ニューズウィークに学ぶ情報操作

出典:Newsweek日本版/ForeignPolicy

出典:Newsweek日本版/ForeignPolicy

 バイデン氏の勝利宣言が行われた現在も、まだまだ収束が見えないアメリカ大統領選を通じて思うことは、世界的に報道の公平性が失われているということ。

デジタルネイティブ世代の中学生や高校生の君であれば、新聞やテレビの情報が信頼性に欠けるという感覚は、物心ついた時から普遍的な価値観として認識しているのだと思いますが、マスメディアが世間の良識であったはずの父親世代であれば、マスコミの報道を常識の拠り所とするのがまだまだ社会人のたしなみです。

そうはいっても、最近の日本でのテレビや新聞各社の報道姿勢の偏りは、公共電波の公益性に資するモラルや良心を捨ててまで、もはやなりふり構わぬ領域に達しているように感じる一方、今回の大統領選で理解したことは、アメリカにおけるメディアの状況も、やはり偏向が著しく公平中立の立場などないということです。

今回は、2020年アメリカ大統領選の開票途中に発信された、11月5日のNewsweek日本版の記事を確認しながら、どのように情報が作られるのかについて考えます。

 

Newsweek「たとえバイデンが勝っても」

  個人的には、NewsweekやTimeといった誌面は、権威があると同時にそれなりに良識や見識あるメディアではないかと考えていましたが、今回の大統領選に対する以下のニューズウィーク記事を読み始めた瞬間、目が飛び出すほど驚きました。

極端な民主党支持の価値観に基づく記事が配信されていたからです。 

<この大統領選の最も重要なポイントは、有権者の半数近くが嘘にまみれたトランプ政治を支持したという衝撃的な事実だ>

 Newsweek日本版 11月5日

この一文が要約として冒頭に掲げられた記事は、正にこの最初の一文によって、報道の中立性を放棄していることを自ら高らかに宣言しており驚きました。

理由を示すことなく世界の共通認識であるかのように、”嘘にまみれたトランプ政治”という決めつけから文章が始まっているからです。

もちろん、民主党の機関誌や同党の立場に立つ発信であればそうした表現もあるでしょう。ただこの文章が権威ある報道機関であるはずのニューズウィークの記事であれば看過できない状況です。

中立を是とする報道機関であれば、

<この大統領選の最も重要なポイントは、有権者の半数近くがトランプ政治を支持したという衝撃的な事実だ>

あるいはトランプに対し批判的に書く場合でも、

<この大統領選の最も重要なポイントは、有権者の半数近くが問題の多いトランプ政治を支持したという衝撃的な事実だ> 

などと書くべき導入であるはずです。

この一文を読んでストレートに伝わったことは、記者は明らかに反トランプの立場にあり、しかも接戦となった投票結果に対し、報道の公益性や公平性を犠牲にするほど感情を剥き出しにしてトランプを批判せざるを得ないほど、選挙結果に危機感を抱いているということです。

そしてもう一つの事実は、記事の内容が民主党支持にに偏っているという事実を理解した上で、ニューズウィーク誌のデスクが配信を行ったということです。

いずれにしても、バイデン支持者によるトランプ批判であることに変わりはないのですが、記事を読み終わった後にすっきりしない違和感が残ります。

なぜ記者は、記事そのものの公平性や信憑性に疑問がつくような一文を、冒頭に掲げたのだろうかという点です。

またニューズウィーク誌は、何故そのような構成の掲載を行うのだろうかと。

そこでその疑問を解消すべく、記事の原文に当たってみました。

 

日本語訳での情報操作?

 原文に当たって分かったことは、ニューズウィークとはいっても、日本語版の記事は英語版と同じではないということです。

まず今回の記事は、Newsweek(英語版)のWEBサイトには掲載がありませんでした。

おそらくは、日本版デスクが独自の裁量をもって、日本向けの記事を世界から広く仕入れて発信しているのでしょう。

そして事実として、この文章はNewsweekのオリジナル記事ではなく、日本版が独自にforeignpolicyというメディアから仕入れたものだということです。

原文に当たってみると、日本語版の記事とは内容そのものもニュアンスが異なるということに気が付いたのです。

サブタイトルの違い

 本文章の冒頭に画像を掲載した通り、原文には先に疑問に思った導入文ではなく、以下の副題が付されていることに気づきます。

 Many thought 2016 was a fluke. That’s impossible to argue now.

