東京に転勤が決まった子育て家族が最初に悩む問題は、どこに住めばいいのかであることは疑いようのない事実です。
もし社宅や住む場所が予め会社によって指定されているのであれば、選択の自由が奪われる不満は残るにせよ、それはある意味ラッキーなことかもしれません。
なぜなら住居選びで悩む必要がない上に、信じられないほど割高な都内の家賃と比較して、おそらく圧倒的に少ない自己負担で暮らすことができるからです。
逆にもし、自ら住む場所を選択する必要があり、しかも子育てに適した教育熱心な地域に住みたいと考える場合には、本当に、住居選びにものすごく悩むことになります。
その理由は簡単で、一般ビジネスマン家庭の多くが考える、”子育てに適した街に住みたい”という至ってシンプルで多くの保護者に共通する根源的な疑問に対し、その答えを的確に与えてくれるガイドブックや情報が、実は書籍にもWEB上にも、全く存在しないことに直ぐに気付くからです。
子育てに適した街情報がない問題
仮に年収が2千万円程度ある家庭であれば、それでも都心に住みながら私立に子を進学させようとする場合には十分な年収とは思えないですが、ある程度好きな地域を指定して住むことができるかもしれません。
「プレジデントFamily」などの子育て雑誌で取り上げられるようなブランド学区を、積極的に選択することも視野に入るでしょう。
しかし現実的にはそのような選択が可能な家庭は一握り。実際には、知人やネット上の情報を頼りに地元不動産屋を回りながら、地道な絞り込みを行うことになります。
例えば具体的に、「東京/子育て/人気/街」などと検索してみたらどうでしょう。
検索結果として並ぶのは、
- 不動産関連サイト情報
- 不動産コンサル情報
- 人気ランキング情報
など、グルメ情報と同様に、様々な法人や個人が勧める特定の街の紹介情報ばかりです。しかもその選択基準に何ら客観性はありません。
また、子育て家族に対してよくある判断基準としては、以下のようなものがあります。
- 地域の世帯年収
- 地域の中学受験率
世帯年収情報は、行政の統計に基づき一定の実態を的確に知ることができますが、都内では数ある同水準の平均年収地域の中で、教育的観点から住むべき街を特定できるような具体的な情報を教えてくれるわけではありません。
そうした際に合わせて登場するのが、中学受験率の高さという指標ですが、これは地域の平均年収が高いほど、要するに不動産価格や家賃が高い地域ほど中学受験率も高くなるという単純な相関関係が確認されるばかりで、結局は手が届きにくいブランド学区にたどり着くという意味においては、やはり一般家庭の不動産探しにとってはあまり参考にはなりません。
そのような状況の中で私自身、都内の住居選びで非常に悩んだ経験があります。
東京は、地方都市と異なり選択肢があまりに多すぎて、初めから特定地域への憧れや強いこだわりを持つ場合以外は、なかなか絞り込めないのです。
日比谷出身中学という不動産情報
そのような状況にあって、東京子育て研究所が一貫して注目してきた不動産選びの基準とは、日比谷高校へ通う生徒の出身公立中学校の学区です。
丸の内など都心へのアクセスが必要な家庭が前提となりますが、日比谷出身中学情報は、教育に関心のある家庭の不動産選びに対し、日比谷高校合格という客観的事実に基づく数多くの示唆に富んだ情報を提供してくれます。
日比谷合格者の出身公立中学が、地域の教育不動産情報として有効であるのは以下の理由からです。
- 教育意識の高い家庭が受験
- 都内路線駅の数は約650存在
- 都内の公立中学は約610存在
- 毎年200超の公立中学校から合格
- 合格中学には一定の偏りがある
- 学校が毎年合格校のデータを公表
基本的に公立中学は、進学予備校とは異なりどの地域であっても概ね同様の教育サービスを提供しているはずですが、日比谷高校の合格実績という観点で見た場合には、地域や学校により明らかな偏りが見られます。
都内には約650もの駅が存在しますが、公立中学も駅数に近い611校が存在しており、各校の状況が概ね路線駅を中心に広がるその地域の教育環境を反映することになります。
つまり逆の見方をすると、人口分布に応じて都内全域に点在する公立中学は、東京を600分割したそれぞれの地域の教育不動産情報を発信しているということになります。
その中で、公立トップの日比谷高校を目指すのは、都心にアクセスが可能であり、かつ相対的に教育熱心な家庭です。
つまり日比谷に合格者を輩出する公立中学は、その地域の教育関心度や、学習塾をはじめとする教育クラスターの充実度を端的に示していると考えることができるのです。
