SWIFTと量子コンピュータとQFS

2023年10月7日更新:

量子コンピュータ「IBM Q」

量子コンピュータ「IBM Q」

 ロシアのウクライナ侵攻の制裁として注目を集めた、国際銀行間取引を担うSWIFTシステム。

一方このSWIFTシステムと対極をなすのが、デジタル通貨制度を実現するための、量子コンピュータに裏付けられたブロックチェーンシステムです。 

これまで量子コンピュータの存在は、現実と非現実の間にある夢物語のように感じることさえありましたが、2023年3月27日に理化学研究所が国産初の量子コンピュータの利用を開始すると共に、同年10月、初号機に「叡(えい、英語表記は"A")」の称号を与えることが報道されるなど、現在は現実的なエンジニアリングの世界に近づいたように感じています。

今回は、そのような「量子コンピュータ」について、これからの「QFS(量子金融システム)」とこれまでの「SWIFTシステム」の違いを通じて考えてみたいと思います。

量子コンピュータ

 2019年の年末に「現代のスーパーコンピューターで1万年かかる演算を200秒で処理する」との性能を謳って登場した量子コンピュータは、近未来に実現化が見込まれる理論上の存在であるかのような認識を持っていました。

ところがコロナ禍が続く中、それから約15か月後の2021年3月には、東京大学と日本IBMの共同開発による世界初のゲート型商用量子コンピュータシステムが川崎市に設置され、年内の稼働を目指すとして注目されました。

日本は世界の中でも米国、ドイツに続く3番目の量子コンピュータ設置国となります。

量子コンピュータとは、一般社会人の理解で説明すると、「シュレーディンガーの猫」に象徴されるような量子力学における「重ね合わせ」、要するに電子のスピン(あるいは分かりやすく例えると、オセロの白と黒の駒の表と裏)の二つが同時に存在している状態(オセロの駒が倒れずにクルクルと回り、白でもあり黒でもある状態)を利用した演算方法ということです。

具体的には、現在のコンピュータの演算方法が"0と1”の組み合わせ、要するにオセロの白または黒のどちらかの面を並べた組み合わせによって計算するのに対し、量子コンピュータでは白黒同時に処理が可能となるというものです。

言葉で記載しても理解できないのは承知の上で、直感的には、下の画像の左右の演算内容が等しいと認識することで、量子コンピュータの処理速度の優位性と理由が感覚的に理解できるものと思います。

「ビット」と「量子ビット」/画像出典:NHKサイカル

「ビット」と「量子ビット」/画像出典:NHKサイカル

この直感的な理解の範囲で導かれる結論としては、演算桁数が大きければ大きいほど、要するに複雑な処理が求められるほど、量子コンピュータの速度優位性が現れるということです。

感覚的な説明を付け加えると、現在のコンピュータは掛け算的、量子コンピュータは乗数計算的に答えに近づく、逆に見ると計算ステップの増加に対し、従来コンピュータでは指数関数的に計算量が増加するのに対し、量子コンピュータでは多項式的にしか増えないと考えると分かりやすいのではないかと感じます。

ビット計算量の比較/出典:みずほ情報総研レポート

ビット計算量の比較/出典:みずほ情報総研レポート

そのように捉えると、冒頭の「スパコンで1万年かかる演算を200秒で処理する」というイメージが少しは理解できるように思います。

SWIFTとブロックチェーン

 そしてこの量子コンピュータの驚異的な演算能力の社会への応用に対し、様々な期待が寄せられる中、最近よく耳にするのがQFS(Quantum Financial System)と呼ばれる金融の仕組みです。

これは単に複雑な銀行間決済の処理能力を高速化するということではなく、多くの場合、現在の金融機関が国内決済を行う場合の「全銀システム」や、国際決済に関わる「SWIFTシステム」といった、中央集権型の仕組みとは対極をなす、開かれた独立分散型の仕組みとして捉えられているようです。

中央集権型金融システム

SWIFT(スイフト)
 スイフト(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication SC)は、銀行間の国際金融取引に係る事務処理の機械化、合理化および自動処理化を推進するため、参加銀行間の国際金融取引に関するメッセージをコンピュータと通信回線を利用して伝送するネットワークシステムです。

出典:(一社)全国銀行協会ホームページ 

現在の国内外の金融を支える中央集権型金融システムのイメージは以下のイラストの通りです。

中央集権型金融/画像:みずほ情報総研レポート

中央集権型金融/画像:みずほ情報総研レポート

この図から理解できるように、中央集権型システムでは、HUBの役割を果たす中央機関(全銀システムやSWIFT)に権力や権限が強まりやすい構造となっています。

相手先銀行の与信や個々の金融機関のシステムの相違を中央に任せることで、業務の合理化が図れる反面、手数料その他決済に関わるコストの源泉が発生すると同時に、すべての決済情報が中央に把握されます。