(2016年はまぐれ当選だったと多くが思ったが、そうではなかった)

このサブタイトルを見た瞬間、日本語記事を読んで感じた違和感がすっと腑に落ちました。たしかにこの副題が、記事全体の要旨になっているからです。

(余談ですが、受験生であれば、こうした文章全体の要約を行うことは勉強になります)

そして何より目を疑ったのは、日本語版では原文記事の内容が巧妙に、あるいは大胆に書き換えられていたことです。

意図的な情報の削除

トランプは今回、2016年よりも多くの票を獲得した。その内訳を見ると、前回よりもラティーノ(中南米系)と黒人の支持が増えたことが分かる。おまけに、連邦議会上院選では共和党が過半数数議席を維持する見通しだ。そうなると結論は1つ。2016年のトランプの勝利はまぐれ当たりではなかった。今回の大統領選で誰が勝とうと、アメリカはもはや「トランプのアメリカ」と化しているのだ。

Newsweek日本版(下線はブログによる)

 この部分の原文は以下の通り。

When you factor in the facts that Trump has now won 5 million more votes than he did in 2016 and about 48 percent of the popular vote, that he improved his standing among Latino and Black voters, and that the Republican Party may well hold the Senate, you’re left with one conclusion: 2016 was no fluke. Whoever wins this one, we’re all living in Trump’s America now.

foreignpolicy(赤字は原文ママ)

(トランプは今回、2016年よりも500万票多く獲得し一般投票の約48%を獲得したという事実を考慮に入れると、彼は中南米系黒人の有権者の支持を増やしたことが分かる。<以下、ニューズウィーク日本版に同じ>)

日本語訳では、トランプの選挙戦に関する以下の情報が抜けています。

  • 2016年より500万票多く獲得した
  • 今回一般投票の48%を獲得した

しかも得票数の増加については、強いトランプという論点を明確にするために、筆者が敢えて赤字で強調している部分です。

もしかすると、数字自体が単純な誤りであったことが明らかであるため、日本デスク側の判断で数字を割愛したのでしょうか。

しかし2016年選挙でのトランプの得票数は以下のグラフの通り63百万票弱であり、今回7千万票を超える水準ということを考えると、記事が書かれた時点の得票状況としても削除すべき誤りとは言えません。

2016トランプ得票数/出典:BBC NEWS|JAPANホームページ

出典:BBC NEWS|JAPANホームページ

また仮に記事の数字が誤りであったとしても、著者の名前で発信する記事の文章を一方的に書き換えるということはあり得ません。

なぜならば、記事自体は著作権や著作人格権などで守られており、記事購入の契約条件がどうであれ、注釈もつけずに原文をこっそり修正するということは、一般企業に勤める者の感覚からしても考えられないからです。

ましてや文章を生業とする報道記事です。その著作に対する著者の思いや主張を尊重するのは当然ではないでしょうか。

それ以前に、仮に書き換えが必要なほど重大な事実の誤りが含まれる記事であれば、権威あるニューズウィーク誌が仕入れて掲載するはずがありません。 

そう考えると、今見た副題の書き換えや数字の削除は、日本サイドの判断で勝手に行ったということになるのでしょうか。個人的な見識ではそのようなことは考えられませんが、他に説明もつそうにもありません。

本当でしょうか。

原文不在情報の追加

 更に、意図的な情報の削除とは対照的に、原文にはない表現の追加を積極的に行う部分も散見されます。

対立と分断を和解へと導き、アメリカを1つにまとめる政治を行う──そんなバイデンの構想は、今では見果てぬ夢と映る。オバマも同じことを目指したが、それによって共和党はさらに頑なになり、「オバマはインドネシア生まれのイスラム教徒だ」などという作り話がばら撒かれ、荒唐無稽な陰謀説を信じるアメリカ人が増え、その動きがQアノンの誕生にもつながった。

トランプの醜悪なアプローチがアメリカの有権者の半数近くの支持を勝ち得た今、バイデンが大統領になったところで、違いが分かるほど事態を改善できるとはとても思えない。トランプが再選されれば、改善どころか、悪化の一途をたどるのが関の山だ。

Newsweek日本版(赤字はブログによる)

この原文は以下の通りです。  

Biden’s goal of healing the nation’s divisions and governing in a way that brings everyone together seems like a very tall order now. Obama’s attempts to do the same only fueled Republicans’ obstreperousness and drove a large share of the public into the dangerous fantasy land of birtherism and other conspiracy theories (some of which ultimately morphed into QAnon). Now that Trump’s approach, for all its ugliness, has received a dramatic embrace from nearly half the country, it’s hard to imagine a President Biden making things better enough to make a difference. And it’s impossible to imagine a President Trump even trying.