では、具体的に直近6年間の結果を見てみましょう。
日比谷高校【単純合格数】6年実績
でははじめに、6年間の合格者数の状況を確認します。
この一覧を見て最初に理解できることは、6年間で日比谷高校に1人も合格者がいない中学校は183校、都内全公立中学の3割もあるという事実です。
もちろんこの中には地域の教育水準以前に、地理的に都心に向かうには時間がかかりすぎるため受験しないという中学校も含まれるはずですが、だからこそ、都心にアクセス可能なエリアを探し出すための基礎情報になるのです。
そして地理的な要因と合わせて、同じ行政区内の学校であっても明らかな偏りが生じることから、地域の教育意識やインフラの差が反映されると考えられます。
平均で毎年継続的に1人以上の合格者を輩出する中学校でさえ、106校、全体の17%しかない状況ですので、こうした情報を確認することで、都心へのアクセスを前提とした、相対的に教育意識と教育インフラが高いであろう地域を推し量ることができるのです。
毎年2名以上合格の公立中学
ここからは具体的な中学校について確認します。
まずは毎年平均で3名の合格となる6年間合計18人以上と、平均2人となる6年12人以上の公立中学を掲載します。
ここに掲げられた中学校は、それぞれの地域の中で古くから教育熱心な地域として考えられる学校ではないでしょうか。
品川区の伊藤学園は、小中一貫の義務教育学校として複数の公立が合併してできた新しい学校ですので、他の中学校とは少し性格が異なります。
マスコミでも注目度の高い麹町中学や、世田谷区の桜丘中学もこの中に含まれるなど、地域でも注目度の高い学校が並ぶ印象です。
ただし合格数の比較で留意すべき点は、平均3名以上の学校の生徒数平均が556人ということからも分かるように、それなりに規模の大きい学校が並びやすいということです。
規模の大小を調整するために、100人当たりの合格者数を併記していますので、合わせて確認するとよいでしょう。
合格数が多く、かつ生徒数当たりの合格者も多い学区は、特に教育に熱心な地域ということができると思います。
尚、一覧の中で注目は、まずは麹町中学の生徒数がこの4年間で100人近くも増加して400人を超えた点。本年度より越境入学受け入れを中止した理由がうかがえます。
そして、世田谷区と江戸川区がそれぞれ3校ずつ入っている点。都心に位置する日比谷高校を中心に、それぞれ東西の子育て向け住居エリアが浮かんできます。
中でも江戸川区は、公立教育熱が高いエリアであり、西葛西中学が清新第一中学を抜いて単純合格数で今年度地域トップとなったことも興味深いです。
また、多摩地区で日比谷志向の強い町田市が含まれる点も注目です。路線の共通性から、町田市は世田谷区の衛星都市と捉えています。
では次に、平均1.5人合格となる、6年合計9人以上の学校を掲載します。
毎年1.5人以上合格の公立中学
日比谷高校への合格平均が1.5人の中学校は、23校存在します。
先の15校と合わせた38校は、それぞれの地域でも教育に関心が高い世帯が集まるエリアの代表格と言えるのではないでしょうか。
38校を行政区全体で見た場合には、
- 世田谷区 7校(18.4%)
- 江戸川区 4校(10.5%)
- 文京、大田、品川、目黒区 3校(7.9%)
となっており、先の世田谷、江戸川区に加え、中学受験率も教育熱も高い代表エリアである文京区や、城南地区を代表する居住地である大田、品川、目黒3区も登場します。
毎年1人以上合格の公立中学
では次に、毎年の平均が1人以上となる、6年合計6人以上の中学校を掲載します。
ここからは校数が多くなるので、平均合格者1人毎に分割して掲載します。まずは平均8名の学校です。
次は6年平均合格者7名の中学校です。
最後は、平均6名の中学校を掲載します。
以上、毎年平均1人以上の日比谷合格者を輩出する公立中学校は全部で106校あります。
ここまで含めると、登場する行政区の顔ぶれは以下のように変わります。
- 世田谷区 13校(12.3%)
- 大田、江戸川区10校(9.4%)
- 江東区 8校(7.5%)
- 板橋区 7校(6.6%)
- 文京、品川、練馬区、町田市 6校(5.7%)
1.5人までの状況と比較すると、江東区や板橋区が加わり、山手線外の東西南北それぞれのエリアが上位に並びます。一般家庭にとってより現実的な住居選択肢が広がるのではないでしょうか。
一覧106校の中には、よく知った学校や地域も散見される反面、まったく見たことも訪問したこともない地位も多数含まれます。
