が甘かったり厳しかったりという、学校や教師側考え方に紐づく問題であるかは分かりません。

いずれにしても学校全体としてみると、加重平均標準内申点は3.5となり、全都平均よりはやや高いことが理解できます。

神田一橋中学は、内申点の評価に関しては、概ね平均的な中学校の一つということができると思います。

2019年度 麹町中学内申状況

 では次に、麹町中学の状況を見てみましょう。

2019年度内申評定状況:千代田区麹町中学

こちらは一見して明らかに状況が異なります。

各教科とも中学平均と比較して標準内申点が高く、4に迫る勢いです。実際、数学と音楽は4を超えています。

神田一橋中学と比較すると、英語のみ評価が低くなっていますが、個人的には英語については教育委員会の転記ミスにより、評価が入替ったのではないかと疑っています。過去の状況を見ても、神田一橋の英語評価が麹町中よりも高いという状況はありません。

その点はともかく、麹町中学の内申評価はかなり高いといえそうです。学校の標準内申は3.8となり、全都平均よりも0.5ポイント高い状況がうかがえます。

この理由については、麹町中学の生徒が総じて賢く、何事にも卒なく対応する万能型の生徒が多く集まっているからなのか、あるいは学校側の評価方法が平均的な中学と比較すると著しく緩いのか、どちらであるかはこの一覧からでは分かりません。

高校入試における内申点格差

 内申点の評価の状況が学校により異なるということは、都立受験に対峙した際の得点にも影響があるということです。

そこで各校の内申点の評価状況を、都立高校一般入試における内申300点に置き換えて考えます。

内申評価の差異を実際の入試得点差に置き換えることで、学校間の内申評価格差がどの程度高校受験に影響するのか、初めて客観的に理解することが可能となります。

各科目について、加重平均をその教科の標準内申点として都立高校入試における得点を算出します。

まずは基準となる、全都中学平均について見てみましょう。

2019年度内申点の一般入試得点換算:全都公立中平均

標準内申点の単純合計は29.8、実技4教科を2倍評価した換算内申点は43.2となります。

最終的に、内申300点に換算した、都立一般入試における内申得点の都内全中学校の平均は199点、199/300=66.3%となります。

先の平均内申点3.3と並んで、感覚的に馴染む値ではないでしょうか。

そして色を付けた全中学平均との得点差は、当然ですが0となります。 

このように、各学校について全都平均との入試得点差を比較することで、感覚的だった内申点評価の差を、合否判定に影響する点数差という現実的な数字として可視化することが可能となります。

神田一橋中学の標準内申得点

 ではまずは、神田一橋中学の期待内申点について確認します。

先に見た内申評価では、中学平均を上回る教科と下回る教科がありながら、学校全体としては全都平均よりも0.2ポイント高い標準内申点となりました。

ただこのままでは、平均より高い状況がどの程度有利に働くのか実感がわきません。

そのような分かりにくい内申評価について、誰が見ても高いか低いか明確に判断できるのが、高校入試における内申評価点という判断基準です。

2019年度内申点の一般入試得点換算:千代田区神田一橋中学校

都立一般入試における神田一橋中学の期待標準内申得点は208点。全都平均よりも8.5点高い結果となりました。

他の中学の状況は現時点では分かりませんが、神田一橋中学に通う生徒の内申点については、平均的な学校よりは入試において8.5点有利な内申得点が期待できるということが言えそうです。

つまり都立高校受験において、少なくとも不利な内申点評価ではないということになります。

麹町中学の標準内申得点

 では千代田区内のもう1校、人気の麹町中学についてはどうでしょうか。

2019年度内申点の一般入試得点換算:千代田区麹町中学校

何と、麹町中学の標準内申得点は、全都平均よりも30点以上も高い値となりました。

要するに学校全体として、麹町中学に通う標準的な生徒は、都立高校受験において平均的な内申評価の学校に通う生徒と比較して、入試得点30点分のアドバンテージを潜在的に持っているということが言えそうです。

現時点ではまだ全ての中学の内申点について確認したわけではないですが、600校を一見した限りにおいては、おそらく麹町中学の内申評価は、都内全体の中でも最上位付近に位置する高い内申評価が期待できる学校のように感じます。

