公立中学から高校受験する場合に気になる情報の一つが内申点。
都立高校入試の場合、内申点は合格点1000点満点中の300点分を占めることから、合否判定に少なくはない影響を及ぼします。
どの学校でも内申点の分布状況が同じになる「相対評価」とは異なり、現在は「絶対評価」で内申点が決まりますから、極端な場合、生徒全員がオール5となることも制度上はあり得るルールとなっています。
この結果、都内に約600校ある中学校毎に、内申点の分布状況はばらばらとなります。
良い内申点格差、悪い内申点格差
学校間で生じる内申点のばらつきには、良いばらつきと悪いばらつきが存在します。
良いばらつき
「絶対評価」の本来の意義である、生徒の資質や能力によって学校間の内申点格差が生じる場合、このばらつきは適切な運用状況の結果であるということができます。
この場合、同じ生徒であれば、どの学校のどの先生が評価しても、概ね同じ評価結果に落ち着くという、本来あるべき理想の状況であるといえるでしょう。そして高校入試の内申点考慮は、こうした前提で成り立っていると考えられます。
ただし残念ながら、そのような状況が実現されるのが難しいことは、ある程度大人になれば誰にでも容易に想像がつくことです。
悪いばらつき
絶対評価制度の本来の意図とは異なり、先生や学校による評価基準側の違いや、生徒に対する感情などによって内申点の結果に影響が生じる場合は、制度が適切に運用されていないのと同時に、高校受験の公平性に疑義が生じることになります。
人間が行うことですから、悪意がない場合でもある程度の評価のばらつきが生じるのは仕方のないことですが、その差が極端に開く場合には、その結果が少なくとも高校受験に影響するという意味において、看過できない状況となります。
難しい内申点の学校間比較
内申点のばらつきの原因を特定することは難しいことは認識した上で、それでも最低限、学校間の得点差がどの程度であるかを客観的に知ることができれば、その格差が本来の生徒の資質により生じるものであるか、あるいは歪んだ運用の結果であるのか判断の根拠資料となり、内申制度の不備や改善点を指摘し、より公平で納得感の高い、適切な内申評価と都立高校入試の実現に近づくことにつながります。
幸い東京都では、毎年中学校毎の内申点の分布状況が公表され、情報開示請求を行うことで、都民であれば誰でもその情報を入手することができます。
しかし実際には、全ての学校の内申点の分布情報を手にしても、現実的には学校間の内申格差を把握することは不可能です。
その理由は一目瞭然。
情報開示で得られる実際の公開資料を目にすれば、直ぐに理解できることです。
この一覧は、都教育委員会が公表する実際の資料であり、ここには1ページ分のみを掲載していますが、実際には都内600校に関する9教科それぞれの内申点の分布割合が全て掲載されています。
ところが全ての情報が記載されたこの資料を眺めても、どの学校の内申点が高く、あるいは逆にどの学校の内申点が低いのかを客観的に把握することは到底できません。おそらくは教育委員会自身も、理解できていないと思います。
理由は単純で、ずらりと並んだ内申点を定量評価し、相互比較するための方法論や指標が確立されていないからです。その比較がどれほど困難であるかは、実際に資料を見れば直感的に理解できるでしょう。
ここに並んだ数字は、生徒であれ保護者であれ、塾関係者や教師であれ、公立中学校の関係者であれ、誰もが知りたいと思う価値ある秘密情報でありながら、誰も暗号を解読するための乱数票を持ち合わせていないために、ただの数字の羅列にしか過ぎないという宝の持ち腐れ状態、ジレンマに陥るのです。
内申点の格差問題が、個人の感情の中でくすぶり続けながら大きな問題として取り上げられない最大の理由は、評価方法が確立されていないことにあるように思います。
『標準内申点』という考え方
東京子育て研究所では、全ての学校の内申点を分かりやすく客観的な数字で比較する手法として、以下の方法を確立しました。
- 内申点を都立高校入試の内申得点に換算した数字で比較する
各中学校 9教科x5段階評価=45個の個別の数字をそれぞれ突き合わせるのではなく、都立高校入試における内申得点という一つの数字で表される重要指標に、45個の数字の価値を落とし込んで比較する方法です。
この方法が優れている点は、
- 45個ある内申点を、単純な1つの数字で比較できる。
- 内申点を気にする最大要因である、高校入試の得点差で比較できる。
- 標準内申点を算出する方法は、都立入試の内申得点を算出する方法に沿うため、客観的ルールに基づく恣意性のない納得性の高い数字が得られる。
- 得点差はそのまま高校入試の合否判定の有利不利に直結するため、数字差異に対してより真剣に考える要素となる。
要するに、実用的で分かりやすく、教育委員会が定めたルールに基づき誰でも自分で算出することができる数字指標ということができます。
「標準内申点」は東京子育て研究所が定めた名称ですが、基本的には教育委員会が定めた換算方法に一致します。
では次に、この標準内申点の求め方を確認します。
各学校『標準内申点』の求め方
標準内申点は、最初の数字の整理を除き、基本的に都立高校入試における内申得点を求める流れと同じです。ここでは具体的に、東京都の公立中学校全体の平均内申点を例に算出方法を確認します。
まずは計算根拠となる、2019年度の都内全公立中学校の平均内申点割合を確認します。
ここで問題になるのは、内申点の分布状況が分かるだけでは、各教科の内申点がいくつであるのかがはっきりしないということです。
ですから標準内申点を求める第一歩として必要になるのは、各教科の内申点を一つの数字=素内申点として把握することです。
では実際に、教育委員会の内申資料から標準内申点を求める方法を解説します。初めに算出方法の流れを提示します。
標準内申点算出フロー
- 各教科の素内申点を求める