これらの中学校の学区が、実際に子育てや教育に適した地域であるかは正直分かりません。ただ共通するのは、日比谷高校への合格数という客観的な判断基準に基づき全ての学校をスクリーニングした結果であるという明快な事実です。
地域に数多く存在する公立中学校の中で、6年間の集計により何故これほど明確な差が表れるのか。
私自身はその理由として、その学区が持つ保護者の教育意識や学習塾の有無など、地域の教育環境の違いではないかと考えています。
都立高校は基本的に一人一校しか受験できませんから、その頂点に位置する日比谷高校を実際に受験しようとする生徒を取り巻く環境は、家庭であれ学校であれそこに点在する学習塾などのインフラであれ、間違いなく教育意識の高い地域クラスターを形成しているのです。
いずれにしても、これらの情報が、新しく都内へ転居する子育て家族の不動産基礎情報として、少しでもお役に立てることを願います。
参考)日比谷[合格率]情報
これまでは、単純合格数での比較を行いましたが、その場合にはどうしても生徒数の多い学校が合格数も多くなるという傾向は否めません。そこで生徒数をそろえて比較した場合の結果についても参考値として掲示したいと思います。
尚、各校の生徒数は2020年度の数字を利用しています。実は、毎年すべての学校について生徒数を最新の値に更新するなど、集計結果を公開するのはなかなか時間がかかる地道な作業が伴います。
では結果を見てみましょう。
便宜上、生徒100人当たりの合格数毎年平均1.5人以上と1人以上に分けて表示しています。1.5人以上が23校、1人以上が40校の合計63校が登場します。
この一覧の行政区を整理すると以下のようになります。
- 世田谷区 10校(18.9%)
- 文京区 8校(15.1%)
- 新宿、目黒、大田区 6校(11.3%)
- 港区 5校(9.4%)
- 品川、江戸川区 4校(7.5%)
単純合格数で並べた場合と比較すると、新宿区や港区も加わるなど、山手線内に近いエリアが上位に並ぶ印象です。
また、平均的な全校生徒数も300人程度に収まるなど、比較的規模の小さい学校であるのが特徴です。
具体的な学校名を確認すると、古くから教育熱心な地域として定評のある、ある程度平均年収が高く都心に近い中学校が確認できるのではないでしょうか。
それなりに収入の高い家庭が教育環境を意識する場合には、こちらの合格率で並べた一覧を参考にするのがよいと思います。
中学受験で公立中学を意識する意味
東京に転居し、中学受験を考えている家庭の方も、小学校区ではなく中学校区を意識した住居選びをお勧めします。
理由は3点あります。
- 都内公立中学は小学校数約1,270校の半分、つまり平均的に2倍の学区面積を有するために不動産の選択範囲が2倍に広がり無理がより少ない。
- 万一意中の中学に不合格だった場合の出口戦略として押さえが利く。
- 通学してもよいと考える公立中学校区に暮らすということは、その地域の環境を受け入れるという、日々の生活の満足度の向上につながる。
中学受験に向かう理由が、地元の公立中学校に通わせたくないから、というのは避けたいものです。
その動機そのものが、日々の暮らしを自ら否定することを意味するからです。
中学受験に向かう理由がもっと積極的な、子により良い仲間や教育環境を与えたいからというものであれば、その場合にもやはり地元公立中学を意識するのがよいでしょう。
なぜならば、子に与えたいより良い仲間や教育環境以上に子どもに潜在的な影響を与えるのが、幼少からの日々の暮らしの中で積み上げる、地元の仲間や教育環境だからです。
収入が十分高い家庭であれば、ブランド小学校区を選択すればよいかもしれません。
そうでない場合には、都心へと向かう住居地選択の参考情報として、日比谷高校の出身公立中学の累積情報は、小さくはない示唆を与えてくれると思うのです。
最後に、日比谷高校合格者が1人でも輩出された公立中学校の行政区の割合一覧を掲載します。これを見る限りにおいては、日比谷高校合格中学校の統計的数字は、都心に通う一般家庭が検討すべき子育てエリアと無関係ではないように思います。
今回掲げた情報は、東京子育て研究所の独自解釈による見解であり、何ら学問的裏付けのある結論ではありません。
ただそうはいっても、子育て住まいの選択という根本的な課題に対する有効な方法論が確立されていない中で、ここに掲げる情報が、これから都内に向かう子育て世代のために少しでも参考となれば幸いです。
ではまた次回。
最新データ日比谷合格8年分