千代田区内だけでなく、今や遠方からも越境入学希望者が後を絶たない麹町中学は、単に学校改革による教育方針への共感ということだけでなく、都立高校入試を見据えた対策という面でみた場合でも、極めて合理的な学校選択だったということになります。

麹町中学の内申評価が高い理由

 非常に高い麹町中学の内申評価ですが、この理由はどこにあるのでしょうか。

もちろん、千代田区番町・麹町・九段エリアという、日本有数のブランド学区であるため、どの家庭も教育への関心が高く、公立中学といえども相対的に幼少期からお稽古事を含め、高い水準の教育を受けているという点は実際にあると思います。

ただそれでけで、全中学の平均的な内申点よりも入試の基礎得点が30点底上げされるかといえば、少し高すぎるような気もします。

そのような状況が発生する理由は、2019年度まで同校の校長を務めた工藤勇一氏の著書を確認すると容易に理解できます。

  • 中間考査・期末考査を全廃しました
  • 成績を「ある時点」で確定させることに意味はない
  • 全員に「5」を与えても全く問題がないと考えています
  • 本校では、生徒たちの到達度に応じて、適切に評価し、通知表をつけています

出典:学校の「当たり前」をやめた。工藤勇一著

多くのマスコミが取り上げ、教育界を変革する時代の寵児のように扱われた感もある工藤前校長の取り組みですが、これを内申点という視点で冷静に見つめると、少し評価が違って見えるかもしれません。

要するに麹町中学では、大部分の一般的な中学校が生徒の授業理解の基礎点として考える一発方式の考査の得点は採用せず、というよりは、一般的な定期考査に置き換えて考えると、定期テストの得点は内申評価に採用せず、答案返却後に生徒が出来なかった個所を復習してもう一度再試験した結果を内申評価に採用するという状況に近いのではないかと想像します。

そうであれば、例えば数学で全校の45%が内申5、7割以上の生徒が内申4以上、2以下は1割にも満たないという状況も納得できますし、逆にそれでも3さえ取れない生徒がいるということにもむしろ驚きですが、いずれにしても、同校では他校と比較して高い内申点が期待できる状況は理解できます。

内申評価の在るべき姿

 工藤前校長に対しては、麹町中学を出た後は教育委員会に戻り、麹町方式を全都の学校に導入する指導的役割を果たすことを期待していましたが、定年だからでしょうか、結果的に都立教師の立場は辞して外部に出て行ってしまったのは残念に思います。

都立入試という狭義の観点に限定して評価した場合、都立入試のルールを中途半端にかき回して無責任に出て行ってしまったと批判する声があるとすれば、それも一つの評価としては致し方ないのではないかとも感じてしまいます。

私自身はむしろ麹町中学のような、最終的な理解度や到達度を授業理解の基礎得点として採用するという方法はありだと思いますが、内申点が高校受験の合否の結果として影響する以上は、当事者である生徒や保護者自身が概ね納得のいく範囲内に影響を収める必要はあるだろうと思います。

その場合、全ての学校で評価分布を一定にするために、生徒一人一人の状況を無視した相対評価基準の復活や、数字で割り切るような絶対的な評価基準を押し付けるという時代の逆行を促すような対応方法ではなく、むしろ多様性の時代に各校の教育方針を最大限発揮させることを阻害せず、校長の教育者としての裁量を認めると同時に、受験への影響を妥当な範囲にに留めるために、都立入試における内申点の評価割合を下げるという調整が、むしろ簡潔で妥当ではないかという気がします。

例えば、一般入試における内申点の割合を全体の2割、200点満点とした場合には、神田一橋中学の内申優位性は+5.6点、麹町中学は+20点となり、格差は残りますが妥協といえる数字に近づきます。

この辺りは、今後様々な学校の内申評価を行いながら、内申点をどのように都立入試に反映させるのが妥当であるか検討したいと考えています。

次男の中学での初めての定期考査と内申点を比較した際に、試験の得点に対して内申が著しく低いのではないかと感じたことから注目した内申点ですが、各行政区内の状況をぼんやり眺めていると、地域や学校によってれぞれ状況が異なり、必ずしも各校平均的ではない状況が垣間見え興味深いです。

今回は手始めに、特徴的な千代田区の中学について確認しましたが、今後少しずつ、都内全域の内申点の分布状況について確認したいと考えています。

ではまた次回。

[動画]麹町中学の内申優位性 

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