日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

TOKYO GAME SHOW 2019

TOKYO GAME SHOW 2019

TOKYO GAME SHOW 2019

 小学校6年生の次男と一緒に、東京ゲームショーに行ってきました。

わが家は中学受験しないため、週末はまだまだ家族で出かけることができるのですが、最近次男もすっかり声が変わり、ツンデレを通り越して反抗期に入ってきたため、実際にはあまり親と外に出たがりません。

私自身がゲームショーそのものに興味があるわけでもないのですが、次男と出かけるきっかけにと思い、誘ってみたのです。

ただ実際に行ってみると、思った以上に自分自身も現代を知る勉強になりましたので、会場で感じたビデオゲームと子育ての距離感や、ごく近い未来に生じる社会の変化について考えてみたいと思います。

 

小学生とバトルロイヤル

 最近次男は「バトルロイヤル」と呼ばれるサバイバル型のオンライン戦闘ゲームに夢中です。家に帰ると早速ネットを通じて地域の仲間とチームを組んで、生き残りを賭けた戦いに繰り出します。

このバトルロイヤル型のゲームは、要するに銃器を使った殺し合いゲームであるため、禁止している家庭もあるかと思います。

道徳上いかがなものかと感じる状況が登場することがあるのは確かですから、制限する気持ちも保護者としてはよく理解できます。ビデオゲームを教育上のマイナス要素と考え、子に与えない保護者がそのプレイ映像を見た場合、攻撃的な内容にきっと顔をしかめるでしょう。

それでも長すぎるプレイ時間は注意しますが、ゲームそのものを制限することは特にしていません。あくまで状況が理性的な範囲内にある事が前提ですが、子どもたちの興味が今そこにあるのなら、良くも悪くもそれを通じて学ぶことが少なからずあるだろうと思うからです。

実はわが家も、ボードゲームやカードゲームには前向きなものの、ビデオゲーム全般には批判的な家庭でした。

兄の子育ての際には、携帯ゲーム機を含めて一切与えない方針でいましたが、海外赴任中に考えを変えて家庭用のテレビゲームを購入しました。子供が単独で外出できる安全な環境ではなく、学校から帰ると友達と自由に遊ぶ事が出来なかったからです。

そのため帰国してからも、テレビゲームは日常的な暮らしの風景となりました。

 

バトルロイヤルとマインクラフト 

 バトルロイヤル型のオンラインゲームでは、仲間と合流して会話しながらプレイすることに興味を見出しているようです。プレイそのもの以上に友達とのコミュニケーションを楽しんでいるのだと思います。公園で遊んでいる時と同じ感覚なのでしょう。

そもそも次男の周辺では、このバトルロイヤルの前、4年生の頃に「マインクラフト(マイクラ)」がずいぶん流行りました。

小学校でプログラミング教育が必修化される昨今、ゲームには批判的な母親でも、マイクラであればプレイさせてもいいかな?と思う方もいるのではないでしょうか。

そこには、プログラミング的思考や創造力の伸びを期待する気持ちがあるのではないかと思います。

しかしマイクラも、次男がプレイしている無料のフォートナイトというバトルロイヤルゲームも、基本的には同じような構成のゲームです。どちらも独自の仮想世界を創造するクリエイティブモードと、生き残りをかけたバトルモードが中心世界だからです。

違いは、マイクラは時間の流れがゆっくりで、ブロック遊びと同じようにクリエイティブモードを中心に楽しむじっくり考える子向き。バトルモードでは敵の襲来も戦いの表現も微笑ましくより教育的で、行政や保護者にも好かれやすい。

これに対しフォートナイトは時間の流れが迅速で、瞬間的な判断力が求められる活発な子向き。サバイバル・バトルが中心の、暴力的でより競技的。行政や保護者には嫌われやすいという違いがあります。

しかしこうして改めて比較してみると、マイクラからバトルロイヤルへの場の移行は、勉強よりも運動に興味の高い次男やその仲間にとっては、成長に合わせた必然的な変化かなとも感じます。いずれにしても、人とのコミュニケーションが大好きなのです。

 

知覚世界と仮想世界の融合

5G携帯バトルロイヤル大会

5G携帯バトルロイヤル大会

 今回のゲームショーでは、生まれて初めてプロゲーマーのプレイを観戦しました。

プロといっても、見た感じは20代前半といった年頃で驚きました。スポーツ界の若年化と同様、社会は確実に変わっているのだなと実感する瞬間です。

5G携帯を使ったバトルロイヤルゲームの大会では、プレイそのものよりも、写真の通り、参加者全員がスマホ画面に集中している異様さに関心を持ちました。

60人以上ものプレイヤー全員が無言で小さなスマホの画面に五感を集中させている姿は、現実世界での行動や知覚を放棄して、仮想現実世界の中へダイブすることを希求する集団儀式のようにさえ感じます。

VRゴーグルやウエアラブル型のコントローラーをはじめ、ゲームの世界は着実に機械と人体の一体化に向かっているように思うのですが、今のところはまだ、生体とプログラムの間を介在する機器や操作性の向上という範疇に止まっているように思います。

しかし今回の状況を眺めているうちに、そう遠くはない将来、人とプログラムの間を取持つ間接的なコントロールから、脳が直接プログラムに指示を出すための生体インターフェイスが一般的になるような気持に包まれました。

それは映画「マトリクス」のように、人間の脳波が機械に直接つながる世界。

そのような状況は確実に現実のものとなるように思いますが、その暁には、現実世界での活動よりも、仮想現実世界につながる時間を優先する人々が現れるでしょう。

ゲームショーに来場した30万人近くの市民を含め、現に自分の時間の大部分をPCやスマホ画面に費やす人々が相当数いる現在、彼らは、視聴覚情報が目や耳やコントローラーを介さずに直接脳につながることで、仮想世界そのものに生きることを歓迎するかもしれません。

生体インターフェイスがどのような形式になるかは分かりませんが、自分自身がプログラムに直接つながることが異様ではない世界が、実際に訪れるのだろうと思います。

その中の仮想戦場で撃たれた場合、脳はどのような’痛み’を感じ、どのような生体反応を肉体に返すのでしょうか。興味深いテーマです。

 

ビデオゲームと世界の現実

 タブレット教材のような教育へのICTの普及や、スマートスピーカーのような暮らしの中のIOT機器が既に日常風景となり、ビデオゲームが「e-Sports」と呼ばれてオリンピックの正式種目として検討され、また無人攻撃機が他国を攻撃する時代、子に対する適切なビデオゲームとの距離感を測るのは、親としてはなかなか難しい課題です。

ゲームが子の成長や教育にとってマイナス要素であるのかプラスに働くのか、それさえも一概には判断し得ない時代。

いずれにしても親としては、引き続きそのような平和的で牧歌的な議論が成り立つような、日常の暮らしが維持されてほしいと願うばかりです。

地球環境の変化や大規模な戦争などにより、子供が屋外で遊び回ることができず、外部から閉じたシェルターの中の疑似投影世界でしか自然の風景を体験することができないような時代が訪れないことを、ただただ願うばかりです。

プロゲーマーの年棒が、プロサッカー選手の年棒を上回る日が来るのでしょうか?

その命題に対する答えは、人類の未来を予見する鍵となるのかもしれません。

ではまた次回。

 

Sociaty5.0を生きる

時間を持て余す父親に贈る子育て参加現実と仮想世界の間