日比谷高校を志す君に贈る父の言葉

日比谷高校第一志望ながら、日比谷、開成、塾高のどこに入学すべきか、都立合格発表まで悩んだ父親が贈る、上をめざす君と家族を応援する徒然日記

自主性を高める体育大会 〜自主自律と地毛証明とスマホ規制

2018年5月14日更新:

 『学ぶ心に火をともす8つの教え』では「自主性と団結力を高める」行事として紹介された体育大会。しかし日比谷高校の体育祭は公開行事ではないため、その詳細を垣間見ることはなかなかできません。
それでも気になる体育祭の中身について、初めて体験する保護者の目でお届けします。
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  ゴールデンウィークが終わり、5月は東京都の運動会シーズン。

小中学校はもちろん、日比谷高校でも5月に体育大会が行われます。
ただし、この体育祭に関しては非公開のためか、三大行事の一つとされているにも関わらず、その情報はほとんど見当たりません。

そして保護者視線で日比谷生活の1年を振り返ってみると、生徒主導の非公開イベントだからでしょうか、体育大会はある意味現在の日比谷高校の生徒像が集団として最も自然な形で表現された行事のようにも感じます。

今回は、日比谷の体育大会についてお伝えすると共に、文章作成中に都立高校の地毛証明のニュース配信と名門校のスマホ規制について触れる機会を得たことから、今時の高校生の自主自律について合わせて考えてみたいと思います。

 

高校当たり前?ぶっつけ本番体育祭

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 平成28年度 日比谷高校体育大会開会式の様子

 わが家は日比谷高生の長男が第一子のため、昨今の他の学校の状況は分かりませんが、日比谷体育祭の特徴の一つは、練習なしのぶっつけ本番ということでしょう。

そして体育大会は平日の、しかも関係者のみに公開される行事という事で、入学後初めての全体行事を経験する緊張した面持ちの1年生を除けば、全体として日頃の校内生活の一部といった雰囲気です。

保護者見学もそれなりにいますが、日頃の成果を外部に発表するための行事ではなく、生徒自らが楽しむため、特に新入生にとっては新しい仲間や学校に慣れる仕掛けのような、入学直後の生徒主催の行事です。

当日どこかの保護者が、「会社の運動会みたい」とつぶやいていましたが、なるほど、現在であれば親睦のために新しい仲間と楽しむバーベキューのようなイベントといえるかもしれません。

そうした背景もあり、体育大会は、かなりリラックスした雰囲気の中で始まります。

写真の通り、運動場が星陵の丘の校舎から一段低い位置にあることから、見学者もちょうど河川敷で行われる草野球を土手から眺めているようなほのぼのした感じです。

とりあえずクラス毎にグランドに集まった、というような相当ざわついた喧騒の中、

「では皆さん今から始めます~」

生徒アナウンスでいつしか始まります。
小中学校の先生なら、保護者を前にした気ままな生徒の進行状況に、一言口を挟みたい気持を我慢できないような光景が開会式前からしばらく続きます。

それは小中学校の、保護者や来賓に公開する目的で事前訓練された運動会を見慣れた者にとっては、軽いカルチャーショック。予定通り進行するのかなと少し心配しつつも、補助要員として参加する教職員は特に口を挟む様子もなく穏やかに見守っているので、いつもそんな感じなのでしょう。
 

ゆるくてすごい?日比谷の体育大会

 そんなゆるい雰囲気の中で進行する体育祭ですが、見守っていると、なんだかんだ競技が進んでいきます。

日比谷の生徒数は3学年で1,000人程。
実行委員などは事前に綿密な打ち合わせを行っているのでしょうが、生徒全体がぶっつけ本番で進行していることを考えると、ある意味すごい事かな?と、最初の不安が次第にプラス評価に変わっていきます。

ちょうど子供の頃に経験した、アリの巣を掘り返してめちゃくちゃに混乱した後のアリを観察しているように、最初ザワザワ混乱しながらも、それぞれが今まで培った役割や常識を頼りに次第に全体として調和のとれた動きを見せるように、気ままに見える生徒たちも次第に秩序立った動きが生じてきます。

そういえば、無秩序の状態から秩序が生み出される発生過程は、現代の管理教育ではあまり経験する機会がないなと逆に気づかされます。

往年の日比谷高校では、クラス替えの際には生徒が希望する教師の前に集まり、人気不人気による希望人数の凸凹を、生徒の自主的な調整によって1日がかりで収めてクラスが決まる、という文章を何度か目にしたことがあります。

そんな大らかな時代と単純に比較することはできませんが、目の前に繰り広げられる体育祭の光景を眺めていると、見た事のないその当時の情景に重なる自主自律に裏付けられた不文律の行動規範を感じ、なぜか懐かしく思います。 

決して人に見せるための晴れのイベントではないけれど、逆にその中に日常的な学生の素顔や意識が見て取れて、別の意味で面白い行事には違いありません。

プロの有料公演でも、学校行事でも、見せるために管理統制されたイベントがほとんどの社会の中において、自律的な自然体の統治を間近に感じることができるイベントは、案外貴重ではないかと思います。

