間もなく米寿を迎える実父が都内のわが家を訪れた穏やかな秋の週末に、両親が希望する東京大学の他にどこに向かえばよいだろうかと考えて出した答えが、令和天皇即位パレードのコースをたどる行程です。
東京駅丸の内駅前広場
地方から上京する親世代の訪問者にとって、最も身近でお勧めできる観光スポットが東京駅正面の丸の内駅前広場です。
丸の内や大手町周辺に勤務するビジネスマンにとっては当たり前の光景ですが、私自身は今でも日常的にこの場所に立つ度に、シビルエンジニアリングや都市計画という言葉と共に、この場を計画し、実行した行政や技術者に対する敬意の念を感じます。
数年前まではタクシーの溜まり場だったこの場所が、東京駅正面から真っ直ぐに皇居を臨む文字通りの東京の表玄関として機能する様は、都民としては誇らしく清々しい気持ちになる場所です。
このような税金の使われ方であれば、いくらでも協力しますという気にさせるような、気持のよい仕事ぶり。
地方からの来客であれば、東京駅を新幹線の乗り換え駅として素通りせずに、一度改札の外に出て記念写真でも撮ってみれば、本当に東京の想い出の一枚となる場所です。
老いた両親の、最後の東京訪問となるかもしれない日を歓迎するような晴れやかな青空の下で、長男の大学見学を巡る旅の始まりを記念する1枚が撮れました。
東大本郷キャンパスの観光価値
これまで仕事で弥生キャンパスを訪れることは度々あったものの、保護者として週末に同大学を訪れてみると、明らかに観光客と思しき人々が赤門や安田講堂前に集まっていることに気づかされます。
憧れの進学先として東大を訪れる小中学校の親子連れや、受験を意識した高校生の集団は日常的に見かける光景だと思いますが、逆に観光客目線で見ると、赤門前はひっきりなしに人が出入りするため、記念写真を撮るにはなかなかタイミングを図るのが難しい場所です。
そんな中でも穏やかな秋の土曜の午前中に取った一枚は、記念写真としてはこれからの年賀状シーズンにも活躍しそうな構図に納まっているのではないでしょうか。
そして赤門から安田講堂へ。
東大の象徴でもある美しいイチョウ並木が色づく中、黄色い葉の間から見え隠れする木漏れ日が、赤子のようによちよちと歩く父の足取りの前に、暑くもなく寒くもない気持ちのよい散歩道を提供してくれます。
令和天皇即位記念パレードと同じ雲一つない秋空の下、日本の近代化を推し進めた先人達が時を過ごした様々な学び舎のファサードが、明治以来の歴史の面影を濃い陰影の中にたたえながら、訪れる者にその圧倒的な空間の意味とこれから日本が進むべき道の在り方を問いかけるような気持に包まれます。
保護者として訪れる東京大学は、その長い歴史が家族の履歴の一部として刻み込まれたような、去年までは想像さえしなかった身近さを感じる不思議な感覚をもたらします。
東大生協では、宅配便で送らなければならない程たくさんの東大オリジナル菓子を買い込む両親の姿を目の当たりにするにつれ、地方の名門高校を卒業しながら戦時中に大家族を養う苦労からか、大学には進まなかった父にとっては孫が導く現在の足取りは本当に誇らしく、うれしいものに感じているのではないでしょうか。
東大医学部精養軒
大学法人になって以来、多くの国立大学構内には外部資本が運営する洒落たレストランやカフェが多く設立され、観光客に対してゆとりある休憩場所を提供してくれます。
多くの飲食店が入る東大キャンバスの中で、今回昼食に利用したのは医学部附属病院内にある精養軒です。
精養軒は小説「三四郎」にもお調子者の与次郎と共に度々登場し、現在では多くの場所で展開する老舗の洋食店ですが、東京大学構内にも1店舗構えています。
そこは東大附属病院入院棟Aの15階に位置する、上野の森を見下ろす展望レストラン。ちょっとしたスカイビューが楽しめます。
赤門を真っすぐ進み、医学部棟の右手をずっと下った先にある東大附属病院入院棟に入り、A棟エレベーターに乗るのですが、真剣な医療現場の中を通ってアプローチする際に、観光客が気軽な気持ちで利用してよいのかと一瞬戸惑うような不思議な気持ちが湧き上がります。
ウキウキとした気分でランチに向かう一般客の横を、ストレッチャーに固定されて運送される患者が無言で通り過ぎる光景は、自分の存在に違和感を感じ、利用を控えた方が賢明ではないかと一瞬冷静に考えさせられる環境です。
レストラン自体はそれほど華美な造りではないですが、価格の方はそれなりの設定となっており、それでも外部訪問者に向けたレストランなのだと感じます。