 foreignpolicy (赤字はブログによる)

(・・・多くの国民が、出生主義や他の陰謀説(最終的にはQAnonに変化したもの)といった荒唐無稽な話を信じるに至った・・・トランプが再選されれば、改善を試みることさえしないだろう。)

最初のオバマの出生に関する話は、もしかすると日本語識字者は「バーセリズム」という言葉に不慣れに違いないという見解に基づく日本デスクの心遣いかもしれません。

(その場合、自らの読者に対し、国際政治への基礎教養がないと断定するのはいかがな態度かとは思いますが)

ただこの場合にも、著者に対する敬意と恣意的な文章の書き換えを疑われないために、やはり原文を尊重しながら「バーセリズム」を説明する形での具体例を提示すべきだと感じます。

そして最後の現代アメリカの分裂を改善しようとする姿勢に対するトランプの態度については、日本語訳が原文よりも一歩も二歩も突っ込んだトランプ叩きを行っているのが理解できます。

この最後の一文には、原文著者の意図からは離れた、ニューズウィーク日本版デスクの主観が色濃く込められているように感じます。

 

外国記事と印象操作

 マスコミはこのようにして、他者の著作を借りながら、自らの主張を織り交ぜて情報を作るのだなということがよく理解できる事例だと思います。

そう考えると、外国記事の翻訳という報道は、情報操作や主義主張を唱えるための隠れ蓑にくるまれた、非常に都合のよい媒体ということが言えるかもしれません。

こうして二つの文章を比較してみると、日本語訳はボクシングでクリンチの際にボディを連打する技術のように、原文よりもネチネチとトランプへの批判をちりばめながら、読者に対しトランプへのネガティブな意識を高めようとしている印象です。

それにより、トランプ嫌いであり、感情が抑えられない程動揺している中にあって、それでも報道として冷静な態度を保とうとする著者の人格や記事の内容は、より攻撃的なニュアンスへと書き換えられ、文章の品格が傷つくこととなりました。

著者はこの事実を認識しているのでしょうか?少し気の毒な気持ちです。

ではなぜ日本デスクは、原文を逸脱するような書き換えを行ったのでしょうか?

トランプが実際にはアメリカの有権者からの支持が高いという印象を、日本の読者に伝えたくなかったのでしょうか?

その意図するとことは私には分かりません。ただ今回改めて理解したことは、報道はそれを発信する者の意図により如何様にも内容を調整できるということです。

インタビューやノンフィクション映像などでも、編集によって全く趣旨の異なる内容にされてしまったということを耳にすることが度々ありますが、そのような現場を垣間見た気持ちです。

 

情報リテラシー

 今回のトランプを巡るニューズウィーク日本版の記事は、図らずもそうした情報操作の在り方を、比較可能な形で目の前に示してくれました。

政治も企業も個人であっても、人の活動の根本的な目的の一つには、第三者を如何に自分の思い通りに動かすかという点が含まれます。

報道も、人が行う活動であれば、やはり公正な視点や立場を確保するということは難しいことなのかもしれません。あるいはそうした姿勢は既に過去のものであるのでしょうか。日本でも同じことを多くの方が感じているに違いありません。

ウェブ言論の普及により、既存のマスメディアだけではない視点や立場からの論点や解釈が示されるようになり、お互いに牽制しながら全体として言論空間が構成される時代には、情報選択の健全性が上がると同時に、恣意性や真偽に対する罠は複雑巧妙になるなど、情報の受け手のリテラシーがますます重要な時代となりました。

マスコミの報道もネット上に流れるつぶやきも、それを発信する個人や集団の利益を含むという視点を持ってすべての情報に接することが必要なのだろうと思います。

わが家では息子たちに、

「教科書に書いてあることは正しいか分からないが、世間で一般常識と言われる内容だから先ずはそれを知り、大人になって自分で何が正しいか確かめろ」

と伝えています。

すべての報道は、情報ソースを人が加工して発信している以上、必ず主張や恣意性が含まれると考えるのが自然だと思います。この文章にしてもそうでしょう。

VUCAと呼ばれる先行きの不確かな時代に、情報の恣意性や不確かさとどう付き合うのか、一人一人に求められる共通の課題であることは間違いありません。

ではまた次回。 

本検証の対象記事

(日本語訳)Newsweek日本版

(原文:内容が一部書き換わっています)

2020アメリカ大統領選の意味

2016アメリカ大統領選の意味

安倍政権後の日本

マスコミは若者イジメをやめるべき