2年生は応援合戦のため、例外的に授業後に短期集中練習を行うようです。

 

地毛証明書と校則の開示

 日比谷高校体育大会を通じた高校生の自主自立を考えようと思った4月末に、多くの都立高校が実施しているとされる「地毛証明書」の記事が配信されました。

本来の毛の色や状態を確認しようとする学校側と、本来とは違う色や状態を実現しようとする生徒側の攻防で生じる軋轢や緊張感を思うと、高校生の親としては何ともやり切れません。

本当に、都立高校の6割近くがこんなことを行なっているのでしょうか?
またそれが、保護者への前向きなアピールになると学校側が信じているのでしょうか?
疑問です。

 

学校規則は事前告知してほしい

 地毛証明の記事を目にして高校生の保護者として感じることは、服装や頭髪に限らず、経験上入学後に生徒と揉める頻度が高い校則については、学校の方針としてその内容をホームページに掲載すると同時に、学校説明会ではっきり受験生と保護者に言及し、学校と生徒のミスマッチを避けるよう対応してほしいということです。

山に入る際にはクマと出会わないよう鈴を携行するように、身体や健康に関わる証明書を求めるような事例が生ずるのであれば、予め受験生に鈴を鳴らすべきではないかと思います。

運動競技のドーピング検査も、予め参加条件に規定されているから受け入れられるのであって、競技後にいきなり人前での採尿を強要されれば、強い嫌悪や人権侵害という気持ちが生じるでしょう。

実際に地毛証明の提出を求められた生徒も、頭髪は自由に表現できると思って入学したのかもしれませんし、入学後に初めて校則を認識し得る状況であったにもかかわらず、アウトサイダーのような烙印を押されたのであれば、生徒も学校どちらも不幸です。

高校入学は、結婚以上にパートナーの変更が難しい人生の決断ですから、学校側は多くの生徒を惹きつけるために八方美人になろうとせず、自分のありのままの姿と求める相手に対するメッセージについて、はっきり発信してほしいものです。

高校側にとって個々の生徒は多数の契約者の中の一人ですが、生徒個人にとっての高校は、かけがえのない青春時代を共に過ごす唯一のパートナーなのですから。

地毛証明の問題は、個人情報や人権の問題という以前に、まずは単純にルールの告知に係る問題のように思います。

 

日比谷の制服規定

 制服着用校である日比谷には、身なりに関する規定があります。

  • 冬季学生服着用
  • 夏季のシャツは白
  • コート・靴等は華美でないもの

概ねこの3点。
ですから、私服で通学したい君は、日比谷を志望するのはやめましょう。
また色柄シャツを着たい君も、学校側との無駄な軋轢を生じる可能性があるので別の学校を志望する方が懸命でしょう。

コート・靴等の「等」はあいまいなので、生徒指導を強化しようと思えば解釈次第で様々対応できるかもしれませんが、2年間過ごした中では別に疑問に思うようなこのもなく、運用の詳細はよく分かりません。ただ、女子のセーターの色柄などは少し気にしているようにも思います。

2013年の日比谷卒業生の中から、ミス慶應経由の女子アナが登場したご時世ですから、日比谷女子の中にも学校での女子力向上を志向する生徒もいるでしょう。
個人的にはその辺りは本人の自由でよいと思いますが、学校側にも抑えるべき事情が何かとあるのでしょう。

いずれにしても気になる志望校の校則などは、入学後のトラブルを避けるためにも、学校説明会後に教師に直接確認するなど、受験前にできる限り把握すべきでしょう。

 

開成高校のスマホ制限

 地毛証明の話題は、私自身耳にして気持ちが悪いです。

しかし現代においては、自由が看板のような名門校にとっても、学校の管理規制は他人事ではなさそうです。
実際に、平成28年度の開成高校合格者説明会では、耳を疑うような発言がありました。

合格者説明会の冒頭、合格者とその保護者に対する祝福の言葉の直後に校長が発した最初のメッセージは、

「夜9時以降はスマホを見ない」

というものです。
これが、学園生活への期待膨らむ合格者に対する開成高校からの最初のメッセージであり、眼前のスクリーンに大きく映し出されたのです。

正直私はその光景が信じられませんでした。正直、開成高校にはそんなプレゼンをして欲しくなかった。

一瞬にして醒めた夢。
しばらく頭がぼーっとしていました。

自分なりの前向きの解釈では、校長が伝えたかったのは、開成高校に合格したからといって浮かれてはダメですよ、中学入学組の進度に追いつくために夜は必死で勉強してくださいね、という暗黙のメッセージなのだということです。

しかしその言葉を耳にした瞬間に感じた気持ちは、「ここは本当にあの開成か?」という驚きであり、管理社会の現実を目の当たりにした衝撃です。

小中学校に入学するわけではないはずなのに、何故冒頭に家庭での自主的な行動を制限するようなことを言われなくてはいけないのか、素朴な疑問です。

開成が元来生徒管理のきつい学校なのか、あるいは自主自律、進取の気性と自由の精神を謳う名門校ですらそう言わざるを得ないほど、スマホの負の影響が大きいのか分かりません。

いずれにしても私の耳には、事前の周知なしに地毛証明を出せと言われるくらい、意外で衝撃的なメッセージとして響いたのでした。他の保護者の方は、そう感じなかったのでしょうか?

