2023年度東大入学式|祝辞(エッセンシャル版)

 私自身が参加した、上野千鶴子女史の祝辞で話題となった2019年度の入学式から丸4年が経ち、コロナを経て久々に保護者が参列可能な入学式が開催されました。

保護者の皆様本当におめでとうございます。

そして今年の祝辞もまた、SNS上で話題となっていましたので、早々東大HPで全文を確認してみました。

文字数換算で5,000字程度のその文章は、なるほど知的なひねりを利かせたがる多くの登壇者とは対照的に、非常にメッセージが単純明快で、大学生のみならず、むしろ小中高生自身やその保護者の方も広く受け取るべき内容ではないかと感じました。

そこで多くの方が飽きずに最後までその内容を理解できるよう、個人的な経験や事例などは全て省略し、メッセージの本質部分だけを1,800字程度に圧縮してみました。

将来、東大をはじめとする偏差値の高い学校に合格することを目標に学生生活を送る生徒や保護者の方は、それ以上に、自分の夢や目標を獲得することの大切さについて考えるきっかけとなるかもしれません。

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令和5年度東京大学学部入学式 祝辞

 新入生の皆さん、そしてご家族、ご親族の皆さま、おめでとうございます。

大学の4年間は、「自分で創り、自分で切り拓く、自分の人生」のスタート地点です。そしてこれからの皆さんの人生の中で、一番自由に、自分の器を広げ、自分の夢を探して突き進める時期でもあります。

私が皆さんより少し人生を先に生きてきて、とても大事だと感じていること、大学に入るときに知っておきたかったと思うことを、2つのお話しを通して共有します。

一つは「夢」について。もう一つは「経験」についてです。

”夢”について

 まずは、夢について。

「夢」について皆さんにお伝えしたいことは2つです。

1つは、夢に関わる、心震える仕事をして欲しいということ。自分の夢に関わる本当に好きなことをやらないと、それを徹底的に突き詰めることはできません。

また、好きなことをやってないと、幸せの尺度が「自分が他人にどう評価されているか」になってしまう。

それではうまくいかないときに持たないです。他人の評価を気にする他人の人生ではなく、自分がやりたいことに突き進む自分の人生を生きてください。

もう一つお伝えしたいのは、夢は、探し続けて行動し続ける人にしか見つけることはできないということです。

夢が見つけられないというのは、ほとんどすべての人が抱え続ける悩みですが、夢は、待っていれば突然降ってくるものではありません。

探し続けて、行動してみて、その中で少しづつ「彫刻」のように形作っていくものだと思います。周りに流されず、自分の興味のままに、探し続けてください。そしてそれが一番自由にできるのは、今からの4年間です。

”経験”について

 二つ目のお話は、「経験」についてです。

皆さんはこれからいろいろな学問や仕事で身に着けた力、「経験」を組合わせて、そのすべてで問題解決に挑むということです。

民間と公共の壁や、医療と文化、社会の壁などを「越境」した経験を持って、問題解決をまとめる力は、問題がどんどん複雑になるこれからの世界では、本当に重要になります。

一つの分野で世界のナンバーワンになることは、とても難しい。

ですが、いくつかの重要な分野の経験やスキルを、自分だけにユニークな組合せとして持っていて、それらを掛け算して問題解決に使えるのは自分だけという「オンリーワン」には、なることができます。

そこでとても大切なことは、「環境が人を作る」ということです。

人間は弱くも強くもあり、自分のいる環境をたった一人で突き抜けて大きく成長していくことはとても難しいですが、逆に凄い人たちの中で、あるいは修羅場に身を置いて、難しい挑戦を続けていると、それが普通にできるようになって、その次のさらに大きな機会に手が届くようになります。

環境は、「わらしべ長者」のように力をつけて、「経験を組合わせ」ながら得ていくものです。私の場合はそうやって徐々にできることを増やしていって、今に至っています。

”リスク”について

 最後に、人生のリスクについてお話しします。

人生は日にちに換算すると、3万日しかないと。

私はすでに、1万7千日を使っています。皆さんは、大体すでに7千日近く使っています。そして次の1万日は、もの凄く速く過ぎていきます。

時間がすごく限られている中で、考えるべきリスクは、何かに失敗するリスクではなくて、難しい挑戦に踏み込まないことで、成長できず、なりたい自分になれないリスク、世界に対してしたい貢献ができないリスク、行動を起こさずに「現状に留まることのリスク」だと思います。

パナソニックを創業した経営の神様、松下幸之助の「道」という、私の座右の詩があるのですが、そこで彼はこんなことを言っています。一部を引用します。

“自分には自分に与えられた道がある。

どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。

自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがいのないこの道。

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。

道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。

心を定め、懸命に歩まねばならぬ。

それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。

深い喜びも生まれてくる。”

皆さんの東大での4年間が、皆さんだけのかけがえのない道を、悩みながら心を定めて懸命に歩む、その一番最初の充実した時間になることを、心からお祈りしています。

改めまして、おめでとうございます。どうもありがとうございました。

令和5年4月12日
馬渕 俊介

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 非常に平易で分かり易いこの文章は、多くの方に受け入れやすい内容だと感じますが、個人的にはこのメッセージを多くの方にお伝えするのが良いことなのかどうか、少し複雑な心境であることもまた事実です。

その理由は、この馬淵氏の経歴が、社会的には非の付け所がないように非常に素晴らしく輝かしいものであることは間違いない事実なのですが、2023年という現在において、それが手放しで讃えられ、尊敬されるべきものであるのかどうか、正直、私自身は子供たちに対してそのように素直には説明できない気持ちがあるからです。

  • 東大卒業
  • 国際協力機構JICA
  • マッキンゼー日本/南アフリカオフィス
  • 世界銀行
  • ゲイツ財団
  • WHOの独立パネル
  • グローバルファンド
    保健システム及びパンデミック対策部長

氏の経歴は、多くの保護者の方にとって、わが子がその様な人生を歩んでほしいと憧れるモデルそのものであるかもしれません。

本当に、心からそう思える世界であってほしいと願います。

ではまた次回。