国際金融資本家の利益と権力を支える基盤と言われる所以です。

分散型ブロックチェーン

 これに対して分散型金融システムは、利用者や金融機関同士が直接つながる以下のようなイメージの構造となります。

分散型金融/画像:みずほ情報総研レポート

分散型金融/画像:みずほ情報総研レポート

この分散型の代表が、ビットコインを支える「ブロックチェーン」システムです。

この仕組みでは、金融の元締めとなる中央機関が不要となり、より自由な決済が可能になる反面、個々の与信および決済の確実性や安全性と信頼性を強固なものとする仕組みが必要となります。

ブロックチェーンとビットコイン

 2008年、謎の人物サトシ・ナカモト氏の論文から始まったブロックチェーンシステムは、やがてビットコインと呼ばれる暗号資産、仮想通貨として具現化し、ある種投機の対象として時折世間を騒がせます。

ところがこの仕組みは、量子コンピュータの登場によって、脆弱性を指摘されるようになり、その存在と価値に対する不安定さが増しています。

暗号資産を支える高度な暗号キーが、量子コンピュータの桁違いの演算能力によって破られる危険性があるのではないかと指摘されているからです。同時に、これらの仮想通貨は現物資産等の裏付けのない投機的な存在である点も、市場の不安を醸成している要因の一つと考えられます。

ただし、量子コンピュータによって暗号が危険に陥るのであれば、逆に暗号自体が量子コンピュータの演算に裏付けられる堅牢さを獲得することもできるのではないかという考えが同時に浮かんでもよいはずですが、正にその量子コンピュータの能力に裏付けられた、自由で開かれた新しい金融システムが登場しようとしています。

QFS(量子金融システム)

 量子金融システムとは、既に実用化あるいは実用化が見込まれている仕組みであるのか、あるいは金融の近未来的な姿であるのか、一般には分かりにくい状況にあるように感じています。

また一口にQFSという場合でも、そこには立場や想いの違いにより、解釈や内容の異なるQFSというものが同時多発的に”重ね合わせ”て存在するようにも感じています。

仮にQFSが中央機関の不要なシステムである場合、中央銀行や銀行そのものが不必要となるため、現在の権力構造や社会の仕組みを大きく変えてしまうことにもなり兼ねないからです。

このため、SWIFT機関や中央銀行的機能を維持しようとする立場から成るQFSと、逆にそうした権力構造から解放されたいと考える立場から成るQFSとでは、仕組みやスタンスが全く異なるということになります。

私自身の理解では、現在SNS上でQFSと呼ばれるものは、概ね以下の仕組みを総合的に含む言葉ではないかと認識しています。

  1. 量子コンピュータに裏付けられたブロックチェーン技術による、信頼性と安全性の高い分散型の金融システムであること。
  2. ゴールドなどの現物資産に裏付けられた、投機やマネーゲームとは一線を画す社会基盤としての金融システムであること。
  3. 特定の利益や権力構造に紐づかない、自由で開かれた金融システムであること。

この中で、特に3.の存在が、QFSの中身とこれからの世の中の在り方に大きく影響するものと考えられます。

そして3.を含む量子金融システムにより、ある種の理想社会が実現すると仮定した場合、従来の銀行を中心としたマネー経済体制は成立しなくなります。

QFSの稼働

 ここまで記載してお気づきの通り、この量子金融システムとは、現在の国際金融資本による世界支配の体制からの脱却という、陰謀論的な発想と結びつきやすい考えになっています。

そしてそうした世界では、2021年5月を境に、既に理想社会的なQFSの稼働が世界的に開始されているということが主張されています。

その根拠として、度重なる金融機関でのシステム不具合や、従来サービスの停止、および業務の統廃合が、多くの金融機関でここ最近慌ただしく発生していることを挙げています。

こうした一連の不具合や事業方針が、実はQFSの稼働あるいは稼働を前提とする対応、要するに全く新しい金融システムへの移行に伴う障害や対応であり、不要となる銀行機能の統合整理に起因するものであるかどうかは、実際のところは知る由もありません。

コロナ禍以降、生活や社会の大きな変化の中で感じることの多い、現実世界と非現実世界の曖昧さは、量子世界における”重ね合わせ”の状態であるといえるでしょう。

量子コンピュータの世界が我々の社会や生活にどのような変化をもたらすのか、一市民としては、「1984体制」と言われるような超管理社会や全体主義を確固たるものとするための手段ではなく、個々の人間が本来の人間らしく輝いて生きることができる、自由で開かれた人間社会のルネサンス実現のために稼働することを願ってやみません。

2023年のこの世界では、人類の未来を決める白と黒のコインが、どちらに倒れるかを巡り、白と黒の両面を重ね合わせ見せながら、クルクルと回っているのです。

ではまた次回。