ちなみに観光客が本郷キャンパス内で大学の雰囲気を味わいながら食事しようという場合には、一般には安田講堂の地下空間に広がる巨大な中央食堂をむしろお勧めします。
安田講堂前に左右に口を開いた地下階段を下りるアプローチの先にある、不可侵の秘密基地に侵入するような地下空間の光景は、どこかモダンで懐かしく、また同時に無機質で近未来SF小説に登場するような錯覚に陥る訪れる価値のある空間です。
即位パレード行程ドライブ
東京大学を後にして都内観光として選んだコースは、1週間前に執り行われたばかりの即位パレードの行程を辿るドライブです。
どこを訪れるよりも、両親にとっては興味ある観光ではないかと考えたのです。
まずは新しくも厳かに生まれ変わった東京會舘付近に車を停め、二重橋を背にで両親と記念写真を撮った後は、いよいよ即位パレードの軌跡を巡る秋のドライブです。
桜田門を抜け、国会議事堂を正面に向かうあたりから、黄金色に輝く秋の夕暮れの景色の中に少しずつ見慣れた懐かしい風景が広がります。
国会議事堂から国会図書館、自民党本部、平河町交差点と回って赤坂見附の立体交差へ向かうパレード全体のおよそ4分の1、数分間の行程は、長男が日比谷高校に通った3年間に親しんだ風景です。
日比谷高校とは敷地を接するプルデンシャルタワーの存在が、右へ左へと曲がりながら進む車の進路に関わらず、夜空に輝く北極星のように、学校の場所を天高く、分かる者にのみ密やかに教えてくれます。
通い慣れた赤坂見附の駅周辺を巻きこむように左に大きく曲がりながら立体交差を青山方面に降りて行くと、ビルの合間から射すスポットライトのような光と共に突然視界が広がって、待ちわびる聴衆に向かって螺旋階段を下りながら表舞台に登場する主人公のように、その瞬間の新鮮な感覚を疑似体験することができます。
赤坂御用地を右手に意識しながら青山通りの街並みを真っすぐ過ぎ、青山一丁目交差点を右に折れると、都会の喧騒からは切り離された離れた穏やかな黄色い秋の入り口が現れます。
権田原から赤坂御所へ向かう通りには、港区にあってまるで別荘地にでも訪れたかのような、人もビルも疎らな秋の別世界の深まりが訪れます。
即位パレードの終点となる、赤坂御所の入り口を通過して家路に向かいながら、赤坂迎賓館の正門前に差し掛かります。
ヨーロッパを思わせる白亜の宮殿がこの場所に存在することに違和感を覚えつつ、疲れて眠る80を過ぎた父を気遣い、迎賓館の見学は止めにして令和の即位を辿るは終了します。
パレードオープンカーの一般公開
最後に余談ですが、令和の即位パレードで利用されたオープンカーは、赤坂迎賓館で一般に公開されることが告知されています。
迎賓館赤坂離宮では、天皇陛下御即位慶祝行事として11月10日(日)の祝賀御列の儀で天皇皇后両陛下が乗車されたオープン・カーを11月28日(木)から1月5日(日)まで前庭の車寄せに展示いたします。
◆時間
10:00-17:00 (最終受付は16:00、庭園のみ16:30)出典:内閣府・迎賓館赤坂離宮HP
皇室好きの方だけでなく、東京観光に対し現在特別な何かを求めている方にとっても、歴史の一コマを同時代に体験する貴重な時間になるかもしれません。
米寿をにらむ心身共に達者とは言えない父と母を東京に迎えるために、どこか目新しい場所を訪れるよりは、ある意味誰もが知り、一度は訪れたことがある皇居周辺を巡り、令和の新しい時代の幕開けを身近に触れることに意味があると考え実行したささやかなおもてなしの心が、老いた両親にとっては最後となるかもしれない東京の想い出として確かに記憶に残る旅となったようです。
実家に戻った翌日には、親戚や周辺に対し即位パレードと同じ道を走ったことを誇らしげに語る母親の様子を耳にした時、長年の苦労に対し少しは親孝行ができたものかとうれしく思うと共に、あとどれほどの時間を共に過ごすことができるのかという感傷的な現実が頭をよぎります。
これまでは子育てに夢中に取り組んできた時間の中で、今後は改めて、両親の老いの現実と向かい合うことが求められる予感。
子供と親という二つの大きなテーマに挟まれながら、自らの老いの準備にも取り掛かろうと考えるこれからの暮らしはどのようになるのか、どうあるべきなのか、人生の後半を歩きながら考えていきたいと思います。
ではまた次回。
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