- 換算内申点を求める
- 入試内申得点を求める
これだけです。ここで2.および3.は、都立入試の換算得点を求める方法と同じですので、実質的には1.のスキームを追加するだけです。
こうして得られた結果は、当該学校の標準的な生徒が都立高校入試の際に期待される内申得点(=標準内申点)となります。
では具体的に、例として国語の場合を考えます。
- 国語の評価分布状況
5:12.1%、4:25.1%、3:48.3%、
2:11.6%、1:3.0%
この情報から国語の素内申を特定する方法は、加重平均により得られます。
1)素内申点の算出(加重平均)
5x12.1+4x25.1+3x48.3+2x11.6+1x3.0/100 =3.32
つまり、都内全公立中学における国語の平均内申点は3.32となります。この数字は最終的な入試得点を得るための素内申点となります。
同様に、9教科全てについて標準内申点を算出すると以下の通りとなります。表示便宜上、小数点一桁表示としています。
9教科全体で見ると、都内全ての公立中学校の標準的な素内申点は3.3または3.4に集約されます。これは内申1が基本的にないことを考えると、健全な状況と考えられます。
この結果、都内公立中学に通う標準的な生徒の内申合計点は、29.8点となります。都立進学校を目指す場合には、内申40が一つの目安となりますが、全体としては内申30が標準的な数字であることが理解できます。
2)換算内申点の算出(都立入試に同じ)
次に、いま求めた素内申点を換算内申点に置き換えます。ここからは都立高校の内申得点の求め方に準じます。
換算内申点が必要であるのは、都立高校の場合、主要5教科の1倍に対し、実技4教科の内申点が2倍に評価されるからです。
このため、9教科オール5の内、実技4教科の内申点は5x2=10点満点として評価されますので、換算内申点の満点は、
- 5教科x5+4教科x5x2=65点
となります。このように4教科を2倍して得られる換算内申点は以下の通りです。
東京と全体の平均的な換算内申点は43.2点となりますが、この数字は最終的な入試得点を求めるための作業上の通過点になりますので、数字そのものにはあまり意味はありません。
3)入試内申得点の算出(都立入試に同じ)
最後に、換算内申点を入試の内申得点として評価します。こちらも単純に都立高校入試ルールに準じるものとなります。
換算内申点65点満点が、都立入試1000点満点のうちの300点に相当しますので、単純な割合計算となります。先の都内平均換算得点43.2点は、以下のように得点化されます。
- 43.2x300/65 =199.38・・・
要するに、平均的な公立中学生にとっての入試内申点は199点になるということです。以上が各学校に関する標準内申点を求める手順となります。
そしてここで大切なことは、入試の内申平均点が199点ということではなく、この基準を拠り所に、各学校の標準内申点を比較できるということです。
ある学校の標準内申点が199点より大きければ、その学校は都内平均よりも内申点が高い学校となり、小さい場合には低い学校となります。
また学校間においても、標準内申点を比較することで、学校同士の内申点の高い低いを客観的に把握し評価することが可能となります。
標準内申点の比較評価で得るもの
標準内申点は、各学校の内申点の標準的な期待値を示します。この単純な数字を比較評価することで、様々な情報が得られることになります。
内申点の評価が適切に行われる場合は、標準内申点の数字の大小が学校および地域の生徒の学力や基本能力の差異を示すことになります。
これにより、より教育意識の高い家庭や教育環境の整ったエリアを間接的に推し測ることができることになります。
逆に内申点評価が適切でない場合には、数字の差異の大きさが、内申評価基準のずれの大きさとして現れることになります。
例えば、同じ行政区内の隣接する中学校の標準内申点に大きな乖離が認められる場合には、内申評価の不適切さが指摘されることになります。なぜならば、特に学区の範囲が狭い都市部においては、隣接する学校に通う生徒や家庭の年収や教育意識、文化水準などが大きく異なるとは考えにくいからです。
そして実際に世田谷区では、一部で内申点の異常値が黙認されたままになっていますが、これは知らぬが仏、事実を認識する情報や方法がないことに起因する問題と考えられます。
この場合、乖離の原因を確認し、それが学校全体の運用上の問題であるのか、あるいは特定科目の評価に係るものであるかなどを推察することが可能となります。
内申点の学校間格差は、これまで主観的な感情に訴える種類の話題に留まることが主流だったと言えます。その理由は、実際の学校間の格差を客観的に示す指標が存在しなかったからです。
健全で開かれた評価に向けて
標準内申点という考え方は、今まで難しかった学校毎の内申点の分布状況を把握し比較するための基本情報を提供することが可能となります。そしてその現実的な状況を把握した上で、内申点の評価が適切であるのかどうか、改善すべき問題はどこにあるのかを議論することができるようになるのです。
東京子育て研究所では、まずは23区の全ての公立中学校について、標準内申点を算出して公開していきたいと考えています。
これは非常に煩わしく時間のかかる作業ですが、公然と開示された秘密の暗号に隠された真実を解き明かす手続きでもあります。
全ての学校の内申点が客観的に比較可能となった時、どのような情報が飛び出すのか、パンドラの箱が開かれる結果となるのか、あるいは現在の内申点入試が適切な状況であると確認される結果となるのか、現在は期待と不安が混じり合う心持ちです。
健全で開かれた高校入試の実現のために、そして教育に適した地域を推し測るための不動産指標として、今後少しずつ標準内申点の状況をお伝えしたいと思います。
ではまた次回。
千代田区の標準内申点
世田谷区の内申異常値
地元公立中学はじめてのテスト