そしてこれとは対照的に、武内校長の『8つの教え』に記載されたスマホへの対応にも驚きました。

「放っておいてください。そのままダメになるようなら、一度つまずかせたほうがいいですよ」(中略)子どもには、「失敗する権利」があるのです。そして、「自分の力で立ち直る権利もあります。両方があってはじめて成長できるものだと思います。そのせっかくの成長のチャンスをつぶしてしまうのは、もったいないことです。

出典:「学ぶ心に火をともす8つの教え」武内彰

子どもがつまずき、自ら立ち直るまで見守るという対応は、本当に親力とでもいうべき包容力や寛容性がないと難しいことだと一人の保護者としては痛感します。日ごろは、そうありたいと思いながら、一言二言ついつい目先の結果や利益に捕らわれた発言をしてしまうのが、世の一般的な保護者の姿ではないでしょうか。
 

麻布の頭髪と地毛証明

 名門校のスマホ規制についてWEB上で確認しようとすると、2014年4月の毎日新聞の記事が上位に出現します。

灘、麻布など、従来校則すらない自由な校風と言われる学校でさえ、スマホ規制の校則化に踏み切るケースが目立つというものです。
先の開成をはじめ、こういう現実を目の当たりにすると、電脳世界や仮想現実が人間の自律性への脅威となって近づく時代への変化を感じずにはいられません。

しかしその要因を単純に学生の自律性の後退と考えるのは妥当でないように思います。
そこには教員を含む大人の幼稚化という側面や、現実と仮想現実の境界が曖昧になるような、保護者世代が経験した事のない急激な情報化社会の浸透も背景にあるように思います。

そんな折、GW中に開催される麻布中学高校の文化祭に、妻と下のチビを連れて行ってきました。同校は初めての訪問です。

生徒の印象としては、麻布生の7割くらいは髪の毛を染めているんじゃないかな、という感じ。しかも色とりどりのカラフルさです。

そういう意味では地毛証明という概念自体が無意味なほど自由なのかもしれませんが、逆にこれだけ多くの生徒が行っていることを、何で皆が同じようにしたがるのか、その点は不思議に思いました。
ある意味そちらの方が、集団的な自律性の後退なのではないかという思いさえ浮かんでくるほどです。5色6色のだんだら染めの生徒もたくさんいるので、もはや服装や頭髪の色形では個性を表現するのは難しいしと思うのだけれど。

そうした対照的な状況がある中で新聞記事を改めて確認すると、校則で染色やパーマを禁止する学校側の理由として書かれているのは、以下の文言です。

  • 生徒とのトラブルを防ぐ
  • 私立高校との競争が激しく、生活指導をきちんとしていることを保護者や生徒にアピールする

義務教育ならいざ知らず、高校で髪形や服装にそこまで目くじらを立てる必要があるのかなと素直に思いますが、やはり昔ながらに身なりが飲酒喫煙や不適切な異性交際への入り口という概念が強く存在しているのかもしれません。

あるいは、スマホも携帯もなかった頃の親世代の価値観の想定範囲の中に子が収まることで、安心を得ようとする保護者心理が強いのかなという気もします。

 

志望校は直接五感で感じよう

 同じ都立高校でも、日比谷のように制服着用にこだわる学校があったり、西高のように私服の学校があったり、また頭髪に神経を尖らせている学校があったり、色とりどりの頭が没個性に見える学校があるなど、それぞれの哲学や価値観は様々。

そんな多様な状況の中で高校受験を迎える君は、都立はどこでも同じと考えて学力や偏差値という一面にばかり気を取られずに、青春時代の多くの時間を過ごす学校のカラーや校則についても、学校説明会や文化祭など、できる限り早めに足を運んで自分の目で直接確認することが大切ではないかと思います。

そして学校を訪問した際には、遠慮せずに在校生に話しかけ、学校側が説明しない本当の学校の情報を得るようにしてはいかがでしょうか。
学校説明会で案内役を引き受ける学生は、学校の代表という意識もあるので、どちらかというとマイナスの情報は出さないことが多いかもしれませんが、話すしぐさや表情を見ていると、本音の部分は語らずとも伝わるものですから。

逆に地毛証明書の提出に躍起になっている生徒指導の担当教員の方には、日比谷高校のゆるしっかりな体育祭を参照し、優等生の巣窟みたいに思われている日比谷生が、保護者の前で晒す自然体の姿を教師が黙って見守る姿に、そういう対応もあるのかなと気づく機会を得ることもありではないかと思います。

高校も大学も、学力や偏差値や周囲の評価で選ぶ以上に、自己実現や自分の感性に合う学校を選ぶのがきっと一番君らしい。
ですから受験生の君には、志望校や併願候補を実際に訪れ、その学校の空気や価値観を自分の感性で直接確かめることを、本当にお勧めしたいと思います。

ではまた次回。

今年も勝山の海が君を待っている 

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